第五十四話 おかえり
セーフティエリアの一角で、私と蒼樹さん、お兄ちゃんと由衣がベンチで向かい合う形で座ってる。
なんだ、この合コンみたいな座り方。
まず、それぞれ自己紹介を終わらせて、沈黙が落ちた。
こういう空気やだな。
と思っていたら、由衣が顔を上げた。
「……ええと、ね。まず、さくら、ごめんね」
「何?何か謝るようなことした?」
「ずっと、離脱してて……迷惑かけたから」
「迷惑じゃないって私も凪も言ったよね?悪いのは由衣じゃないんだから」
「……」
「あー、ええと……佐伯さん、やっけ?これは俺の独り言や」
蒼樹さんがそっぽを向く。
「あんな。基本的に探索者は自己責任で探索しとる。パーティー抜けるのも、戻るのも、ソロで活動すんのも誰かが悪い話やない」
蒼樹さんは腕を組んだまま、視線だけを由衣に向けた。
「それにや。逃げた、離れた、戻ってきた。そのどれもが“選択”や。選択できるいうこと自体が、生きとる証拠やろ。一番大事なんは、生きて選ぶことや」
由衣が、少し驚いたように蒼樹さんを見る。
「……逃げたことを、悪いって言われるほうが、しんどい時もあるねん」
「……」
「俺から見たら、あんたはちゃんと戻る判断をした。それだけで、探索者としては十分や」
由衣の目が、揺れた。
「……ありがとうございます」
小さく、でもはっきりとした声だった。
お兄ちゃんが、そこで軽く咳払いをする。
「で、由衣ちゃん。さくらが気になってるのはそこじゃない」
「うん……分かってる」
由衣は一度、膝の上で手を握りしめてから、顔を上げた。
「私のジョブとスキルのこと、だよね。じゃあその説明からするね」
「うん」
私は頷いた。
「まずね。この間、さくらが私を待つって言ってくれたあと、遥さんと話したの」
「お兄ちゃんと?」
「うん。それでね。探索者に戻るためには、私は何をしたらいいか相談したの」
由衣が信頼を籠めた視線をお兄ちゃんに向ける。
「もう私も年齢が年齢だし、無理して戻らなくてもいいかなって最初は思ってたんだけど、さくらが頑張ってるの見てたから、私ももう1回くらいなら頑張ってみようって思ったんだ」
「……由衣」
「そうしたら、ジョブとスキルを失っても、再度ダンジョンに入ればまたジョブとスキルが得られる可能性があるって遥さんが教えてくれて……自分が守るから、一緒にダンジョンに行こうって言ってくれたの」
……お兄ちゃんのくせにかっこいいことしてる……!
「それで、池袋ギルドにお願いして探索者カードを返してもらって、遥さんに九十九里に連れて行ってもらったの。最初は空振り。遥さんに守られるだけで終わった。1回そこで心が折れそうになったけど、遥さんが『諦めるのはいつでもできるから、もう1回だけ行ってみよう。由衣ちゃんが怖いなら、俺が守るって言っただろ?』って言ってくれて……2回目でジョブとスキルが生えたの」
「……」
「私の新しいジョブは拘束士。それとガンナー。2つジョブが生えたんだ」
「2つは……すごいね」
「拘束士は敵の行動を拘束する役目。スキルは意思縛鎖。逃げたり抵抗しようとする相手の意志を縫い留めて逃がさないようにするスキル。さっき、投網の重りに撃ち込んだのが、遥さんのクラフターのお友達に作ってもらった、私のスキル専用の魔弾なの。あの網に囚われた相手は逃げることができなくなる」
蒼樹さんが、低く唸る。
「……めちゃくちゃチートやんけ」
「強いけど……発動には条件がある」
由衣は続けた。
「私自身が、“逃げない”って決めてないと使えない」
その言葉に、セーフティエリアの空気が静まった。
「……だから、私の心の強さ、逃げない意志がないとダメなの」
「……」
「怖くて、逃げたいって思った時は、スキルが発動しなかった」
由衣は、真っすぐ私を見る。
「でも今日は違った。もう逃げないって、決めたから」
胸の奥が、ぎゅっと締め付けられた。
「……戻るよ、って言ったのは」
「うん。自分に言ったの」
由衣は、少しだけ照れたように笑った。
「……私、探索者としても、友達としても、ちゃんとここにいたかった。ねえ私、まださくらの友達でさくらのバディでいい?」
「当たり前でしょ。私のバディは由衣だけだよ」
お兄ちゃんが、静かに頷く。
「だから俺は、由衣ちゃんのガンナーレベルを上げるために今日はここに来たんだけど、まさか、さくらと盗賊とエンカウントするとはな……。とりあえず今日はここまででいいかな。由衣ちゃん、ガンナーレベルは?」
「3になりました」
「うん、順調だな。5まで上げるにはもう少しか」
「頑張ります」
「5に上がったら、連射できるやつ用意するから」
「はい!」
おやおや、なんかもう付き合ってない?これ付き合ってない?
え、ちょっと待って。兄と友達ってなんかめちゃくちゃ複雑なんですが?
「よし、じゃあ今日はここまでにしよう。盗賊たちも捕縛されただろうし、安心して戻れる」
お兄ちゃんの言葉にみんな頷く。
「お腹減ったし、東京駅の食堂街でご飯食べようか」
「あ、私、オムライス食べたい!」
「いいね、オムライス行こう!」
立ち上がってセーフティエリアの入口へ向かうお兄ちゃんと由衣の背中を見ていると、隣りの蒼樹さんが、ふっと笑った。
「ええ兄貴やな」
「はい。自慢のお兄ちゃんです」
「兄妹の仲がええのは何よりや」
「蒼樹さん、きょうだいは?」
「おらん」
ふぅん。
私は、2人の背中を追いかけて、由衣の隣に立った。
そっとその手を握る。
「ねえ由衣」
「ん?」
「……おかえり」
私の声に由衣が微笑む。
「……ただいま、さくら」
その一言で、全部が戻った気がした。




