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第七十九話 異世界の脅威を覆う

「……国交、だと?」


 ウルスが、ゆっくりと反芻するように言った。


「そう。私たちの世界とそちらの世界。それぞれの国と国が、対等に協力関係を結ぶことよ」

「対等……?」


 彼は、初めて困惑した表情を浮かべた。


「我らに格下の異世界と対等な協力関係、だと?」

「違う。格下とか格上とかないよ。私たちの世界は、あなたたちが作ったダンジョンと言う恩恵がすでに世界に必要となっている。そしてあなたたちが必要とするものを持っているし、これからも新たに作り出すかもしれない。ここにいる私の仲間たちのステータスを見てごらんなさい。あなたたちの知らないジョブやスキルがあるかもしれないわ」


 ウルスがみんなをじっと眺め、凪に目を止める。


「ドラゴン……スレイヤー……?」

「ああ。ドラゴンスレイヤーのジョブを俺は持ってる。俺だけじゃないぜ。数は少ないが、この世界にはドラゴンスレイヤーのジョブを持ってるやつが複数いる」

「バカな……。ドラゴンスレイヤーこそ幻のユニークジョブだ。それが複数人……だと?」

「しかも、俺を含め、ドラゴンスレイヤーのジョブは他のジョブを持ってることが多い」

「それに拘束士、だと?我々の世界にも一人しかいない貴重なジョブだ。そうか、さっきのスライムドラゴンを止めたのは……!」

「そうよ、私のジョブとスキル」


 と由衣が笑う。

 

「わかった……。国交については私一人で決められることではないから、国に判断を仰がせてくれ」

「もちろんよ。私たちもまずこちらのギルドに話をする必要があるし。でも、まずはその波を壊してしまわないとね」


 止めるんじゃない。壊してしまう。


「一つ聞かせてくれ。我々と国交を結ぶことで何を奪いたいのだ?」


 私は、はっきりと言った。


「奪うんじゃないよ。それはそっちが奪ってきたから、そう思ってしまうだけ」


 由衣が、私の隣に並ぶ。こうやって並んで力を合わせたらできることはたくさんある。


「困ったときに助け合う。それだけの話でしょ。技術だって、知識だって、交換できる。あなたたちの世界の魔力海の研究、こっちの世界のダンジョン理論とダンジョンエネルギー。独占するから歪むのよ」


 凪も剣を下ろさずに言った。


「力を奪う前提じゃ、いつか必ず破綻する」


 ウルスは、何かを言い返そうとして――


 その瞬間。


 バキン!!


 耳障りな破裂音が、森に響いた。


 銀色の投網に走っていた亀裂が、一気に広がる。


「――ッ!」


 由衣が、歯を食いしばる。


「限界……!」


 スライムドラゴンの巨体が、ぐにゃりと歪み、意思のない暴力として膨張する。

 魔力が、溢れる。


「時間がない」


 ウルスが、低く言った。


「今すぐ聖女の力を使わねば、この個体すら制御できん」


「だから言ってるでしょう」


 私は、一歩、前に出る。


「奪うんじゃない。預けるの」


 白いシールを、胸の前に掲げる。


「私の聖女ジョブとスキル全部。これを――このドラゴンに貼る」

「正気か……!?」

「正気も正気。めちゃくちゃ正気よ」


 はっきり、言い切る。

 マジックをシールに宛てて、さて、何を書けばいいか考える。


「私は、聖女ジョブもスキルもいらない。ガンナーとして探索者でいたいの」


 場の空気が、凍りついた。


 凪が、息を呑む。

 由衣が、目を見開く。

 蒼樹さんが、低く唸った。


「さくら……それは……」

「分かってる」


 私は、笑った。


「でもね、私が“聖女であること”より、誰かが使い捨てにされない世界のほうが大事なの。言いたいことは山ほどあるから、あとでいっぱい言わせてもらうわよ、ウルス」


 ウルスは、震える声で言った。


「……それで、世界が救えなかったら」

「そのときは」


 シールを、剥がす。


「一緒に考えなさい」


 投網が、ついに耐えきれず、裂け始めた。

 スライムドラゴンが、咆哮もなく、魔力の奔流を放とうとする。

 ウルスが、杖を握りしめる。

 長い沈黙のあと。


「……分かった」


 彼は、初めて、私に頭を下げた。


「賭けよう。聖女を喰らう世界ではなく、聖女と交渉する世界に」


 私は、文字を書き終えたシールを、ドラゴンの核へ向かって投げた。


「――貼り付け」


 白い光が、爆ぜる。


 私がそこに書いたのは。


 ――聖女の加護


 という言葉だった。

 白い光は、爆発しなかった。

 広がらなかった。


 ――染み渡った。


 スライムドラゴンの核を起点に、光はゆっくりと、滲むように広がっていく。

 粘液の巨体が震え、歪み、そして――止まった。


「……?」


 誰かの、困惑した息遣い。


 ドラゴンは、動かない。

 暴れない。

 魔力の奔流も、起きない。


 代わりに。


 静かすぎるほど、静かだった。


「……何が、起きている」


 ウルスの声が、かすれる。


 彼の杖に集まっていた魔力が、ふっと霧散した。

 制御を失ったわけではない。

 必要とされなくなったかのように。


「聖女の加護は……世界を覆うものだ。個体に付与するなど……そんな前例は……」


 言葉が、続かない。


 スライムドラゴンの表面に、淡い文様が浮かび上がる。

 それは術式でも、魔法陣でもない。

 まるでスクリーンのような……向こうの世界の景色だった。

 迫りくるのは真っ黒な闇のような波。空すら見えない。


 そこに、スライムドラゴンから飛び出た白い光が溢れ、波に向かっていく。

 

「……これ……」

 凪が、剣を下ろす。

「“止めてる”んじゃない……」

「せやな。一体化しようとしとる」


 由衣が、息を呑んだ。


「……波が、白い光になっていく……」


 ウルスの目が、見開かれる。


「まさか……」


 彼は、震える声で言った。


「加護が……波そのものに……?」


 私は、ゆっくりと息を吐いた。


「ええ」


 シール貼り。

 それは、ただの能力付与じゃない。


「“守る”って言葉、雑すぎるのよ」


 私は、ドラゴンを見た。


「加護で世界を覆うだけなんて乱暴すぎる。だから毎回、歪みが残る」


 目の前のドラゴンの身体が、ゆっくりと縮んでいく。

 溶けるのではない。

 役割を終えて、解体されている。

 ドラゴンの向こうに見えたウルスの世界にはもう波はきていなかった。

 真っ白い光になって、その「加護」が世界に広がっていったのだ。


「加護ってね、きっと」


 私は、白く光る核を見つめた。


「境界を定義する力なのよ。“ここから先は侵してはいけない”って」


 ウルスの膝が、音を立てて地面についた。


「……そんな……我々は、何百年も……」

「そうね。奪って、貼り替えて、押さえつけてただけ」


 でも、と私は続ける。


「あなたたちが間違ってた、とは言わない。やり方を知らなかっただけ。私だって、今のがうまくいく自信なんてなかった。でも、私にはみんながいる、信頼できる友達と仲間がいる。それを守るためなら聖女の力なんていらないわ」


 ――波は、光になり世界に広がった。


 ウルスの世界の空で。

 初めて。

 脅威はすべて消えたのだ。


「……止まった……」


 彼の声は、祈りみたいだった。


「……むしろ、ここにいても分かる。白い光の加護が世界中に広がっている」


 私は、言った。


「ね、これならもう」


 ウルスを見る。


「二度と聖女はいらないでしょう?」

次回が本編最終話になります。

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