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第六十話 神田川ダンジョン再び

 蒼樹さんと別れて、帰宅した私は凪と由衣とのグループチャットにメッセージを投げた。

 

 ― 一人、ダンジョンに一緒に連れていきたい探索者の知り合いがいるの。それで二人にきちんと紹介したいんだけど、いいかな?


 お風呂に入っている間に返事が二人から来ていた。二人とも了承と言うことで、それをすぐに蒼樹さんに連絡する。

 ほどなく、次に行くのは由衣がスライムに再度慣れるためにもやはり神田川にしよう、と話が決まった。

 そして、四人で挑むことになった神田川ダンジョン。

 休日の朝、神田川ダンジョンの入口付近は、朝のランニング客と探索者が混じり合って、妙に落ち着かない空気だった。


 少し早めに着いていた私と蒼樹さんのところに、二人連れがこちらへ向かってくる。

 凪は相変わらず背筋がすっと伸びていて、動きに無駄がない。

 由衣はその半歩後ろを歩きながら、きょろきょろと周囲を見回している。


「あ、さくら」

「おはよう、二人とも」


 凪が視線を私の隣に向けて、軽く会釈した。


「……こちらが?」

「はい。蒼樹さんです。うちの会社の取引先の社長さんで、探索者としては魔法使い。蒼樹さん、こちらが前川凪くん。剣士ジョブのうちのパーティのリーダーです」

「蒼樹や。よろしくな」


 関西訛りの挨拶に、凪が一瞬だけ目を瞬かせる。

 視線は、蒼樹さんの持つ装備の杖にくぎ付けだ。


「前川凪です。はじめまして。よろしくお願いします」

「佐伯由衣です。……あ、この間、ご挨拶はしてましたね」


 由衣はぺこりと深めに頭を下げた。


「自己紹介だけしたら、あとは中での役割確認や。前衛が前川くん、でええんやな?」

「はい。俺は前衛職なんで」

「んで、佐伯さんは……」

「私は拘束士(バインダー)でガンナーなので後衛で」

 蒼樹さんはそう言ってから、ちらりと私を見る。

「日向さんもガンナーやったな?」

「はい。なので、由衣と後衛を受け持ちます」

「俺は魔法使いなんで基本後衛なんやけど、せやったら俺が真ん中でええわ。その並びでええか?」

「はい」

 三人の返事がそろう。パーティではアタックの方針が何より大事だ。

「よし、今日は佐伯さんのダンジョン慣れ、スライム慣れが目的やから浅い階層だけ行くで」

 スライムにも油断しないことが大事。

 それは私たちはよく知ってる。

「俺、魔法使いの人とダンジョン入るの初めてなんですよ」

 やけに楽しそうな凪。

 あーそうか、魔法使いに興奮してるのか。ほんっと男の子っていくつになってもそういうの好きだよねぇ……。

 凪が少しだけ口角を上げた。

「さくらから聞いてます。面白がりの慎重派の人だって」

「まあ面白がりは否定せんわ。慎重なのも俺が魔法使いやからや。慎重じゃないと死ぬ。何せ、魔法使いは防御力が紙やからな」


 その言葉に、由衣がごくりと喉を鳴らす。


「……だ、大丈夫ですよね?」

「大丈夫や。じゃなかったらダンジョンに入らへん。俺は攻撃に全振りしとるから、むしろ俺の攻撃に巻き込まれんようにみんな気ぃつけてや」


 四人で軽く装備の確認をする。

 周りの視線を集めすぎないよう、自然に立ち位置をずらす蒼樹さんの動きが、やっぱり慣れていると感じさせた。

 入口の歪みが、ゆらりと揺れた。


「ほな、行こか」

「……はい」


 こうして、四人での神田川ダンジョン探索が始まった。

 まだこの時は、これが“ただの様子見”で終わらないことを、誰も知らなかったけれど。



 水音の中に私たちの足音が混じりながら、浅い階層を進んでいく。

 休日と言うこともあって、割と今日は探索者が多いけれどポップするスライムもそこそこいるので、取り合いにはならない。

 とにかく由衣を慣れさせることが目的だ。

 一体だけポップしたスライムを凪が切り伏せたけど、どれはキラキラとしたエフェクトの中で消えた。良く知るスライムの消え方だ。

 

「この先の水路を抜けたらセーフティエリアや。とりあえずそこで休憩しよか」

「分かりました」


 池袋ほど広くはないけど、神田川ダンジョンのセーフティエリアは、川沿いの遊歩道を思わせる開けた空間になっている。

 石造りのベンチがいくつか並び、簡易的な結界が張られているおかげで、スライムは一切近づいてこない。


「ふぅ……」

 由衣が小さく息を吐いた。

「やっぱり、実際に中に入ると緊張しますね」

「最初はみんなそうや。慣れたら逆に気ぃ抜きすぎて怒られるようになる」

 蒼樹さんが笑いながら言う。

 私はセーフティエリアにある流れの水面に目を向ける。

 ゆるやかに流れるはずの水が、ほんの一瞬だけ、逆向きに揺れたような気がした。


 気のせいかと思って瞬きをする。

 水面はすぐに、穏やかな流れに戻っていた。


「どうした、さくら?」

 凪が気づいて声をかけてくる。

「ううん、なんでもない」


 本当に、なんでもない。

 そう言い聞かせて、私はベンチに腰を下ろした。


 ――けれど。


 さっき倒したスライムが消える直前に見えた、あの一瞬。

 キラキラしたエフェクトの奥に、墨を垂らしたみたいな影が、混じっていなかっただろうか。


 胸の奥に、小さな棘が引っかかったまま、休憩は何事もなく進んでいった。

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