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第五十五話 紋

 セーフティエリアから出ようとしたとき、ギルド職員の人が慌ててこちらに走ってきた。

 一瞬の緊張の後、お兄ちゃんに話しかけた職員さんから、信じられない言葉を聞いた。


「……盗賊たちが、消えました」


 ―消えた、って何?


 信じられない言葉に、そのまま全員で盗賊を捕縛した場所へ引き返す。

 そこには、まだ銀色に輝く投網と、盗賊たちが身に着けていたものだけが残されていた。


「逃げた、とは違うんでしょうか?」

 お兄ちゃんが、低い声で確認する。

「……違います」

 職員さんは一度、視線を伏せてから続けた。

「我々が駆けつけた時、この網の中には確かに五人いたんです。全員、生きて、脱出しようともがいていた」


 盗賊たちを捕縛に来たギルド職員から聞いた話は、こうだった。


 網の中でもがいていた盗賊たちは、職員の姿を見た瞬間、五人同時に、腰袋から出した何かを飲み込んで噛み砕くような仕草をした。

 次の瞬間、まるで融けるように、五人全員が消えた。文字通り、まるで雪が融かされるように。

 あとに残ったのは、投網と、ローブ、グローブ、腰袋――盗賊たちが身に着けていたものだけだったという。


「何か、身元が分かるようなものは?」

「ないんです。探索者カードもない。あえて言うなら、このグローブにある何か紋のようなものだけで」

 職員さんが差し出したグローブをお兄ちゃんの後ろから見る。

 黒いグローブに刻まれているのは、黒い糸で刺された紋だった。魔法陣かな?でも、どこかで見たことあるような……。

「……これは全てギルドのほうで押収します。何か分かったらご連絡します。一つだけもし分かるのなら教えてください。盗賊たちは男でしたか?女でしたか?」

「それは分かりません。全員、認識阻害されていて顔も分かりませんでした」

「そうですか……分かりました。では報告書ができましたら送りますので、もし修正があれば教えてください」

「はい、ご協力は惜しみません」

 通路に残されていたものを全て押収し、ギルド職員たちは帰っていった。

 

 あとに残ったのは、何もない通路と、胸の奥に引っかかったままの、説明のつかない違和感だけだった。



 そのままダンジョンを出た私たちは夕食を食べに食堂街に行ったけれど、正直、あまり味はしなかった。お腹は空いてるのに。

 食事を終えて四人それぞれ帰路について、私はまず帰宅して一階のコンビニで買ったおにぎりを片手に、凪に電話をした。

「もしもし、凪?」

『おー、どうした、さくら』

「いま、大丈夫?」

『ああ。今日はもう帰ってる』

「そっか。じゃあちょっと長い話になるけど聞いてもらうよ」

『何だよ。ちょっとコーヒー淹れてくるから待ってろ』

「分かった」

 私も冷蔵庫からお茶を出してきてソファに座る。

『悪いな、待たせた』

「大丈夫。それでね。今日あったことなんだけど……」

 私は、凪に今日東京駅ダンジョンであったことを話した。由衣が戻ってきたことも。

 由衣には、「凪くんにはさくらから伝えておいて」と頼まれていた。

『そうか。由衣が戻ってきたのか。良かったな、さくら』

「だね。由衣が戻ってきてくれたことは素直に嬉しいよ」

『に、しても、盗賊たちが消えたって何だろうな……』

「なんか目の前で融けるみたいに消えたんだって。残ったものから何か分かればいいんだけど……」

『その五人の中に、由衣のジョブとスキルを奪ったやつはいたんだろうか』

「それは分からない。でももしいたなら問い詰めてやりたかった」

『そうだな、俺もだ』

「ねえ、凪……」

『ん?』

「由衣を誘って、また三人で池袋の三階層へアタックしてみる?」


 そう、これを聞きたかった。

 一瞬の沈黙の後、凪から答えが返ってくる。


『すぐには無理だろ。もし三人で行くなら、池袋以外から慣らしたほうがいい』

「だよね。私もそう思ってた」

『どこかいい場所あるか?』

「池袋はスライムしかいないし、スライム特化のダンジョンを探したら、都内だと神田川があったの。だから、神田川ダンジョンでパーティとしてのリハビリどうかなと思って」

『神田川か……。うん、いいかもな。神田川なら、三人とも会社帰りに寄れる』

「じゃあ、私、明日会社で由衣に話してみる」

『任せた。決まったらまた連絡くれ。その日は定時退社するように頑張るわ』

「うん、よろしく。それじゃおやすみなさい」

『おー、おやすみ。今日はお疲れさん』

 電話を切って私はおにぎりのごみを捨てて、お風呂に入ることにした。

 湯船でぼんやりしながら、ずっと心の奥のほうで引っかかっていることを考えてる。

 

 あのグローブの魔法陣みたいな紋……どこで見たんだっけ。

 心のどこかで私は確かにそれを覚えているのに、鍵がかかったみたいに思い出せないでいる。

 これを思い出せたら、何か一つ分かる気がするのに。

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