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第七十三話 池袋ダンジョンからの帰還と報告

 どくん、どくん、と騒がしい心臓の鼓動に息をのんで、私たちは少しずつ花が茂る最奥へと進んでいった。

「この辺でいくつか、花を採取しとくか」

 蒼樹さんの言葉に、凪が目の前の枝に咲く花に手を伸ばす。

 何か危ないことはないかと慎重に手を伸ばし、枝ごと3本ほど折って、それを蒼樹さんが自分のストレージボックスにしまった。


 ふと。

 視線を感じた。


 —— 誰かが、見ている。


 その時、右手の甲に強い痛みを感じた。


「……ッ!」

 まるでナイフを突き立てられたような痛みを感じ、グローブを取って確認して、私は愕然とした。

 三日月の真ん中に槍が突き立ったような模様が焼きついていた。

 あのコインと同じだ。

「さくら、どうかした?」

 由衣が注意をそらさないように私に問いかけてくる。

「うん……今、急に右手の甲が痛くなって見たらダンジョンコインと同じように、槍みたいな模様が模様の上にできてる」

 とは言っても皆には見えないんだけど。

「今は?痛みは続いとるか?」

「いえ……一瞬でした。今は痛くないです」

 本当に一瞬の鋭い痛みだった。今はもう何も感じない。

 蒼樹さんが、すっと私の右手を取る。

 グローブ越しに、指先がわずかに止まった。

「見えるんですか?」

「いや。せやけど――」

 蒼樹さんは、低く息を吐いた。

「魔力が、ここに集まっとるのは分かる」

「集まってる……?」

 凪が、すぐに周囲を確認する。

 由衣も銃口を下げず、花の影と岩陰を見張っている。

「……敵影は確認できる範囲にはない」

 凪が短く言った。

 

 その瞬間。


 ――ざわり。


 花の海が、風もないのに揺れた。


 白い光が、一斉にこちらを向く。

 灯りだったはずの花が、視線を持ったみたいに。


「……見られてる」

 由衣が、喉を震わせて言った。

「全部、私たちを見てる」


 私は、反射的に花の奥にある魔法陣の方を見た。


 そこに――

 “何か”が、輪郭を持ち始めている。


 さっきまで、ただの円だった中心部。

 今は、奥行きがある。

 空間が、歪んでいる。

 あそこからも見られている。


「蒼樹さん……」

 声が、小さくなる。

「あそこ……何かが私たちを見てます」

「……ああ。感じるで。嫌な視線や」

 彼は、私の前に半歩出た。

 完全に、庇う位置だ。

 凪が、素早く判断する。

「撤退だ」

「凪?」

「これ以上進んだら、調査じゃなくなる。由衣、魔法陣の写真を撮れるだけ頼む。花の現物もあと少し持って帰ろう」

 由衣も、すぐに頷いた。

「分かった」

 由衣がスマホを花の森と魔法陣に向けて連写する。

 連写音が響くのが何だかとても遠く感じた。

 私は、誰かの視線を色濃く感じながらも言った。

「戻ろう。調査自体はこれくらいでいいと思うし」


 その瞬間。


 魔法陣が、一度だけ大きく脈打った。


 ――どくん。


 低く、重い音。


 怒ってはいない。

 でも、確かに――私に向けられた何かを感じた。


 蒼樹さんが、私の手を離さずに言う。


「さくら」

「はい」

「次、来る時は」


 一拍。


「……向こうも、準備してくるで」

「向こう、ですか?」

「せや」


 花の灯りが、少しずつ弱まる。

 まるで、眠りにつくみたいに。


 私たちは、誰も振り返らずに歩き出した。


 背中に――

 確かに、視線を感じながら。


 それは敵意でも、殺意でもない。

 期待に、よく似た何かだった。


 

 宮野さんたちにもらった転移キーを最下層の入り口まで戻って使う。

 これはつい最近開発されたダンジョンから地上に戻るためのマジックアイテムだ。

 キーと言う名前だけど、現物は短めのバットくらいの杖みたいなものだ。

 「みんな集まって」

 凪に言われて、ぴったりと集まる。

 凪が地面に私たちを囲むように円を描くと青い光が縁の内側からあふれ、私たちの体はその中に吸い込まれた。

 一瞬目を閉じて、浮遊感の後、足元の感覚が分かった時、私たちは池袋ダンジョンの一階層の入り口にいた。

「ふう、無事に帰ってこれたな」

「うん、良かった。じゃあ、みんなで池袋ギルドに報告に行こうか」

 凪が池袋ギルドに連絡をすると、迎えを寄こすというのでしばらく待つことにした。とはいっても歩いて行っても10分くらいの距離なんだけど。

 だから、迎えが来る前に私が決めたことを皆に話すことにした。

「あのね、みんな」

「どうした、さくら」

「私ね、やっぱりギルドに話そうと思う」


 どうしようってずっと思ってた。でも今日、あそこに行って分かった。

 私を探す視線を。

 なら、私の身に起こったことを共有することがあの魔法陣の謎を解く近道のような気がした。


「ええんか?」

 蒼樹さんの言葉には変なことに巻き込まれるかもしれないぞ、という心配の響きがあった。

 うん、そうかもしれない。でも私は雪城さんを信頼してる。何せ、あの鬼の総務の雪城さんのお兄さんだもの。

 私自身がお兄ちゃんがいるからか、お兄さん、という属性の人への信頼は強かった。

「雪城さんなら大丈夫だと思うの」

「まあさくらがそう言うなら……」

「分かった、さくらがいいなら、私は黙ってみてるよ」

「……しゃあないな」


 

 ギルドでの事情聴取は、雪城さんと鷹宮さんがしてくれた。

 それから書記ということで二人職員がついていた。

 テーブルの上に出された花の枝はまだ白く光っていた。

「では、花が増えていて、魔法陣が動いていたということですね?そして誰かの視線を感じたと」

「はい。魔法陣の向こうから見られているような、そんな感じでした」

 由衣がスマホのカメラロールを見せる。

「今の最奥はこんな感じです」

「これはかなり茂ってますね……。それに明らかに魔法陣が大きくなっている……」

「それで、ですね。うちの日向から皆さんに話したいことがあると言うので、できれば人払いを……」

 雪城さんと高宮さん以外の職員が出ていく。

 私はグローブを脱いで、右手の甲を二人に突き出した。

「……お二人にはここに何か見えますか?」

「いえ何も……」

「ケガなどもないですよね……?」

「誰にも見えないんですけど、ここにはこんな模様があるんです」

 蒼樹さんがダンジョンコインを二人の前に出してくれる。

「ずっと黙っていたことがあるんです。聞いていただけますか……?」

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