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第七十七話 対決

 花の嵐の向こうから現れた人影がこちらへ向かってくる。


「……」


 小さな子供のような人影。

 それは……。


「あの時いた子供だ……」


 忘れもしない、私を召喚した時、年増だからチェンジと言い放った人物。


「見つけた……聖女として使うはずだった者……」


 使う?……使うって何よ。私、ものじゃないんだけど。


「私の名はウルス。エナヤバート王国の筆頭魔術師だ」

「子供やんか……」

「見た目は確かに年若くしてあるが、私はすでに100年は生きている」

「……見た目は子供、中身は大人ってアレじゃん……」

 

 由衣、それ、たぶんみんな思った。

 でもそれ口に出すの由衣だけだよ。そういうとこ好き。


「それで?あんたなんだ?何が目的だ?」

 凪の問いかけに、鼻で笑うのを見て、イラッとした。

「目的?そんなものは決まってるだろう。そこの年増が奪っていった聖女のジョブとスキルを返してもらいに来た」


 また年増って言った!


「返してもらう? 私が奪った覚えはない。勝手につけて来たのはそっちでしょ」

「奪ったのだ。聖女は王国の資源だ。個人の意思など関係ない。そこのドラゴンが今からお前を飲み込んで連れて帰る」


 は?


「それで、おまえごとあちらへ持って帰って、本来やってもらうはずだった仕事をしてもらう」


 いやいやいや、何言ってんの?


「世界の果てからの波を止めて、国を、いや世界を守る役目が聖女にはある。本来なら、新しい聖女を召喚するはずだったができなかった。もう時間がない。おまえで構わない。私たちの世界を救ってもらう」


 うん、ほんとに何言ってんの?


「……話は分かった。理解はできないけど」

 私は一度、深く息を吸った。

「世界を救え?国を守れ?世界を守れ?それが聖女の役目?ああ、でも、いまひとつ、あんたの言葉で分かったことがあるわ。私の後に攫われたかわいそうな女の子はいなかったってことがね」

 ウルスをまっすぐ見る。

「じゃあ聞くけど。私が『嫌だ』って言ったらどうするの?」

「聞く必要はない」

 ウルスは即答した。

「聖女は意思を持つ道具だ。使うか、壊れるか、それだけだ」


 ぞくりとした。

 怒りより先に、寒気が背中を走る。


「……なるほど」

 思っていたより、声は落ち着いていた。

「つまり、助けを求めてるんじゃない。最初から、命令するつもりだったってことね」

「結果は同じだ」

 ウルスは興味なさそうに言う。

「世界が救われれば、それでいい。私は私の世界を救うために最善を尽くすだけだ」


 最善?これが最善?ふざけんな。


「全力でお断りよ」

 その瞬間だった。


 前に出た凪が、剣先をわずかに下げる。


「――話は終わりだ」


 低く、静かな声。

 でも、空気が一段重くなった。


「人を道具扱いする国の都合に、さくらは付き合わない」

「さくらから聖女の力を引きはがせないからさくらごと持って帰るってことやろ。人を勝手に終末装置扱いすんのやめえや。不愉快や」


 ウルスが初めて、目を細めた。


「……ならば」


 ウルスの持つ杖が、すっと上がる。


「ドラゴン。捕らえろ」


 次の瞬間。

 スライムドラゴンの身体の奥で、歪な光が強く脈打った。

 花の森が、悲鳴を上げる。

 私は凪と蒼樹さんの後ろで守られながらシールに触れる。

 もう、瓦解・再構築不可は使えない。ならどうするべき?

 向こうの言うなりになるなんて死んでもごめんだし、万が一、聖女の力だけ剝がされて、それがまた他の犠牲者を生むようなことになるなんてもっと嫌。

 なら、どうする?どうするのが最適解?


 由衣がごそごそと何かをしてると思ったら、バッグから投網を出していた。

「凪くん、蒼樹さん!私が止める!」

 由衣が投網にスキルを籠めた弾を撃ち込むと、東京駅ダンジョンで見た時みたいに銀色に輝いた。


「私の!」

 両手で投網を握り、由衣が振りかぶる。

「大事な親友をあんたたちなんかに渡すわけないでしょ!!」

 

 全力で投げた投網が大きく広がって、ドラゴンを頭から投網で捕らえて、由衣のスキルが発動する。


意思縛鎖(ウィル・バインド)!」


 強く銀色に輝く投網がドラゴンを地面に縫い付ける。

 銀色の投網が、地面に深く食い込む。

 花の森の土が抉れ、根がむき出しになり、スライムドラゴンの巨体が――初めて完全に止まった。


「――――ッ!!」


 粘液の身体が激しくうねるが、逃げられない。

 意思を縫い止められた獣の、無言の悲鳴。


「やった……!」


 由衣が、息を切らしながら歯を食いしばる。


「凪くん!今――」

「いや、まだだ!」


 凪の声が、鋭く割り込んだ。

 次の瞬間。


 バキン、と嫌な音がした。


 投網の一部に、黒い亀裂が走る。

 スライムドラゴンが投網から抜け出そうともがき暴れる。


「……由衣」

 蒼樹さんが、低く言った。

「それ、長くは保たん」

「……わかってる!」


 由衣の額から、汗が滴り落ちる。


「これ、意思がある相手を縛るスキルだから……意思がないものを縛るのはできない。このスライムドラゴンには意思がない……!」

「当然だ」

 全員の視線が、同時にウルスへ向いた。

 ウルスは、ゆっくりと拍手した。

「素晴らしい」


 子供の顔で、心底楽しそうに。


「やはりこちらの世界のスキル構成は面白い。“感情”を媒介に、強制干渉を行うとは。我々のスキル構築にはないものだ。ふむ、これも良い資料になりそうだな」


 投網の亀裂が、さらに広がる。


「そこのもう一人の年増が言うように、そのドラゴンはただの意思のない人形だ」


 ウルスが杖を掲げる。


「そのドラゴンは聖女を回収するためだけに作ったのだからな」

 投網の亀裂が大きくなる。

 その向こうにある姿は一回り小さくなって、隙間から出てこようとしている。

 由衣が私の隣でエアガンを構える。

 たぶん、お兄ちゃんが用意した連写式のやつだ。


 タタタタタタッ!


 由衣が連射した弾が、スライムドラゴンのゼリー状の柔らかな体に吸い込まれていく。

「それが私の作ったドラゴンに効くとでも?」

 ウルスのバカにしたような言葉の後にも由衣が連射を続け、撃ち切った。

「ドラゴン。喰え。聖女を回収しろ」

 ウルスが、命令を放つ。


 スライムドラゴンの身体が、ぐにゃりと歪む。

 投網に縛られたまま、無理やり首を持ち上げ――大きく口を開いて――。


「さくら!」


 凪の叫びが、間に合わない。


 ぬめった顎が、大きく開き。


 次の瞬間、スライムドラゴンは、私の腕に噛みついた。


「――っ!!」


 焼けるような痛み。


 歯が食い込む感触よりも先に、身体の奥から、何かを――引き剝がされるような感覚が走る。


「な、に……?」


 視界が、ぐらりと揺れた。


 ――持っていかれる。


 本能的に、そう思った。


 聖女のジョブ。

 スキル。

 この世界と、あちらの世界を繋いでしまった、厄介な“力”に今噛みつかれている。私ごと連れて行こうとするその力に私はもがいて抵抗する。


「……さくら!」

 由衣の叫び声が遠く聞こえた。

「離れろ!!」


 だが。


 ドラゴンの動きが、ぴたりと止まった。

 私の腕に噛みついたまま、固まる。


「……?」


 異変に、最初に気づいたのは――ウルスだった。

 彼の表情から、余裕が消える。


「……おかしい」


 杖を握る手に、力がこもる。


「なぜだ?」


 ドラゴンの顎が、震える。

 私の中の聖女のジョブとスキルを確認するような感覚があった。

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