第六十四話 コーヒーと日常とお仕事と。
蒼樹さんとさくらをちょっと近づける日常回です。
すべてを話して、かなりすっきりしたせいか、昨夜はとてもぐっすり眠れた。
起きて、今朝は少し贅沢にドリップコーヒーを淹れてみた。
コーヒーの豊潤で良い香りが気持ちいい。
昨日最終的に、これからは四人で頑張ってみようと決まった。
蒼樹さんはできるだけ時間に都合をつける、と言ってくれて、昨日から私たちのパーティは四人になった。
池袋ギルドで、蒼樹さんを追加メンバーとして登録して、昨日はみんなでホテルのバイキングに行ってお祝いした。
かなりはしゃいで楽しい夜だったなぁ……。でも今日は現実だ。会社に行かねば。
「よし……!」
コーヒーを飲み干して着替えをしてメイクをして部屋を出る。
いつもの通勤路。通い始めてもう何年になるだろう。
あのころと違うのは、街のあちこちにダンジョン絡みの店だったり広告だったり施設が増えたこと。
ダンジョンからもたらされる魔石を中心としたインフラの恩恵は、もう社会にとって「なくてはならないもの」になっていた。
これがいいことなのか悪いことなのかは私には分からない。でも、もし蒼樹さんの仮説が当たっていて、私のせいでこの世界にダンジョンができたというのなら、いずれ私はそれと向き合わなくてはいけなくなるのだろう。
それがいつなのかは分からない。でもいずれ必ずその時は来るのだろうな……。
会社に着くと、いつもの仕事が始まる。
今年からGWにもフェスを行うことになったと連絡があり、仕事が増えた。
そして、今回は最初からフェス会場への搬入をブルーツリー流通、つまり蒼樹さんにお願いすることが決まり、蒼樹さん経由で出荷リストを含めた詳細を私が受け取ることになり、倉庫見学やフェス会場の下見を含め、一緒に仕事をすることが増えた。それが少し嬉しいなんて思うだけ。
夏と冬のフェスは今までの仕事の付き合いもあるので簡単には業者を変えられないが、GWは新規のイベントの為そういったしがらみがなく、新しい業者を選定できたのだという。
蒼樹さんはもちろん引き受けてくれて、ストレージボックスを使うため、かなり運送費を抑えられたことを、上層部は喜んでいた。
今日の仕事は、フェス後に返送されてくる商品の棚卸の準備だ。もちろん完売してくれたら一番いいけど、まずそんなことはないので、どの商品がどれくらい返ってくるかシミュレーションした上で、棚卸用のリストを作る。今ある在庫と混ざらないようにするのが意外にめんどくさいのだ。
「さて、と」
送られてきたリストの整理から始める。
もう何年もやっている仕事なので、どのグッズがどのくらいの箱にいくつ入るか、重量がどれくらいになるか、会場で梱包を開けやすい詰め方も全部マニュアル化しているし、頭に入っている。
でもさすがにそろそろ、業務の引継ぎをお願いしたいと上層部にはお願いしてるのだけど、人手不足で難しいと言われ続けて早何年。
副業OKの我が社でも、物理的な労働力不足はどうにもならないままだ。この仕事もやったらおもしろいんだけどね……。
午前中の仕事が終わった時点で、由衣に誘われてランチに出かけた。会社近くの長崎ちゃんぽんのお店でランチをして、帰りにコンビニ寄っておやつを仕入れてきた。今日は午後は由衣は取引先でミーティングがあるらしく、先に会社に帰ってしまったけれど。
(私は午後は一回倉庫のほうに行かないとなぁ……)
以前の緊急出荷のこともまだお礼言えてないから、何かお菓子を多めに買っていこう……。これ、経費になるかな……?
一回、会社に戻って、総務の雪城さんに相談すると5000円くらいまでなら経費で精算します、と言われたので、せんべいが美味しいお店でちょっといい詰め合わせを買ってきた。
倉庫へは電車とタクシーで行かないといけない。
一度会社で準備してさて行こうか、と思っていた時、思いもよらなかった人物が現れた。
「どうもー、日向さん迎えに来ましたぁ」
と、営業部のフロアに元気よく入ってきたのは蒼樹さんだった。
え?私を迎えに?なんで?聞いてないよ?
「ちょっと早かったですかねぇ?」
「いやいや、もう出る用意はできてますよ。行けるな、日向」
課長に促され、あれよあれよという間に、蒼樹さんに連れられて車を停めてあるという駐車場へ連れていかれる。
「あの、蒼樹さん……」
「ん?何や?」
「何で蒼樹さんが?」
「あれ?そちらさんの課長から聞いてないんか?GWのフェスの納品俺がやるの」
「いえ、聞いてます」
「そんで、出荷の前に一回改めて現場に挨拶させてほしいってお願いしたんや。そうしたら、ちょうど今日午後から日向さんがその仕事のことで倉庫へ行くって言うから、そんじゃ俺が連れていきますわって許可もらっとたんやけど……」
「聞いてないんですが……」
課長……報連相は基本じゃないんですか?
まあ駅まで行かなくても済んだし、と考えを切り替えることにした。
蒼樹さんの車は以前見たことがあるセダン。
社長車らしいい車だ。私より年下なのに、今さらだけど蒼樹さんってすごいな。
スキルの強みで会社立ち上げて、ソロで探索者続けて、自分のやりたいこと、やれることから目を背けない。
「あ、それ後ろの座席に乗せといたらええわ。貸してみ」
私の持ってるお土産と仕事用のカバンを、ひょい、と迷いなく私の手から取って後部座席に置いてしまう。
「じゃ、安全運転で行くで」
後部座席に乗るつもりだったのに、気づいたら助手席に座っていた。
シートベルトを締めて、車窓に流れる風景は少し新鮮だ。
たまに社用車に乗ることはあるけど、街がこんなきれいに見えたことはない気がする。
「あ、助手席の下にペットボトル置いとるから好きなの飲んでええで。俺にもコーヒーくれるか?」
「あ、はい」
助手席の下に小さなクーラーボックスがあって、そこからコーヒーを二本出す。
ちゃんと私の分があることに、少しだけ胸がくすぐったくなる。
「日向さんもコーヒー好き?」
「ですね。家にはいつもドリップあります。本当はコーヒーメーカー欲しいんですけど、手入れとかめんどくさそうで……」
「最近のはそこまで面倒でもないで」
「そうなんですか?」
「ああ。俺が使ってんの紙のフィルターいらんやつで、フィルター水洗いするだけでええからゴミも少ないし豆から挽くから香りもええし。挽いた後の豆は乾燥させて冷蔵庫の消臭剤に使っとる」
「え、いいな」
「今度ダンジョンに持ち込んでみる?充電式やから、どこでも使えるのがええんや」
それいいなぁ。皆で焚火を囲んでコーヒーとか、キャンプっぽくてあこがれる。
「いいですね。みんなでダンジョンでコーヒー飲みましょう」
「それはパーティでやるほうが楽しそうな催しやな。分かった、俺のコーヒーメーカー持ってくわ。豆は頼むな」
「分かりました。楽しみです」
そのまま好きなコーヒー豆は何か、とか好きなカフェは、とか仕事とは関係ない話ばかりなのに、時間が過ぎるのがやけに早い。
気づけばもう、埼玉の倉庫に着いていた。




