閑話休題 ―異世界の禁忌の戯言―
ウルスは深く息を吐いた。
これは異世界の報告書だ。
向こうに行かせているウルス側の斥候が届けてくれた。
何度目か分からない報告書の読み直しで、視界が滲むような気がした。
ここはウルスの王宮内に用意された私室と言う名の檻だ。
(あれを使ったのか……)
手元にある報告書に書かれていたのは、異世界に送りこんだ盗賊のうち五人が、帰還のために使う、と持たせていた丸薬をかみ砕いて消えたという傷ましい報告だった。
ウルスが盗賊たちに持たせたのは、確かに緊急事態の際に帰還させるための魔法薬だったはずだ。
何故だ、何故あの禁忌の丸薬が……。
ウルスは立ち上がって、玉座の間へ向かった。
自分以外に指示を出したとしたら一人しかいない。
「これはウルス師。王に何か御用ですかな?」
玉座の間の手前で、宰相に止められる。
「至急、王に伺いたいことがある。取次ぎを願う」
「王は今、こちらにはおられません。城下へ視察に出ております」
「視察……?」
「はい」
逃げたか。
おそらく自分が乗り込んでくることを見越したのだろう。
「では宰相殿でもよい。至急の案件がある」
「私で良ければ伺いましょう。では、中庭の東屋へでも」
「分かった」
中庭の東屋は、王宮の中では珍しく開けた場所だった。
白い石畳と低い生垣。噴水の水音が、会話を外に漏らさない。
宰相はゆっくりと腰を下ろし、正面に座るウルスを見た。
「それで? 至急と申されるからには、余程のことなのでしょうな」
「異世界のダンジョンに送り込んだ盗賊たちが消えた」
「……ほう」
宰相の眉が、わずかに動く。
「五人だ。しかも全員、あの丸薬を噛み砕いたらしい」
「――なるほど」
「私が持たせたものとは違う丸薬だ。これはどういうことだ」
「違う、とは?」
「私が彼らに持たせた丸薬は、帰還のための転移の呪を施したものだった。あれをかみ砕けば、どんな状況からでもこちらに帰還できるように。だが、彼らが持っていたのは、帰還断ちの丸薬だった。あれは肉体も魂も融かす禁忌の丸薬だ」
宰相は、ため息ともつかぬ息を吐いた。
「では、予定通りですな」
「予定通り、だと?」
ウルスの声に、抑えきれない怒気が混じる。
「私は緊急帰還用の転移薬を持たせたはずだ。肉体と魂、本人の存在全てを融かす《帰還断ち》ではない」
「承知しております」
「ならばなぜ!」
宰相は、噴水に視線を向けたまま、静かに言った。
「彼らが持っていたのは、帰還断ちとは違う、新しく作られた丸薬です」
「……新しい?」
「はい。ウルス師も知らぬ丸薬です。作用は、噛み砕けば――魂のみをこちらへ戻す理があります」
水音が、やけに大きく聞こえた。
「魂のみ……」
「ええ。肉体は向こう側で分解され、ダンジョンへと還る。魂はこちらへ還り、こちらの輪廻に乗ります。死ぬことには変わりない。一つ困るのは向こうに装備が全て残ることですな」
「なぜ、そんなものを持たせた」
「捕縛された場合の保険です」
宰相は、淡々と言った。
「向こうの世界に、我々の存在を知らせないためですよ。それはウルス師もお分かりでしょう?」
「……」
「彼らにはあれは帰還の為のものだと言って渡したので、騙す形になってしまったことは申し訳ないと思っています。こちらの戦力が削がれれば、魔力を集めるのにまた手間取ってしまうリスクもあります。
それでも、向こうに我らのことを知られるわけにはいかないのです。向こうにもし、魂を捕らえることのできるジョブを持つ者がいれば魂を向こうに残すのはリスクでしかなく、あちらの世界の輪廻に乗れなければ永遠に異世界を漂うだけの存在になります。――それは、死よりも残酷ですからな。
いくら向こうの世界が我々にとってはただの釣り堀でも、その釣り堀から飛び出した獲物に手を噛まれないとは限らないでしょう?」
ウルスは拳を握りしめた。
「……つまり、彼らは帰還するつもりでいたとうことか」
「はい」
「……なんということだ」
「ええ。実に悲しいことです。5人も失い、魔力集めがまた遅れますので、ウルス師にはこのカバーをお願いしたい」
宰相は初めて、ウルスを真正面から見た。
「カバー、だと?」
「そうです。こちらから送り込んだ戦力が削がれた以上、それをカバーするだけの作戦が必要です」
ウルスは胸の奥に冷えていく感覚を覚えながら考え、宣言する。
「分かった。ならば、私も準備をする」
「準備、ですか?」
「向こうの世界に聖女のジョブとスキルを持つものがいることは間違いない――」
低く、確信をもって言い切る。
「その者を探し出し、聖女の力を奪い取ることを第一目標にする」




