第七十話 池袋ギルドからの依頼と話し合い
四人で決めた池袋に行く日、私たちはいつものようにいけふくろうで待ち合わせて、ギルドへ向かった。
事前にアポは入れていたので、受付で言うだけで奥の応接室へ通された。
そこにはこの間と同じように、鷹宮さんと雪城さんが待っていた。
「失礼します」
凪を先頭に四人で部屋に入り、ソファに座る。
「お忙しい中、ありがとうございます」
鷹宮さんが、前回と同じ穏やかな声で言った。
けれど、その視線は私たち四人を順番に見渡していて、どこか値踏みするような感じがあった。
「今日は“検討の前提として話を聞きたい”と伺っています」
「はい」
凪が頷く。
「無理に受けるつもりはありません。ただ、現状を知らないまま判断するのは避けたくて」
「その姿勢はありがたいですね」
雪城さんが、手元のタブレットを操作しながら言う。
画面がテーブル中央に向けられ、簡易的な地図が表示された。
「改めて説明します。こちらが池袋ダンジョン、現在確認されている最下層です」
花で埋め尽くされた最下層のエリア。
前回見たものより、少しだけ詳細になっている。
「通称“花の森”。全体的に三階層と同系統の植物型フィールドですが――」
雪城さんは指で一部を拡大する。
「花の範囲が、最初の頃より明らかに広がっています」
雪代さんが見せてくれたのは、初期の頃に撮られたという映像だった。
花が咲く木はまだまばらだった。
「自然増殖、ってレベルちゃうな」
蒼樹さんが低く言った。
「ええ。しかも問題はそれだけではありません」
画面が切り替わり、池袋ダンジョンの討伐ログの一覧が映る。
ある一定時期から、スライムの出現率が少なくなってる。スライムが少ないということは、討伐率も当然右肩下がりだ。
「見ての通り、スライムの出現数が減ってきています」
「こんなに……?」
由衣が思わず聞き返す。
「ええ。なので、池袋ダンジョンでの魔石などの納入数が減ってきてしまい、我々としては頭が痛いところでして……」
今では、ドロップする魔石は、インフラのエネルギー源として当たり前のように消費されるものとなってる。
他にも各国で研究が進められている次世代エネルギーの核だ。
「誰かが、先に狩ってる……?」
凪の声が硬くなる。
「もしくは――」
雪城さんが、言葉を選ぶように一拍置いた。
「“別の何か”に消費されている可能性があります」
応接室の空気が、目に見えて重くなった。
私は、無意識に指先を握りしめていた。
ベランダで蒼樹さんに言われた言葉が、ふと頭をよぎる。
一人で決めなくていい。
だから私は、逃げずに聞く。
「……花の奥にあった魔法陣についても、分かっていることはありますか?」
鷹宮さんが、静かに頷いた。
「それを含めて、今日はお話しします」
ここからが、本当の説明だった。
「そもそも、なぜダンジョンがこの世界にできたのか、それは誰にも分かっていません。ですが、何かが見つかるときはたいていそんなものだと思うのです。今でこそ我々が当たり前に使うもの、食べるもの、すべてが一番最初はそんなものあるはずない、から始まっていると思うのです」
ああ、雪城さんが言いたいことは分かる。
まるで講義のような口調なのに、その言葉は不思議と重く胸に残る。
「ダンジョンも同じです。原因が分からないまま現れ、危険で、しかし同時に莫大な価値をこの世界にもたらした」
「……魔石、ですね」
私が言うと、鷹宮さんは頷いた。
「はい。今やエネルギー、医療、研究、軍事――あらゆる分野で不可欠です。だからこそ何から生まれたものなのか、研究者たちは日夜熱心に研究しています」
だからこそ、と鷹宮さんは続ける。
「今の池袋ダンジョンの異変は、放置できない」
雪城さんが、次の資料を映す。
そこには、花の森の奥で確認された魔法陣の画像があった。
ぼんやりと光を帯びた円環。
見ているだけで、胸の奥がざわつく。
「この魔法陣ですが、何のためにあるのか不明のままです。あの融けてしまった盗賊たちという前例がある以上、うかつに調査もできないでいるんです」
「そう、ですね……」
あの魔法陣のグローブをつけていた盗賊たちは全員融けてしまった。なら、この魔法陣に触れたりしたら同じことが起こるかもしれないと慎重になるのは当然だ。
「ただ一つ言えるのは」
雪城さんは、はっきりと言った。
「これまで確認された日本はもとより世界のどのダンジョンにも、同様のものは存在しないということです」
沈黙が落ちる。
「そして――」
鷹宮さんが、私たち四人を見渡す。
「この魔法陣が確認されて以降、花の増殖とスライム減少が加速しています」
原因と結果。
直接つながっているとは言えない。
でも、無関係だと言うには、あまりにも出来すぎている。
「……最下層に行ける探索者が、必要なんですね」
凪が言った。
「ええ。戦力として、そして――」
鷹宮さんは一拍置く。
「何よりもまず“見て、確認して、戻ってきてくれる人たち”が」
その言葉が、胸に刺さる。
倒すためではない。
調べるために行く。
それは、簡単に引き受けていい役目じゃない。
私は、隣に座る蒼樹さんの気配を意識していた。
視線を向けると、彼は小さく顎を引いて、私の方を見る。
――無理せんでええ。
声には出さないけれど、そう言われた気がした。
「今すぐに答えを出していただく必要はありません」
鷹宮さんが言う。
「現時点で分かっている情報はもう少しありますが、行くと決めた方たちにしか教えられないのです。それが現段階でのギルドとしての誠意です」
説明が終わり、応接室は静かになった。
私は、深く息を吸ってから言った。
「……少し、四人で話してもいいですか。決めたら呼びます」
「もちろんです」
鷹宮さんは、即座に席を外すよう雪城さんに合図をした。
扉が閉まる。
残された四人の間に、張りつめた空気が流れる。
池袋に私たちで踏み込むかどうか。
その決断は、もうすぐそこまで来ていた。




