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第八話 同僚を助けました

 スライムからドロップしたのはさっきと同じ低級の回復ポーションが二つと、何か小さな石だった。

 それをカバンにしまうと、さらに奥に進む。2階層まではさすがに初日では無茶かな。今日はこの一階層だけにしておこう。

 うろうろ歩き回っていると、さすがに喉が渇いてきた。ポカリ持ってきておいて良かった。岩に座って休憩しながら軽く水分補給をして、再び歩き出す。帰りに湿布買うかな……かなり足に来てる。

 アラサーの足腰はいたわらないといけないんだよ。

 池袋ダンジョンの一階層は初心者向けとはいえ、広い。歩いても歩いても、同じような岩壁が続くせいで方向感覚が怪しくなる。


「地図ってないのかな……」


 独り言がやけに大きく響く。

 そのときだった。


「っ……た、助け……っ」


 誰かの声——それも相当切羽詰まった声が、岩陰の向こうから聞こえた気がした。


「え?」


 私は慌てて声のした方へ走り出した。

 目の前の岩陰の向こうまで走ったところで、目に飛び込んできたのは——


「さ、佐伯さん!?」


 会社の同僚、佐伯さんが地面に倒れていた。

 気絶、してるみたい。

 気絶している彼女の胸元には大きめのスライムがべったりと張り付いていて、まるで生きた粘膜のように顔や口元を覆おうとしている。


(やばい、窒息させられちゃう!)


 スライムは強い魔物ではないけれど、相手を窒息させて捕食するのだと公式の注意喚起に書いてあったことを思い出す。

 私もだいぶ不用心だったな……ってそれどころじゃない!

 私は反射的にエアガンを構えたが、佐伯さんの体に当たりそうで、このままじゃ撃てない。

 私が躊躇っていることをあざ笑うように、ぬめぬめとした動きで、少しずつスライムが佐伯さんの顔に近づいていく。

 スライムめ、なんでよりによって……!


(落ち着け……落ち着け……!)


 そこで、私はポーチを思い出した。


「シール……!!」


 私は素早く一枚取り出し、スライムの背中に貼りつける。


「『落下』!!」


 書いた文字が光り、スライムの体がビクッと震えた。

 次の瞬間、佐伯さんに張り付いていた吸盤のようなしつこい圧力がふっと消え、スライムが佐伯さんの胸元からべろりと剥がれて地面に落ちた。


「今だっ!」


 私はすぐに地面のスライム目掛けて引き金を引いた。

 ぱんっ、とBB弾がスライムを撃ち抜き、青いゼリーのような破片が散って、光の粒子になって消えた。


 スライムが砕けたのを確認してから、私はぐったりしている佐伯さんの肩を揺らした。


「佐伯さん、大丈夫ですか!?」

「……ひ、ひな……たさん……?え、なんで……ここ……」


 佐伯さんの声はかすれていて、息も荒い。

 でも、生きてる。ちゃんと息してる。


「よかった……本当に……!」


 思わず胸がじんと熱くなった。

 さっきまでスライムに窒息させられかけていたのだ。無事で本当に良かった。


「助けてくれたの……?日向さん……」

「はい。でもまだ油断しないでください。あ、これ使ってください。さっきスライムからドロップした回復ポーションです」


 私はそっと彼女の手に、ドロップ品を乗せる。


「え、だってこれ日向さんの貴重な……」

「大丈夫です、何本かドロップしましたから。佐伯さんの回復に使ってください」

「……ありがとう」


 佐伯さんが回復ポーションを飲むと、青白い光に包まれて、擦り傷が消えた。顔色も良くなったし、回復ポーションってすごい。


「もう大丈夫みたい。ありがとう、日向さん」

「いえ、無事で良かったです。佐伯さんも探索者登録したんですね」

「ええ。えっと、少し休憩しない、日向さん。あっちにセーフティエリアがあるのよ」

「セーフティエリア?」

「そう。魔物が入ってくることのない休憩場所、みたいなところ」

「そんなのあったんだ……」


 もうちょっとちゃんと情報を集めてから来なかった私のバカ……!


「でもここ、広すぎてわかりにくくないですか?」

「大丈夫。実は私ここに入った時に、マッピングスキルが出たの」

「マッピングスキル?」

「そう。文字通り地図のスキル。だからダンジョン内部で迷子になることはなさそう。日向さんも疲れてるみたいだし、セーフティエリアに行って休憩しましょう」



 佐伯さんに肩を貸しながら歩くこと数分。

 行き止まりかと思った通路の先に、淡い光が見えた。


「あそこよ。あれがセーフティエリア」


 近づくにつれて、空気の質が変わっていくのがわかる。

 微かな風が流れていて、さっきまで感じていたじめっとした圧が消えていく。


 通路を抜けると、そこにはかなり広い空間があって、上には、丸い大きな光球がふわりと浮かんでいて、空間の中を照らし出している。


「うわ……きれい」

「でしょ? ダンジョン生成型の光魔法みたいね。魔力灯って呼ばれてるらしいわ」


 光球はほのあたたかい光を放ち、まるで自然光のように優しい。

 足元の岩床には、あちこちにブルーシートが敷かれていて座って休めるようになっているのがありがたい。

 同じように休憩している探索者たちもかなりいる。

 何人かで固まっているのは、所謂パーティなのかな?

 何か食べてたり、話してたり、ドロップ品らしきものを並べてたりとセーフティエリアには、初めて見る探索者特有の様々な風景があった。


 

「この空間がセーフティエリア。魔物は絶対に入ってこないのよ」

 佐伯さんはブルーシートに座り、ひと息ついてからこちらへ向き直った。

「まずは座りましょう、日向さん。あなたも、結構疲れてるでしょ?」

「……はい。喉乾いてますし、休憩したかったところです」

「チョコレートあるけど食べる?」

「はい!あ、私、カロリーメイトならありますけど食べます?」

「ありがとう。さすがにおなか空いてきたわ」


 二人でブルーシートに腰を下ろすと、ようやく緊張がふっと解けた。

 ポカリも、ぬるくなっていても美味しい。

 お互いの軽食を交換して口にすると慣れた味にやっとちょっと心も体も落ち着いた感じがした。

 やっぱり未知の場所に緊張してたんだなぁ……。



今日は20時にもう一度更新します

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