第四十四話 聖女スキルは貯金箱!?
平日の東京駅ダンジョンは、人が少なかった。
私みたいに会社帰りらしい探索者が少しいるくらいだ。
(今日こそ何かヒントが見つかるといいな)
そう思いながら、私はゲートをくぐった。
聖女スキルに関してはここまで何も検証していなかったから、家で色々試してみた。
聖魔法。
ヒール / 小回復魔法は、かすり傷、切り傷くらいなら撫でるだけで治った。
ライト / 光魔法は右手の甲の紋様に念じれば、頭上にセーフティエリアにあったような光球が現れた。
プロテクト / 防護魔法は、私の体を青い光が包んで、物理的な攻撃は当たらなくなった。(自分を殴ってみた)
ディテクト / 感知魔法、これはシールに『感知通知』と書いたものを右手の甲の模様の上に貼ると、危険を自分の体が無意識に察知する。
例えば、今この道を行くとギリギリ赤信号に引っかかるな、とか。そういうのが分かるのだ。
これをダンジョンで使えば、無駄な危険回避ができるということだ。
チートと言うかもはやズルくさえある。
だけど、使えるものは使い、前に進むと決めた。
東京駅ダンジョンの石造りの通路。
壁面に埋め込まれた魔光灯。
決して見通しは良くない。
足音が、やけに大きく響く。
怖くない、とは言わない。
でも、昨日までの自分と違うところがある。
(……どんな場所からでも生きて帰る)
それだけを、はっきり意識している。
探索者の在り方はいろいろだ。
魔法使いさんみたいにお金儲けが主体だったり、お兄ちゃんみたいに趣味のサバゲ―の延長だったり。
じゃあ私は?
って考えた時、あの時の召喚を思い出した。
私は即チェンジされたけど、あのあと、知らない誰かが召喚されたのだとしたら、それは、その人のそれまでの生活をすべて踏みにじる行為に他ならない。
私は間近でそんな風に今までの自分をすべて奪われる瞬間をダンジョンの中で見た。
聖女召喚も盗賊も、許せない、絶対に許すわけにはいかない暴力だ。
聖女召喚と言う暴力に、いまさらのように生じた怒りの矛先は、この先、私自身がどんな探索者でありたいか、という道しるべになった。
(私は……守ることができる探索者でありたい)
それが盗賊事件以降考え続けた結論だった。
だけど、護るためには力が必要だ。
だから使えるものは全部使うと決めた。
正直、あの召喚の嫌な記憶を思い出してしまうから、聖女スキルは見ぬふりをしてきたのもある。でもこれからはそうしない。
使って、試して、スキルの最適解を見つける。
でもメインスキルはガンナーにしていたい。
ガンナーとしての気持ちの立ち位置を確認し、銃を構える。
最初に現れたのは、いつものゴブリンだった。
照準を合わせ、引き金を引く。
――軽い。
反動が、明らかに軽い。
弾道も、狙った通りに吸い込まれるように当たった。
もちろんスキルのおかげだろうけど、何か違う。今までより軽い。
(……あれ?)
二体目、三体目。
距離を変えても、動いても、手応えが変わらない。
リロードの動作も、無意識に滑らかになっている。
考えなくても、体が正しい手順をなぞる。
(私、いつの間にこんなに……)
ゴブリンが消え、その姿が霧散する。
その瞬間、胸の奥が――ひどく、熱くなった。
心臓が一拍、強く打つ。
(なに、これ……)
視界の端が、淡く白く滲む。
ステータスウィンドウが、強制的に開いた。
【聖女スキル:状態更新】
―― 貯蓄経験値 変換処理を開始します。
思考が、追いつかない。
(変換?)
視界の文字が、続く。
【功徳変換】
説明テキストが続けて浮かぶ。
―― 聖女スキルに使用した経験値を「最も生存率を高めるスキル」へ最適化します。
対象スキル:ガンナー
「……え?」
次の瞬間、頭の奥に――流れ込む。
撃ち方。
立ち位置。
遮蔽物の使い方。
弾切れの“間”。
全部、知っている。
全部、できる。
なのに、今までとは“質”が違う。
身体が、理解している。
視界が落ち着くと、ステータスが更新されていた。
ガンナー→スナイパー
Lv4 → Lv8
聖女
Lv8 → Lv1
ガンナージョブに精密射撃・必中判断・弱点捕捉を追加しました。
「……聖女スキルの経験値がガンナースキルに移った……?」
声が、かすれる。
納得できないはずなのに、不思議と恐怖はなかった。
むしろ――そうなるべきだった、という感覚がある。
そして、もう一行。
【スキル更新】
聖女スキル《ディテクト / 感知魔法が加護(初期)》になりました。
その瞬間だった。
背後――少し離れた通路の奥。
何かが、いる。
姿は見えない。
音も、まだない。
でも、はっきり分かる。
(……危ない)
反射的に、壁際へ移動する。
数秒後、ゴブリンが角から姿を現した。
(今までなら、気づけなかった)
そう思いながら、私は引き金を引く。
一発で、仕留めた。
静寂が戻る。
私は、銃を下ろして深く息を吐いた。
(……これが、聖女スキルの使い方)
経験値を奪っていたんじゃない。
溜めて、待っていた。
いわば、経験値の貯金箱だったんだ。
貯金箱の放出条件はおそらく「生きる覚悟」「守る決意」。
(由衣を守るために、私が倒れないために……)
胸の奥が、静かに落ち着いていく。
「……欲張らなくていい」
誰かの言葉を、思い出す。
生きて帰れる力。
それを、私は今、ちゃんと持っている。
私は銃を構え直し、次の通路へと足を踏み出した。
――まだ、行ける。
でも、無理はしない。
それが、今の私の“最適解”だった。




