第六十一話 告白
休憩を終えて、私たちは再び浅い階層を進み始めた。
もう少し進めば二階層への入り口が見えるはずだけど、今日は行かないと決めている。
水路沿いの通路は相変わらず穏やかで、ぱっと見は何の異変もない。
「じゃあ、次は佐伯さんも1回やってみよか」
蒼樹さんの声に、由衣がびくっと肩を揺らす。
「は、はい……!」
まだ少し怖さが勝ってるみたいだ。
少し進んだところで、前方の水面がぼこりと膨らんだ。
現れたのは、よく見る漬物石サイズの青いスライム。
「一体だけや。前川くん、まだ手ぇ出さんといてな」
「了解です」
凪が剣を下げ、距離を保つ。
「佐伯さん、拘束できるんやったな?まず敵を拘束してからとどめや。失敗しても俺がフォローするから」
「……分かりました」
由衣は深く息を吸って、銃を構えた。
弾は、お兄ちゃんの友達の作った由衣のスキルを付与した特殊な魔弾だと聞いてる。
引き金を引くと同時に、弾から銀色の糸のようなものが伸びた。
「――意思縛鎖」
撃ち出された弾丸は、スライムの体表で弾け、次の瞬間、半透明の鎖のような光が絡みついた。
スライムが、動きを止める。
「……よし!」
「ええやん、そのままや」
拘束されたスライムは、ぷるぷると震えながら、逃げようともがいている。
だが、いつものように弾けて消えない。
その瞬間だった。
スライムの内部。
半透明の体の“奥”に、黒い線が、はっきりと浮かび上がった。
それは拘束されていることで明らかになった。
「なんだ、あれ……」
「……魔法陣、みたい?」
「せやな……」
「待って……あの魔方陣、盗賊のグローブにあったのと似てない……?」
「ほんまや……細かいとこまではわからんけど似とるな……」
三人の言葉が私の耳を滑っていく。
そのスライムに浮かび上がった黒い魔法陣を私は知っていた。
きちんと見るまで忘れていた。スライムより、盗賊のグローブよりもっと前に見ていた。
あれだ。あの時の。私の足の下にあったあれだ。
墨を垂らしたような、円と線。
歪んだ幾何学模様が、スライムの核とは別の位置に、重なるように存在している。
私はポケットからスマホを取り出して、スライムに向かってシャッターを押し続けた。
これは、証拠だ。たぶん私だけにしか分からない証拠になる。
次の瞬間、拘束が解けた。
スライムは、ぐにゃりと形を崩し、いつも通りのキラキラしたエフェクトと共に消滅し、あとに魔石が一つ転がった。
「……」
胸の奥が、ひどく冷たくなった。
思い出したくなかった苦い記憶がじんわりと広がる。
「さくら?」
由衣が、不安そうにこちらを見る。
「どうかした……?」
私は、答えずに、少しだけ視線を落とした。
――知っている。
あの模様を、私は知っている。
目を閉じると、否応なく思い出す。
白い光。
足元に広がった、同じ形の魔法陣。
「……ごめん」
私は、静かに言った。
「私、今まで、誰にも言ってなかったことがある。でも今言わないといけない気がするんだ。聞いてくれる?」
三人の視線が、私に集まる。
「……あのね。私、前に一度――異世界に召喚されたことがあるの」
一瞬、空気が止まった。
「異世界……?」
由衣が小さく呟く。
「異世界って……ここじゃない世界、ってことだよな?」
凪の眉が寄る。
私は、頷いた。
「そう。もう一年以上前。ダンジョンがこの世界に発現する前の日だった。残業帰りに足元に白い光みたいなものが現れて、気が付いたら知らない場所にいた。最初は、道端で倒れて夢を見てるのかと思った」
これは今まで誰にも言ったことはない。
自分でも今でもあれは夢だったんじゃないかと思うこともある。
だけど今日分かった。あれは夢じゃなかった。
「異世界に聖女として、呼ばれたの」
「……聖女?」
「そう。世界を救ってくれって。なんで私、って思ったよ」
喉が少し、乾く。
「でもね。その場で……元の世界に、戻されたの」
私は、拳をぎゅっと握る。
「年増だからチェンジ、って言われて即。理由も、説明も、ほとんどないまま」
「それで、どうなったんや……?」
「詳しいことは分からない。でも私のステ―タスには聖女のジョブもスキルも残ってる。これは外部からは見えない仕様みたいだから、私のジョブはみんなから見えてるのはガンナーとスナイパーだけ。あと、みんなには見えないと思うんだけど、ここに変な模様があるの」
グローブを脱いで、右手の甲を皆に突き出す。
「何もないな……」
「さくら、ここにどんな模様があるんだ?」
「こんな感じ」
と、スマホのメモアプリに簡単な模様を描く。
「おい、この模様って……」
蒼樹さんがストレージボックスからダンジョンコインを出す。
「これに似てへんか?」
蒼樹さんが見せてくれたダンジョンコインの意匠。
確かに似てる。なんで私気づかなかったんだろ……。見せてもらってたのに。
……違う、きっと気づかないふりをしてたんだ。
「似てますね……。でも完全一致じゃない」
「せやな。ダンジョンコインのほうがなんていうか鋭い感じや」
凪が蒼樹さんの掌のダンジョンコインをまじまじと見て、私のスマホと見比べる。
「うん、三日月がこっちのほうが鋭いのと……あ、ここが違うんだ」
凪がダンジョンコインの意匠の真ん中を指す。
私の手の甲にあるのは三日月みたいな形だけど、ダンジョンコインの意匠は三日月みたいな意匠の真ん中に何か突き刺さっているような模様があった。
三日月を刺すようなその槍に似た模様に胸がざわつく。
「……これは仮説や。俺の考えた仮説ってことで聞いてくれ」
蒼樹さんが、ダンジョンコインをぎゅう、と握りしめる。
「スライムに見えたあの黒い魔法陣が、日向さんが召喚された魔法陣やとしたら、俺らの世界のダンジョンはその異世界絡みで生まれたもんやと思う。なら、このダンジョンは何のために生まれたんや?使えるドロップ品や弱めのモンスター。ぶっちゃけ楽勝や。ジョブ持ち、スキル持ちになれば、更に簡単や。だからじゃんじゃん潜れと言わんばかりやろ?あまりに甘すぎる。ならダンジョンは……これがこの世界に現れた本当の目的は、日向さんが持ってる聖女のジョブとスキルを取り返すために作った釣り堀ってことにならんか?」
「釣り堀……」
「初めてダンジョンに入った頃からおかしい思てたんや。めちゃくちゃ腹が減るし、トイレには行きたくならんし、なんていうかダンジョンは俺ら探索者からあらゆる”力”を吸い上げる装置みたいなもんちゃうか?」
「釣り堀……世界中にあるダンジョンが釣り堀……」
由衣が、その言葉を噛みしめるように繰り返した。
「あくまで仮説やけどな」
蒼樹さんは、ゆっくりと拳を開く。
ダンジョンコインが、掌の上で鈍く光った。
「ダンジョンにいるモンスターは俺ら探索者を釣るための云わば餌や。餌につられてダンジョンに入ってきた獲物から悠々と力を吸い上げる。今問題になっとる盗賊が探索者からジョブやスキルを奪い取るんは、あわよくば、日向さんの聖女ジョブとスキルが幕的なんちゃうかなって思ったんや」
「……俺ら探索者って、獲物側ですか」
凪の声が低くなる。
「たぶんな」
蒼樹さんは否定しなかった。




