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第六十九話 鍋パの余韻

 鍋の〆で雑炊とトマトパスタを食べた後にコーヒーを淹れると私は自分の分のカップを持ってベランダに出た。

 部屋が暑かったので、ちょっと涼みたくなったのだ。


「ふう……」


 街の灯りは今日も平和に見える。

 さっきまであんな話をしていたのに、不思議だ。


「ここ、風通るな」


 背後から声がして、私は振り返った。


「蒼樹さん……」


 振り返ると、蒼樹さんもマグカップを手にしてベランダに出てきていた。

 いつの間に。


「二人とも、食べてそのまま動かへんからな。日向さんいないの気づいてないで」

「……まあ部屋の中から見えますしね」


 と思ったけど、何故かカーテンが引かれていて、こちらからは部屋の中が見えない。

 蒼樹さんはベランダの手すりに肘をついて、同じ方向を見ている。

 夜風に、コーヒーの香りが混じった。


「今日の話、重かったな」

「……うん。あのね、正直なとこ」

 私はカップの縁を見つめたまま、続ける。

「怖いって言う由衣の気持ち、すごく分かるし……でも、私が原因かもしれないって思うと、余計に」


 言葉が途切れる。


 蒼樹さんは、すぐには何も言わなかった。

 代わりに、私のカップをちらっと見てから言う。


「冷めるで」

「あ、ほんとだ」


 慌てて一口飲むと、まだ少し熱い。


「……日向さんはな」

 蒼樹さんが、低い声で言った。

「一人で考えすぎる癖ある」


 胸が、ちくりとした。


「悪い意味ちゃうで。責任感、強いだけや」

「……そう、ですか」

「せやから」

 蒼樹さんは、私を見る。

 まっすぐで、でも押しつけがましくない視線。

「一人で決めんでええ。少なくとも、俺がおるときは」


 それだけ。

 約束でも、告白でもないのに。

 なぜか胸の奥が、じんわり温かくなる。


「……ありがとうございます」

「うん」


 短く返事をして、蒼樹さんはまた夜景に視線を戻した。

 しばらく、二人で黙ってコーヒーを飲む。

 部屋の中から、凪の笑い声が聞こえた。


「……そろそろ戻ります?」

「もうちょいしたらな。に、してもこれかなり美味いな。ちょっと花みたいな香りもする。どこのドリップや?」

「これ、私のお気に入りのハワイのコナコーヒーのマカデミアナッツのフレーバーコーヒーなんですよ」

「マカデミアナッツの香りか。ええな、気に入ったわ」

「ドリップ2,3個ならあげますよ」

「お、ええんか、強請ったみたいになって悪いなぁ」

「美味しいコーヒーは広まってほしいですし」


 蒼樹さんがそう言って、少しだけベランダの端に寄る。

 私との距離が、ほんの少し近くなる。


 背中に当たる夜風が、さっきより冷たく感じた。

 嵐の前の静かな夜だった。

 その静けさを破るように、室内から凪の声が聞こえてくる。


「二人ともー。まだ戻ってこないけど、ベランダで凍えてない?」

「大丈夫やでー」


 蒼樹さんが少し声を張って返す。

 それだけで、どこか現実に引き戻された気がした。


「……戻りましょうか」

「せやな」


 ベランダの扉を閉めると、部屋の暖かさが一気に包み込んできた。

 鍋の残り香と、笑い声と、生活感のある明かり。

 さっきまでの夜景が、遠い場所のことみたいに感じる。


 話し合いはその後、自然と本題に戻った。


 「まずは池袋ダンジョンについてだけど、四人で詳しい話を聞いてから決めよう」

 誰かがそう言い出して、全員が頷いた。

 凪が代表して、池袋ギルドに連絡を入れてくれる。


「行くかどうかは、四人で話を聞いてから決めたいので……まずは、分かっている限りの詳しい状況を教えてください。……はい、はい。分かりました。じゃあ改めて連絡します」


 通話を切ったあと、凪は肩の力を抜いた。


「俺たち四人が揃って池袋ギルドに来られる日に説明の場を設けるってさ」

「うん、それでいいと思う」


 私はそう答えながら、さっきのベランダのことを思い出す。

 一人で決めなくていい。

 その言葉が、胸の奥にまだ残っていた。


 四人で決める。

 その選択が、今の私には何より心強かった。


「ほんならいつにする?俺、来週ちょっと大きな仕事あるから、できればそのあとがええんやけど」

「あ、フェスの出荷ですか?」

「うん、そう。量も多めやし、うちみたいなちっさい会社には大きな仕事やから、失敗はしたないしな」

 じゃあ、GW明けかな……。

 でもGW明けは私が返ってきたフェスの返送品の棚卸で繁忙期だ。

「フェスの後は、さくらが忙しいよね……」

 由衣の言葉に頷く。

「俺はGW明けがいいかな。GWはちょっと久々に宮野たち大学サークルの連中と飲みの約束入っててさ」

「私はGWは遥さんと一緒に九十九里のダンジョンに行く予定だから、私もGW以降がありがたいんだけど……」

「……そんじゃ、5月の三週目あたりでどうや?それまで何もないことを祈って」

「うん、私はそのほうがいい。棚卸は本当に時間かかるし」

「だね。それじゃそれで凪くん、ギルドに連絡よろしく」

「分かった」


 それからカレンダーを四人でにらめっこして、池袋ギルドに行く日を決めた。

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