第四十六話 新しい戦い方
東京駅ダンジョンに潜り始めて、すでに二か月が経とうとしていた。
基本はソロ。
でも中で魔法使いさん……蒼樹さんと会うことがあれば、一緒に回る、が最近は通常になっていた。
最初は知り合ったのも、一緒に回ったのもただの偶然だった。
次は、タイミングが合っただけ。
そうやって言い訳できていたはずなのに、今ではゲート前で彼の姿を探している自分がいる。
「お疲れさん、日向さん」
名前を呼ばれる。
それだけで、胸の奥が少しだけ軽くなる。
「今日は、何するんや?」
問いかけは事務的なのに、その距離は近い。
ダンジョンの中では肩を並べて立つのが、当たり前になっていた。
「今日やってみたいのは、スキルの重ね掛けの実験です。スキルを重ねることでできることを試してみたくて」
「あ、それ、俺もやってみたい」
「魔法使いのスキルで、重ねられそうなのあるんですか?」
「わからんわ」
「待って、それダメでしょ」
「ぶっつけ本番って楽しない?」
「楽しい、のかな……?」
「冗談や。なんで納得してんねん!」
ダンジョンの中にいるときは、仕事関係なく何だか友達みたいなノリでいられるのは私も割と楽しんでいたりする。
今日の目的はスキルの重ねがけができるかどうか。
以前、シール貼りのスキルをごまかすために、スキルの重ね掛け、なんて言ってみたけど、実はできるのでは?なんて思い、実験というか実証をしてみたくなったのだ。
今の私のステータスは……。
――
日向さくら 32歳
ジョブ 聖女(?)Lv1+ スナイパー Lv8
スキル
シール貼り+
ストレージボックス(認識阻害)
聖魔法+ ヒール / 小回復魔法・ライト / 光魔法・プロテクト / 防護魔法・加護(初期)
スナイパースキル 命中・照準固定・精密射撃・必中判断・弱点捕捉
鑑定 Lv3(上限Lv10)
ドロップ率 Lv3 15%UP(上限Lv5 25%UPまで)
HP150/150
MP200/200
ATK200
――
となっている。この中で重ねがけを試せそうなスキルは、命中と弱点捕捉を試してみたいと思ってる。
重ね掛けはシールにそれぞれのスキル名を書いて弾に貼ったものを装填してある。小さいからシールに書くのに苦労した。
「お、この先のフロアにゴブリン湧くで。多めにするか?」
「できればお願いします。リボルバーは6発装填できるので、蒼樹さんの討伐分も含めてくださいね」
「おー、分かった。そんじゃ、あの角を曲がったら戦闘開始や」
「はい!」
湿った石床の向こう、開けたフロアに――ゴブリン。
数は10体。武器は短剣と棍棒。
蒼樹さんのスキルならこれくらいの数は出ると予想していたから驚きはない。
「……距離は十分やな」
「はい。先に行きます」
私は一歩踏み込んで、銃を構えた。
装填済みの弾は、シール貼り済みで、シールは消えているが、青い光を放つ魔弾になっていることは鑑定済みだ。
弾の表面は弾倉の中で青い光を放っている。
《命中》
《弱点捕捉》
私の思う通りなら、これはダンジョンを攻略する大きな一歩になる。
(いける……はず)
深呼吸。
照準を合わせる。
――重ねる。
意識した瞬間、視界が変わった。
命中補正の輪郭が、いつもよりはっきりと浮かび上がる。
その中心に、さらに赤い点。
ゴブリンの喉元。
「……見えた」
引き金を引く。
乾いた発砲音。
青い弾が吸い込まれるようにゴブリンに向かっていく。
次の瞬間、先頭のゴブリンが喉を押さえて倒れた。
「うわ、えげつな……」
「まだ続きます!」
二発目。
三発目。
命中。
弱点。
致命。
弾が切れるころには、残りは4体。
距離を詰めようとしたところで――。
「残りは任せや!」
蒼樹さんの火球が、床を転がるように炸裂する。
爆風に煽られ、ゴブリンが体勢を崩した瞬間。
「今です!」
「了解!」
連携。
それだけで、言葉はいらなかった。
最後の一体が倒れ、フロアに静寂が戻る。
「……成功、ですね」
「成功どころちゃうやろ」
蒼樹さんが、こちらを見て少しだけ目を細めた。
「今の……完全に二つ乗っとったやろ。威力がえげつなさ過ぎや」
「撃つ時になんていうか……道が見えた感じでした。あ、ここで撃てばいい、みたいな」
「スキルの重ねがけってやれるんやな。俺もやってみよ。俺はメインの火球の威力を上げたいから、火球とブーストを重ねてみたいなぁ。なあ、スキルの重ね掛けってどうやるん?」
どうって言われても……。私はずるしてるから……。
「ん?難しいんか?」
「難しいって言うか……どうなんでしょう。スキルを重ねることをイメージすることが大事なんだと思います」
「ほーん。まあ、魔法使いは魔法のイメージが大事やからな。分かった、ちょいやってみるわ」
相木さんがグローブを前に突き出して、意識を集中させる。
角から現れたゴブリンがこっちに迫ってくる!
それをニヤッと笑った蒼樹さんが、構えを崩さずに言った。
「ちょうどええ、実験台やな」
迫ってくるゴブリン。
距離は近い。
「《火球》……《ブースト》……」
二つのスキル名を、蒼樹さんがはっきりと口に出す。
同時に、生まれた火球が――揺れた。
「――あ、これ、あかんやつ」
グローブのすぐ上で生まれた火球はいつもより大きく、歪で、制御が甘い。
「ちょ、威力上がりすぎ――!」
火球はゴブリンに直撃し、そのまま床に叩きつけられて爆ぜた。
轟音。
熱風。
衝撃。
「――っ!」
爆煙が晴れたあと、そこには――跡形もなく消えたゴブリンと、床にへたり込む蒼樹さんの姿があった。
「……生きてる?ケガしてない?」
「ケガはないし……生きとる……けど……」
ふらっと立ち上がろうとして、よろける。
「ちょ、無理しないでください!」
慌てて駆け寄り、肩を支える。
思ったより体が熱い。
「……やりすぎましたね」
「うん……重ねると、威力は上がるけど……制御が全然や」
息を整えながら、苦笑い。
「日向さん、ようあんな安定して撃てるな……」
「私は……たぶん、遠距離特化だからだと思います」
「それだけちゃうやろ」
じっと、こちらを見る。
「重ねた瞬間、迷いがなかった」
「……」
「怖なかったん?」
「……正直に言うと、ちょっとだけ。でも」
銃を握る手を見る。
「当たる、って分かってました」
「それが一番怖いわ」
そう言って、蒼樹さんは笑った。
「でも、助かったわ。フォローうまいな」
「普段組んでるパーティの前衛が無茶するの、見慣れてますから。後衛職としてはこれくらいできないと」
冗談めかして言うと、少し照れたように目を逸らす。
「……日向さん」
「はい?」
「今日の実験、ここまでにしよ。俺、ちょっと魔力が尽きそうや」
「賛成です。無理する理由、ありませんし」
何より目的だったスキルの重ね掛けは成功した。もっといろいろ精査する必要はあるけど、やれることが分かったのなら、これからいろいろ試してみればいい。
並んで歩き出す。
さっきより、少しだけ距離が近い。
この人と一緒にいると、ダンジョンが少しだけ、怖くなくなる。
そう思ってしまった自分に、私はまだ、気づかないふりをしていた。




