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閑話休題 ―凪―

凪の閑話休題。川越はいいとこですよ。

 川越ダンジョンの入口は、観光地の真ん中にあった。


 蔵造りの街並みから一本入ったところにある、この町の観光名所の一つである時の鐘。

 そこにダンジョンの入口はあった。


「……相変わらず、見物客が多いな」


 凪はそう呟いて、肩に掛けたバッグの位置を直した。

 中身は軽装の探索装備と、最低限の回復アイテム。

 それから近くの菓子屋横丁で買ってきたちょっとした駄菓子。

 最近では、菓子屋横丁が探索者にとってはダンジョンに入る前の補給物資の調達場所のようになっているらしく、いつも賑わっていた。

 ここでは池袋ダンジョンみたいに、装備を盛る必要はない。


 ここは、川越。

 中規模。

 そして――“油断すると危ない”タイプのダンジョンだ。


 ゲートの前には、スマホ片手に撮影している見物客が多い。彼らは探索者ではなく、ただの観光客だ。

 ダンジョンを入口だけ見せる観光地にしてしまうあたり、たくましい。

 実際、全国のダンジョンの入り口は観光地化しているところが多かった。ここもご多分に漏れずだ。


「よし、行くか」


 見物客に見送られながら、カードの入場ゲートにかざし、ダンジョンに入る。


 光が視界を満たす。

 次の瞬間、空気が変わった。


 ひんやりとした気配。

 石と土の匂い。

 どこか湿った、川の近く特有の感覚。


 川越ダンジョン第一層。


 凪は足元を確かめ、ゆっくりと前を向いた。


 ――ここからは、誰の後ろも歩かない。


 自分の足で進むための、一歩目だった。

 

 このダンジョンは3階層までしかないため、早くにマッピングは終わっていて、ギルドですべての階層の地図が買えるダンジョンの一つだった。

 少し進んだところで、少し広めのフロアにコボルトの群れがいるのを発見した。他に探索者はいないので、これは良い獲物だと、剣を握りなおして凪はスキルを発動させた。


「風斬り」


 文字通り、群れを一振りで叩き斬る、剣士特有のスキルだ。


 「――ッ!」


 凪の剣が、空を裂いた。


 刃先から放たれた風の刃が、一直線に伸び、先頭のコボルト二体をまとめて薙ぎ倒す。

 血が舞い、湿った床に倒れ伏す魔物。


(……少し、浅い)


 手応えはある。だが、想定よりも軽い。

 次の瞬間、それが慢心だと分かった。


 甲高い鳴き声がフロアに響き渡る。


「キィィ――ッ!」


 生き残ったコボルトたちが一斉に散開する。

 正面に残った二体が槍を構え、距離を詰めないまま威嚇。

 同時に、左右の影が壁沿いに走った。


(囲みに来る……!)


 凪は即座に後退し、背後に壁を取る。

 だが足元が、ぬるりと滑った。


「っ――!」


 湿った石床。

 川越ダンジョン特有の、水気を含んだ地面。


 踏み込みが一瞬遅れた、その隙を逃さず――。


 ――ゴンッ!


 コボルトの投石が、肩に直撃した。


「く……っ!」


 防具越しでも鈍い衝撃が走る。

 小柄な体躯でも、数で投げられる投石の攻撃力は馬鹿にならない。


 体勢を立て直しながら前を見据える。

 視界の情報量は何より大事だ。


 正面の二体が一気に距離を詰めてくる。

 槍の穂先が、凪の喉元を狙った。


 だがそれを冷静に凪は剣で弾き、半身を壁につけてかわす。

 擦り合う金属音が湿った空間に響く。

 完全には防ぎきれない。

 脇腹をかすめた槍の一撃が、服を裂いた。

 幸い服の下にあった防具のおかげで傷は負わなかった。


「……っ!」


 すぐに剣を振り抜き、一体の喉元を斬る。

 倒れた仲間を見て、コボルトたちの動きが一瞬鈍った。

 そして固まって力で押すほうが良いと判断したのか、槍を持つコボルトの周りに再び群れを作る。


(今だ)


 凪は群れに向かって踏み込む。


 今度はスキルを使わない。

 一体ずつ、確実に。


 膝。

 手首。

 武器を持つ部位を狙い、戦力を削ぐ。


 最後の一体が、怯えたように後退し――背を向けた。


「逃がさない」


 剣が振り下ろされ、静寂が戻る。


 フロアには、倒れ伏したコボルトたちと、凪の荒い息だけが残った。


「……はぁ」


 剣を下ろし、肩で息をする。


 HPは、目に見えて削れていた。

 大した深手ではない。だが、確実に“消耗”だ。

 これが積み重なると最悪だ。


(これが、このダンジョンか)


 派手さはない。

 強敵でもない。


 けれど……気を抜いた探索者を、確実に削りにくる。


 凪は飴玉を一つ取り出し、口に含んだ。

 口の中で甘い味が今の疲労を少し癒してくれる。

 ステータスを確認すると、レベル19に上がっていた。目標の20まではあとどれくらいだろうか。


「……まだ、先は長いな」


 視線の先には、第一層の奥へ続く、緩やかな下り坂。

 地図を見る限りでは一直線に降りたところにセーフティエリアがあるらしい。

 とりあえずそこまで進んで休憩することにしよう、と決めて凪は歩き出した。

 遠くから戦っている音がする。

 

(頑張れよ、お仲間さん)


 ここにいるのは同じ探索者たちだ。

 だがもしもあの時、由衣を襲った盗賊ともしエンカウントするようなことがあったら、絶対に逃がさない。


 ここは、まだ入口に過ぎない。


 ――本当に試されるのは、これからだ。


 下り坂は、見た目以上に足に来る。

 湿った石畳は滑りやすく、気を抜くとさっきの戦闘以上に体力を持っていかれそうだった。

 凪は歩幅を小さく保ち、呼吸を整えながら進む。


(セーフティエリアまでは……そう遠くない)


 地図では一本道。

 だが、地図通りにいかないのがダンジョンだ。


 少し進んだところで、足音が聞こえた。


 ――人の、足音。


 凪は即座に立ち止まり、壁際に寄る。

 剣の柄に指をかけ、呼吸を殺した。


 数秒。


 角を曲がって現れたのは、探索者だった。


 男性二人組。

 装備は軽めだが、動きに無駄がない。

 互いに声を掛け合い、周囲を警戒しながら進んでいる。


(……ちゃんとした人たちか)


 緊張を解き、姿を見せる。


「ああ、あなたもこの先へ?」

 向こうから話しかけられたので応じる。

「ああ。あんたたちもか?」

 短く告げると、向こうの一人が安堵したように息を吐いた。

「第二階層へ行くには、この先ですか?」

「地図は持ってきてないのか?」

「地図、ちょっと高くて買えなくて……」

「それは良くない。ダンジョンの地図は文字通り命綱だ。マッピングスキルがないならちゃんと買ったほうがいい」

「そうですよね、すみません。いや、俺、前はマッピングスキルあったんですよ。でも盗られちゃって……」

「盗られた……?」

「最近、盗賊があちこちに出てるって知ってますか?あいつにやられたんです、この川越で」


 由衣が盗られたのと同じスキルを?

 どういうことだ?


「……地図を見せるから、この先のセーフティエリアで少し一緒に休憩しないか?話を聞きたい」


 凪の提案に二人は快く頷いた。

 下り坂の先に、淡い光が見える。

 そこが第一層セーフティエリアの結界の入り口だった。

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