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第四十五話 魔法使いさんとの予想外の再会

 探索者だけじゃない生活と日常が私にはある。

 会社勤めという社畜の日常が。


 私の勤めている会社は自社倉庫のある物流業務がメインの会社で、私は倉庫管理がメイン業務の事務員だ。

 膨大な在庫管理は繁忙期にはシャレにならないくらいの忙しさで、残業も多い。

 特に夏と、年末年始の全国各地の音楽フェスの時期は、フェス用の物販の出荷リストが山積みで関係各所はみんな死んだ目で仕事をしている。

 

 今日も例に漏れず忙しい日だった。


 倉庫側からは在庫数の修正依頼が飛んできて、営業からは「この出荷、今日中に何とかならない?」という無茶振りが来る。

 システムに数字を打ち込みながら、私は内心でため息をついた。


(ダンジョンより、こっちのほうがHP削られてない?)


 そんなことを考えながらも、手は止めない。

 ここでは、銃も加護も意味を持たない。

 必要なのは正確な数字と、根気だけだ。


(コーヒー飲みたい)


 一旦、パソコンを閉じて私は小銭入れを手に、休憩室へ向かった。


 休憩室は誰もいなかったので、自販機のコーヒーを買うと窓際のテーブルで休憩する。

 ふと、窓の下のビルの前のロータリーに高そうな車が入ってくるのが見えた。

 黒塗り、というほど仰々しくはないけれど、明らかに社用車ではない。

 手入れの行き届いた濃紺のセダンが、ゆっくりとロータリーに停まった。


(どこかの階の会社の来客かな?)


 このビルにはたくさんの会社が入ってる。

 うちの会社に来る車は、だいたい分かりやすい。

 トラックか、営業車か、タクシー。

 ああいう車で来る人は、そう多くない。


 コーヒーを一口飲んだ、その時だった。


 胸の奥が、わずかにざわついた。


(……あれ?)


 危険じゃない。

 嫌な感じもしない。


 でも、ダンジョンで感じたのと同じ、“気づいてしまう感覚”が、確かにあった。


 私は無意識に、窓の外を見つめる。


 運転席のドアが開き、スーツ姿の男性が降りてきた。

 細身で、背は少し高め。

 その顔は――見覚えがある。


(……まさか)


 男性は後部座席から書類ケースを取り出し、建物を見上げた。

 一瞬だけ、視線がこちらの階に向く。


 視線が合った、気がした。


 その瞬間、胸の奥で確信に変わる。


(……魔法使いさんだ)


 コーヒーを持つ手が、わずかに止まった。


 ダンジョンにいたのは、探索者姿の魔法使いだった。

 今、外にいるのは、どこからどう見ても普通の会社員。

 スーツも靴も、きちんとした社会人のそれだ。


 男性はそのままエントランスへ向かい、姿が見えなくなった。

 私はコーヒーを飲み干し、紙コップをゴミ箱に捨てた。


(仕事だ、仕事)


 魔法使いさんとの再会だとか、因縁だとか。

 今は全部、後回しだ。

 私にはフェス用のTシャツの出荷のデータ作成がまってる。


 席に戻ろうとしたその時、書類を抱えてフロアを出ようとしている課長に声をかけられた。


「日向さん、第二会議室にコーヒー三つ持って行ってもらっていい?」


 タイミング良すぎない?と心の中で突っ込みつつ、私は頷いた。


「分かりました」


 給湯室でコーヒーを淹れた盆を持って廊下を歩きながら、心臓の音が少しだけ早くなる。


(まさか、とは思うけど……)


 でも胸の中から湧き上がるこの感知、は多分間違っていない。

 

「失礼します」


 第二会議室に入ると、営業統括部長と私の上司の倉庫管理の課長とお客さんの姿があった。

 

 ああ、ビンゴだ。

 スーツ姿のその人は、私が東京駅ダンジョンで出会った魔法使いさんだった。


「ああ、ありがとう、日向さん。あとはこっちでやるから、仕事に戻ってください」

「はい。では失礼します」


 コーヒーの盆をテーブルにおいて、私は仕事に戻った。

 今は余計なこと考えるより仕事片付けなくちゃ。


 パソコンの中に並ぶ出荷指示のリストの精査に集中していると課長が帰ってきた。一緒に部長と魔法使いさんもいる。

「あー、みんなちょっと聞いて」

 パンパン、と手を打った課長に、みんな仕事の手を止める。

「我が社の新しい取引先の方を紹介します。ブルーツリー流通会社の蒼樹(あおき)さんです。今後、色々とお世話になるので覚えておいてください」

「皆さん、はじめまして。ブルーツリー流通の蒼樹といいます。我が社はベンチャーですが、流通業界のために色々励みたいと思ってますので、どうぞよろしくお願いします」

 関西弁のニュアンスは微かにのぞくけど、聞き取りやすい綺麗な自己紹介だった。

 そうか、蒼樹さんっていうんだ。

 私たち、自己紹介はお互いしてなかったもんね。でもダンジョンの中だと、あの距離感が良かったんだよね……。


 拍手がぱらぱらと起きて、仕事はすぐに再開された。

 紹介はそれだけ。

 あっさりしているのは、繁忙期の空気のせいだ。


 私は視線をモニターに戻す。

 数字。

 数量。

 納期。


 さっきまでと何も変わらない業務のはずなのに、意識のどこかが落ち着かない。


(……気づいた、よね)


 会議室にコーヒーを運んだ時。

 そして、今の自己紹介の時。

 蒼樹さんの視線が、一瞬だけ、確かに私を捉えた。


 長くはなかった。

 驚きも、戸惑いも、顔には出ていなかった。


 でも――ダンジョンで敵意や魔力を読むのとは違う、“分かってしまう間”があった。


 それでも、彼は何も言わない。

 ここはダンジョンじゃない。

 ただの会社。

 ただの取引先。


 だから私も、何も言わない。


 しばらくして、蒼樹さんは部長と課長に見送られてフロアを出ていった。

 その背中は、最後まで“普通の社会人”だった。


 ふう、と小さく息を吐く。


(……変な感じ)


 ダンジョンでは背中を預けることもできた人が、今は名刺交換をする相手になっている。


 でも。


 胸の奥に、嫌な感じは残らなかった。

 


 私は改めてキーボードに向き直る。

 フェス用Tシャツ、最終ロット。

 数量修正、再確認。

 出荷依頼データとの照合はばっちりだ。


 探索者も、聖女も、ガンナーも今はここにいない。

 今は、ただの倉庫管理会社の営業事務員の日向さくら。


 だけど――次にダンジョンで会った時、彼は、どんな顔をするんだろう。


 そんなことを考えながら、私は今日も数字を積み上げていく。

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