第七十五話 行ってきます
池袋ギルドで、最後の詰めの打ち合わせにきた。
アタックは今日の午後から。
池袋ダンジョンには他の探索者の立ち入りはなし。
この時点で一つ、ギルドのほうから報告があった。花の分析結果が出たというのだ。
「この花は聖魔法の属性をもった、いわば術式の発現のための材料、みたいなものだと思われます。魔石の成分も確認されました。なのでおそらくは、ですが、花の元となっている材料は池袋ダンジョンにいるスライムではないかと……」
予想はしていたけどやっぱりか。
「これは仮説ですので、その前提で聞いて下さい。一階層にある花は、日向さんのスキルでできたもの、そうですね?」
「はい」
「おそらくですが、初めてその花がダンジョン内に咲いた際に、日向さんの聖女としてのジョブやスキルから聖魔法の属性が花に定着してしまったものだと思われます。それを異世界側が見つけて、最下層に花をスライムを使ってコピーする形であの花の森を作った、というのが我々が建てた仮説です」
「……」
「花はまだ増え続けているようです。そして、日向さんの手の甲に刺さったものが、日向さんを見つけた証、というなら、日向さんはダンジョンに入らないのが正解なのかもしれませんが……」
だけど私は行かないわけにはいかない。
私の隣から由衣が手を伸ばしてきて私の手を包んでくれる。
それだけで安心する。
「むしろ日向さんが行かないほうが大変なことになるかもしれません。すみません、探索者の皆様の安全を守ることが我々の仕事なのに、私たちは日向さんにお願いするしかない」
項垂れる雪城さんに凪が話しかける。
「大丈夫、とはっきりとは言えませんが、俺たちがさくらを守ります。ですから予定通り、午後から俺たち4人で行かせてください」
「前川さん……」
「準備はしっかりしてきたで」
「ええ。だから私たちに行かせてください。さくらは私のバディです。だから一緒に行きます」
ああ、私、いい仲間に恵まれたな……。
と、その時、由衣のスマホが鳴った。
由衣が画面を見て私に差し出してくる。
「はい、さくら」
「え?」
画面を見ると、そこには「遥さん」とお兄ちゃんの名前があった。
スマホを受け取って電話に出る。
「……お兄ちゃん?」
『さくらか』
「……うん」
『話は池袋ギルドから聞いてる。俺も行ってやりたいが、許可が出なかった。だから由衣ちゃんたちに全部任せることにした。俺が用意できるものは由衣ちゃんに渡してある』
「お兄ちゃん……」
『おまえは俺の妹だ。だからおまえのやり方は誰よりもよく知ってるつもりだ。遠慮すんな、さくら。やりたいこと全部やってこい』
ああ、やっぱり私のお兄ちゃんはお兄ちゃんだ……。
何歳になっても、アラサーになっても、私はお兄ちゃんをずっと頼りにしてる……。
そして、私が何をするつもりか分かっていて背中を押してくれる……。
泣きそうになるのをこらえて返事をする。
「うん、行ってきます」
そのままスマホを由衣に返すと由衣が
「大丈夫だよ、さくらは私たちで守るから」
と頼もしい一言を言ってくれた。
その一言で、部屋の空気が少しだけ変わった。
重かったものが、きちんと前を向いた、そんな感じだ。
「では、最終確認に入ります」
雪城さんが背筋を伸ばし、ホログラムを展開する。
池袋ダンジョン最下層の簡易マップと、花の森、そして中心部に描かれた歪な魔法陣。
「異世界側の干渉は、この魔法陣を通して池袋ダンジョン全体に及んでいると考えて良いでしょう。つまり池袋ダンジョンが今は全て異世界です。向こうの目的は――日向さんの聖女としてのジョブとスキルと考えて良いでしょう」
私は黙って頷いた。
「魔法陣を壊せば、向こうからの干渉はなくなると我々は考えています。ですが、壊しても直されてしまえば同じことが起こる。なら、どうするか。魔法陣の意味を失わせることがきっと答えです」
そこで、全員の視線が私に集まる。
「……意味を失わせる」
私が言うと、雪城さんは小さく息を吐いた。
「はい。魔法陣を壊すのではなく、意味を失わせる。日向さんのシール貼りのスキルで、それは可能ではないかと」
「……何を、貼れば?」
「はい。こういうのはどうでしょう。”瓦解・再構築不可”と」
「瓦解……」
「魔法陣を瓦解させる。そして再構築できないことを併せて貼り付けるんです」
なるほど。
それなら。
「それなら、成功率は跳ね上がると思います。異世界側が魔法陣で何を生み出そうとしているのか今の段階では分かりませんが、生み出す前に壊してしまえばいい」
ホログラムが消える。
「以上が最終アタックの概要です。午後一四時、池袋ダンジョン突入。撤退判断は――前川さん」
「分かりました」
凪が頷く。
そうだ、撤退の判断は私じゃなくリーダーの凪にしてもらうべきだ。
「では、アタックの前に皆さん、簡単なものですが昼ごはんにしませんか?」
雪城さんがにっこり笑う。
「我々、送り出す側にできるのはこれくらいです。緊張で喉を通らないかもしれませんが、何か食べてから行くほうが良い」
「……そう、ですね」
私たちの前に色々な具材のおにぎりとインスタントの味噌汁が並べられる。
心づかいが嬉しかったから、できるだけ食べる。
そうだ、無事に帰ってきてまた美味しいご飯を食べるんだ。
「私、たらこのおにぎり大好きなんだよね。これ、美味しい」
「せやったら、今度、みんなで美味しい明太子の食べ放題の店でも行こうや」
「いいですね。私も食べたい。さくらの卵焼きも食べたいな」
「俺も。よし、そのためにも終わらせて無事戻ってこないとな」
私は立ち上がる。
「行きましょう。終わらせに」
仲間たちも、同時に立ち上がった。
――聖女としてじゃない。
この世界の一人の探索者、日向さくらとして。
私たちの世界の最適解を見つけに。
そして、向こうの世界に私の言いたいことを全部ぶつけに。




