第四十九話 無理はしてます。でもやらない選択肢はない。
出荷リストを作りながら、頭の片隅で時計を気にしていた。
一時間。
言い切った以上、やり切るしかない。
品番、数量、箱数、宛て紙の枚数、ロットナンバーと搬入順。
宛て紙には「緊急・追加」と示すことも忘れない。
Tシャツのサイズ別に宛て紙を作るのが少し面倒だけど、前に作ったものを流用できる。
500枚ならサイズ別でも、段ボール25箱でいけるはず。
やり慣れた業務だ。
フェス会場側の動線を思い浮かべながら、指を動かす。
——そのときだった。
フロアの入口が開く音がして、視線がそちらに集まった。
「……え?」
聞き覚えのある声。
顔を上げると、そこに立っていたのは——。
「蒼樹……さん?」
東京駅ダンジョンで別れた蒼樹さんがスーツ姿で立っていた。
「……めっちゃ慌ただしいやん」
「はい。ちょっとトラブルで。蒼樹社長、こんな時間に何か御用で?」
秋元さんがカウンターから出て、蒼樹さんを迎える。
「ちょっと、の空気ちゃうけどな……」
苦笑しながらも、蒼樹さんはフロアに入ってきた。
「佐藤商事からのフェス追加出荷の件で話があって来たんやけど……担当は?」
「それ、俺と日向です」
秋元さんが蒼樹さんの前に立つ。
「日向宛のメールアドレスが違っていたことにさっき気づきました。それで今、彼女が出荷リストを作っているところです」
画面を軽く示すと、蒼樹さんは一瞬だけ目を丸くした。
「……ああ、これ」
「はい。アドレスの打ち間違いで、私にだけ届いてなかったみたいで」
「なるほどなぁ……」
「なので、一時間で出荷リスト作ります。そのまま倉庫に転送するので、車の手配さえ間に合えば会場への搬入はできます」
言い切ると、蒼樹さんは小さく息を吐いた。
「ダンジョンで見る日向さんと、だいぶ印象違うな」
「え、そうですか?」
「うん。こっちは完全に戦場や」
その言い方に、少しだけ笑ってしまう。
「でも、似てますよ」
「何が?」
「ダンジョンだって戦場です」
蒼樹さんが、一瞬だけ黙ったあと、苦笑した。
「確かに。仕事もダンジョンも、油断したら即アウトやな」
そして、腕時計を見てから言う。
「倉庫はどこや?」
「幸手です」
「ここからやったら一時間くらいか」
「はい」
「あんな、俺が来たんは、荷物の引き取りのためなんや」
「え?」
「ブルーツリー流通の仕事や。倉庫の場所教えてもらえるか?俺が向かって荷物受け取るわ」
秋元さんが蒼樹さんに倉庫の住所の紙を渡す。
「そんじゃ、出荷リスト頼むわ、日向さん。他の皆さんも、会場への搬入はブルーツリー流通に任せてください」
フロアを出ていこうとした蒼樹さんが、私のデスクに歩み寄ってくる。
「邪魔したら悪いか?」
「いえ。1分だけなら」
「なら、その1分で聞きたい」
「はい?」
「——無理してへんか?」
思いがけない言葉だった。
一瞬、指が止まる。
「……無理は、してます」
正直に答えた。
でも嫌ではない。
こんなトラブル、今までも何度もあった。
新人の頃なんて、トラブル1つで泣いたことも仕事辞めたくなることもあったけど、今の私はいい意味で図太くなったんだと思う。
「でも、やらない選択肢はないので。だってこれが私の本業なんです」
蒼樹さんはそれ以上何も言わず、ただ頷いた。
「分かった」
「はい」
「……あと」
「?」
「夕方約束した夕飯、今度はちゃんと行こな」
それだけを囁くように言って、蒼樹さんはフロアを出ていった。
周りにいる営業部員には聞こえないように。
私はもう一度画面に向き直る。
ダンジョンでも、会社でも。
私はまだ、やれることがある。
「日向、進捗どうだ」
「あと30分ください。在庫確認は完了、ピッキング用の出荷指示はできたので、今から倉庫に印刷出します。それから箱割りと搬入順の最終チェック入れて、倉庫側に宛て紙の印刷出します」
「了解。俺は会場側に先に連絡入れる」
「お願いします」
淡々と返したつもりだったけど、心臓の音は少し早い。
——蒼樹さんが、倉庫に向かった。
ダンジョンで並んで歩いていた魔法使いさんが、今はスーツ姿で物流を動かしている。
社長さんが自分で動いて荷物を運ぶなんて、少なくとも彼は取引先からは信頼されているのだと分かった。
私は深く一度息を吸って、キーボードを叩いた。
最終確認完了。リストチェックも秋元さんにしてもらって問題なし。
「それじゃ送ります」
「ああ。俺から倉庫に電話しておく」
印刷を決定して、向こうに出荷指示を含めた、必要なものが全て印刷されたことを確認する。
あとは倉庫で仕事をしてくれている人たちが頑張ってくれる。
こんな夜遅くに迷惑をかけてしまったから、今度棚卸で倉庫に行ったら謝らないと。
でも私は不思議な達成感を感じていた。
仕事もダンジョンも。
最後まで立っていた人間が、きっと勝つ。
次回がターニングポイントの回になります。




