第六十七話 池袋最下層の異変
応接間に通されると、そこには鷹宮さんがすでに待っていた。
「鷹宮さんまでいらしてたんですか」
「ええ、少々事態が事態でして」
「ではお座りください」
雪城さんに促され、由衣と二人ソファに座る。
女性職員の人がお茶を持ってきてくれた。
「お二人がそろっていらっしゃったということは、また池袋ダンジョンへ?」
鷹宮さんの問いに私が答える。
「……そうですね。それを考えています。パーティも新しいメンバーが入ってくれましたし、改めて全員で池袋に行こうという話にはなってます。今夜、その話し合いを皆でする予定なんです」
鷹宮さんと雪城さんが顔を見合わせる。
「それは我々にとっては朗報です」
「ええと……池袋ダンジョンで何か……?」
由衣の問いかけに、雪城さんがタブレットの画面を見せてくる。
画面いっぱいの真っ白い花。
その花の向こうに何か見える。
「これは、池袋最下層、最奥の現状です。見ての通り一面花が咲いている木々が茂っています」
これが蒼樹さんの言ってたお花見候補の場所……。
真っ白い花を咲かせた木々が広がっていて、少し明るいくらいだ。花自体が発光してる?
「そしてこれが、ダンジョン初期に撮られた、池袋一階層の画像です」
そこに映っていたのは、とてもよく知っているものだった。
チュートリアルで私がダンジョンに放り込まれた時に手に持っていたシールを貼った時に実体化した花だ。
もちろんポツポツと咲いてるだけだが間違いない。
あの時はとにかくチュートリアルで「シール貼り」って言われて、たまたま持っていたものを使ったんだよね。
「画像で確認する限り、一階層で咲いてる花と、最下層で咲いている花は同じもののようなのです。そして、最下層の花は増え続けています」
「……!」
「ただ、現在最下層へたどり着けるパーティがいません」
「どういうことですか?」
由衣の問いかけに、2人がそろって難しい顔をする。
「ここを拡大したものをご覧ください」
雪代さんが花が重なる向こう側を拡大したものを見せてくれて、私も由衣も身体を固くした。
そこには発光した花の間に黒い影があった。
それは見間違えようがないものだった。
「東京駅ダンジョンに残されていた盗賊のグローブにあった魔法陣と同じものだと、我々は判断しました」
うん、それは間違いない。
私の嫌な記憶にあるものと同じだ。
「あの、それ、私たち、他でも見ました」
「え、どこですか?」
「さくら、まだ写真残ってる?」
「う、うん」
私はスマホのカメラロールで、神田川ダンジョンで撮ったスライムの拘束写真を見せた。
「これも同じものだと思います」
由衣が二人に言うと、2人とも見比べて頷いていた。
「これは神田川ダンジョンでスライムに浮かび上がっていたものです」
「なるほど神田川で……。そういえばあそこもスライムオンリーでしたね……」
鷹宮さん、ダンジョンの特性覚えてるのか、さすがだ。
「日向さんはなぜ、これを写真に撮ったんですか?」
何気ない雪城さんの質問に、ぎゅう、と胸が締め付けられる。
言ったほうがいい?
この世界にダンジョンが発現したのは、おそらく私が原因ですって?
無理、まだそれは公にする勇気はない。
私は一瞬、言葉を探して視線を落とした。
「……見えたんです、何かスライムの背中に浮かぶのが」
「なるほど」
「それで、由衣の拘束スキルが効いてるときに撮りました」
雪城さんはそれ以上、理由を深掘りしなかった。
代わりに、静かに頷く。
鷹宮さんが腕を組み、低い声で続ける。
「では、現在の状況をお伝えします」
「はい」
「現在、池袋ダンジョンでは下層に進むほど、モンスターの個体数が減っています」
「減ってる……?」
「はい。討伐された形跡も申告もありません。むしろ――」
一拍置いて。
「“スライムが集められている”ように思える現象です」
応接間の空気が、ぴんと張りつめた。
「最下層の花は増えている。モンスターは減っている。そして、同一の魔法陣が複数のダンジョンで確認されるということが今判明した」
「……それって」
由衣が、私の袖をきゅっと掴む。
「誰かが何かを企んでいる、ってことですか?」
鷹宮さんは否定も肯定もしなかった。
ただ、真っ直ぐに私を見る。
「だからこそ、我々は現在、池袋ダンジョンに潜っている探索者に、最下層への立ち入り禁止をお願いするしかありません。そして、“最下層で現状の調査ができるパーティ”を探しています」
「……私たち、ですか」
「ええ」
雪城さんが、はっきりと告げた。
「無理にとは言いません」
鷹宮さんが、少しだけ声音を和らげる。
「ただ、池袋に挑むなら――我々も、全力でバックアップします」
私は、ゆっくりと息を吸った。
「……一度、パーティで話し合います。私たち二人で決められる話じゃありません」
「それで構いません」
雪城さんはそう言って、タブレットの画面を消した。
「ですが一つだけ、覚えておいてください」
その言葉に、私は顔を上げる。
「池袋最下層の“花の森”は、すでに、観測対象です」
――そこは、すでに、お花見気分で行ける場所じゃなくなっている。
そう、はっきりと伝えられた気がした。
せっかく持ってきてもらったお茶はすっかり冷めてしまっていた。




