第三十七話 パーティ解消
医務室からもどってきた由衣がふらふらとソファにかけて、ぐったりと沈み込む。
そっと背中をさすると、弱々しく微笑んだ。
「由衣……」
なんて言えばいいのか分からない。
励ます?それはなんか違う気がする。
だって、失ったのはスキルだけじゃない。
由衣がこれまで探索者として積み上げてきた時間も、自信も、全部だ。
「……ごめんね」
ぽつりと、由衣が先にそう言った。
「私が、ちゃんとあいつに気づけてたら……」
「違う」
思わず、少し強い声が出た。
「それは絶対違うよ、由衣。悪いのは盗んだやつ。由衣じゃない」
「さくら……」
「由衣……ねえ、この先どうしたい?」
それは残酷な問いかけだったかもしれない。
「今は……分からない。でも少なくとも今はダンジョンに入りたくない……」
ぎゅう、と拳を膝の上で握っていて、その拳は震えていた。
「いいよ、無理しなくていいよ」
「さくらも凪くんも……ごめんね」
「だから由衣が悪いんじゃないって、今さくらが言っただろ?気にすんなって言っても気にするんだろうけど、悪いのはお前じゃない。それは絶対だ。それにダンジョンは逃げやしないんだから」
「……」
「だから私たちに謝るのはなしだよ、由衣」
「……うん」
由衣は何も悪くない。だから今は少し休んでもらおう。
「ではしばらく佐伯さんの探索者カードはこちらで預かりましょう」
「……分かりました、お願いします」
由衣が雪城さんに探索者カードを差し出した。
そこに書かれたジョブ名とスキルを今は由衣も見たくないだろうからそのほうがいい。
「佐伯さん」
鷹宮さんが由衣に優しく微笑む。
「あなたは今まで頑張ってきました。その事実は誰にも奪われないし、奪えません。今は少し探索者をお休みをしてください。今日のところはここまでにしましょう。あなたには今後、定期的なカウンセリングを行うことにしますがよろしいですか?」
「……はい、ありがとうございます、よろしくお願いします」
割とギルドのケアはしっかりしてるんだな。
まあ事態が事態だし、きっと他の被害者にも同じようにカウンセリングが行われているんだろう。
そのまま私たちはギルドを後にした。
「由衣、今日も泊まる?凪も一緒に晩御飯どう?」
「ううん、今日は帰る。月曜日は会社だしね」
「俺も週明けは朝一番で打ち合わせ入ってるからやめとく」
それでも由衣を一人で帰すのは心配なので、私と凪で由衣を自宅まで送っていった。
二人になった帰り道、少し凪と話がしたくて切り出してみる。
「ねえ凪、やっぱり晩御飯かお茶付き合って」
「そう来ると思った。由衣がいるとこじゃ話せないことだろ?」
「うん」
「まだ早い時間だし、晩飯には早いから遅めの昼飯兼ねて軽食行くか」
時計を見ると時間は午後2時を過ぎたところだった。
「だね。私、お腹空いてるから軽食で済むかなぁ?」
「それは俺も同じだ」
結局空腹な私たちは昼営業の居酒屋に入った。
居酒屋ランチって美味しいんだよねぇ……。
由衣を送った帰りに新宿まで出て、ビル地下にある日本海の魚を直仕入している居酒屋に入り、のどぐろのランチを注文する。
唐揚げにしたのどぐろのおかずがメインのランチ膳が運ばれてきて、湯気と一緒に香ばしい匂いが立ちのぼる。
思わず喉が鳴った。
「……美味しそう」
「由衣の前じゃ言えなかったけど、正直俺も腹減ってた」
「私も。それじゃいただきまーす」
箸を取って一口。脂がじんわり広がって、思考が少しだけ現実に戻ってくる。
ボリューム満点ののどぐろは美味しくて、思わず私も凪もご飯のお代わりまでしてしまった。
それでもすぐお腹が空いてきちゃうのはもう仕方ない。
「ふー、美味しかった」
「ああ、美味かった。また来ようぜ」
「うん。でね、凪。これからのことなんだけど……」
「ああ」
「一旦、私たち、パーティを解消しない?」
私の提案を凪は予想していたようだった。
「俺も同じこと言おうと思ってた」
「さすが凪。じゃあ私が考えてることも分かる?」
「ああ。しばらくはお互いソロで、レベルアップをしようってことだろ?」
「うん。前にね、お兄ちゃんにレクチャーしてもらった時に、ガンナーはレベル5でスナイパーって上級職になれるって聞いたの。この先のことを考えると、そこまではレベルアップしておくべきかなって」
ソロのほうがレベルアップしやすいってお兄ちゃんも言ってた。
だから、由衣が戻ってくるまでにもっと強くなっておきたいって思ったんだ。
もしあいつに、あのローブの盗賊にエンカウントした時にソロでも戦えるように。
「俺も、剣士がレベル15で頭打ち状態が続いててさ。ネットで情報漁ってみたんだけど、レベル20で、上級職の決闘者のジョブが解放されるってことみたいなんだ。ドラゴンスレイヤーのほうは上級職があるかどうかも不明だから、とりあえず剣士のレベルを上げておこうかと思って」
「うん、じゃあお互いしばらくはソロで頑張ろう。あ、でもその前に一回池袋の二階層に行って、凪用のストレージアイテムをドロップしておきたいなぁ。ソロならあるほうが便利でしょ?」
「別にいいよ。リュックがあればどうにかなる。レベリング目的だから、あまりものもいらないしな。俺、池袋じゃなくて、別のダンジョンでレベリングしてこようと思ってるし」
「別のダンジョン?」
「ああ。剣士ジョブの奴らがレベリングにいいぞって言ってる埼玉の川越ダンジョンだ」
ほら、と凪がダンジョン情報を見せてくれる。
川越ダンジョンは剣士向きの群れで湧くコボルトメインのダンジョンで、リポップも早く、浅い階層でもレベリングには最適だと。
「川越なら電車で1時間圏内だしな。さくらは池袋だろ?」
「私もガンナー向けのレベリングにいいダンジョンあるか探してみるよ。都内ならいけるし」
そうして、私たちは一旦パーティを解消して、しばらくはソロで各々のレベリングに勤しむことにした。
ギルドのほうには、凪が連絡をしておいてくれるというので任せた。
よし、帰ったらまずはレベリングによさそうなダンジョンを調べよう。
……あ、でもその前にデパ地下に寄ってデザート買って帰ろう。




