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第三十六話 ギルドでの事情説明

 いつも通りいけふくろうに着くと、すでに凪が待っていた。

 黒いジャケットに身を包み、腕を組んだまま何か考え込んでいる。


「凪」

 声をかけると、こちらに気づいてすぐに歩み寄ってきた。

「おはよう、さくら、由衣。……由衣、体調は?」

「うん。昨日よりは……少しだけ」

 由衣は小さく笑って答えたが、その笑顔が無理をしているのは誰の目にも分かった。

 凪は一瞬だけ拳を強く握りしめ、それから静かに息を吐く。


「無理はしなくていい。今日は話すのがきつかったら、俺とさくらが代わる。由衣はまず今日はギルド専属の医者の診察を受けるのが最優先だ」

「ありがとう」


 由衣がそう言うと、凪は短くうなずいた。


 ギルド本部は、休日の午前中の時間帯ということもあって人の出入りが多い。職員さんも心なしか多い気がする。

 けれど、私たち三人が揃って足を踏み入れた瞬間、周囲の空気がわずかに変わった気がした。


 ――昨日の深夜、緊急案件として登録された被害者。

 きっと、もう内部では話が回っている。


 正面入口をくぐると、受付カウンターの女性職員がすぐに立ち上がった。


「前川凪さん、日向さくらさん、そして……佐伯由衣さんですね。お待ちしておりました。こちらへどうぞ」


 案内されたのは、昨日よりも奥にある応接室だった。

 扉の前には見慣れない男性職員が二人立っており、その様子だけで通常案件ではないことが分かる。


 扉が開く。


 中には、すでに数名が席についていた。

 昨日対応してくれた女性職員、雪城さん、そして――。


「……初めまして」


 中央に座る、落ち着いた雰囲気の男性が立ち上がる。

 年齢は四十代半ばくらいだろうか。鋭い目をしているが、声は穏やかだった。


「東日本ギルド・ダンジョン犯罪対策課統括の鷹宮です。本件の責任者を務めます」


 その肩書きに、思わず背筋が伸びる。


「本日はお越しいただきありがとうございます。まずは、佐伯さんの体調と精神状態の確認を最優先に行います。その後、改めて当日の状況を細かく伺います」


 鷹宮さんはそう言って、由衣に視線を向けた。


「佐伯由衣さん、ですね。あなたはまず医務室へ行って診察を受けてください」

「……はい」


 由衣は少し緊張した様子で答える。

 女性職員が立ち上がり、由衣を連れて行ってくれた。


 私は凪と視線を交わした。

 ここからが、本当の意味での戦いの始まりだ。


「それではまず、状況を伺いたいのですが……盗賊に遭遇したのは、三階層で間違いありませんか?」

 鷹宮さんがタブレットを手に質問を始める。

「はい。場所は三階層のセーフティエリアです。時間は……真夜中でした。頭上のドローンの表示はあと5時間を切っていたと思います」

 凪と見張りを交代した後だったからそれくらいだったはずだ。

「私と由衣はリボルバーの手入れをしたあとで、地図を広げて、三階層のマッピングの確認をしていました」

 由衣から預かっていた地図をテーブルに広げる。

「これはかなり細かいマッピングですね……」

「彼女はとてもまじめで仕事ができる人なので、スキルだけじゃなくて、現物で確認できるものがあったほうがいいと言って地図のマッピングチェックをしている時でした。突然、彼女の背後にローブの人物が現れたんです」


 本当に突然だった。無から生えてきた存在だった。


「そこからのことを、覚えている限りで良いので詳しくお願いします」

「はい。その人物は由衣の背後に現れて、いきなり彼女の腕をつかみました。ものすごい音がして、彼女は腕の骨を折られてました……」


 あの時のみしっ!という嫌な音はまだ耳の奥に残っている。

 私はあの時、人が傷つく音の怖さを知ってしまった。


「由衣が叫んだ直後、その人物のグローブから、ぶわぁって感じで光の糸が大量に出て由衣を縛りあげました。凪がテントから飛び出してきてくれたんですが、その時にはもう由衣から光の糸は消えていて倒れていました」

「スキル発動の詠唱などは?」

「ありませんでした。あの光の糸が消えた後に……由衣のステータスが、なくなっていました」

 その場に、重たい沈黙が落ちる。

 鷹宮さんはタブレットに視線を落としたまま、ゆっくりとうなずいた。

「――盗賊のスキル発動はやはり接触型ですね」

「接触型……?」

「はい。スキルやジョブの剥奪は、現在確認されている限り、すべて同じように光の糸で縛られた後に、と報告が一致しています。接触なしの遠隔型は確認されていません」

 凪が静かに言葉を挟む。

「由衣が狙われた理由は?」

「現時点では断定できません。ただ――」

 鷹宮さんは一度言葉を切り、私と凪を順に見た。

「選んでいる。これは、ほぼ間違いない」

 胸の奥が、ひやりと冷える。

「ジョブやスキルを“奪える”なら、本来は誰から奪ってもいいはずです。ですが彼らは、探索効率に直結するスキル――特に、マッピング・索敵・補助系を優先している傾向があります。他に奪われたスキルやジョブは、珍しいところではツアコンジョブなどです」

「ツアコン?」

 ダンジョンらしからぬジョブ名に反応すると、鷹宮さんが教えてくれた。

「ツアーコンダクターと言うジョブの持ち主がいました。最初の被害者です。確認されている限りでは一人しかいないジョブで、我々はそういったジョブやスキルのことをユニークジョブ、ユニークスキルと言ってます」


 ……う、私にもあります、それ。


 とは言えないので話の続きを聞く。


「スキルは、スピリットフォロー、所謂メンタル含めた態勢強化です。それからリスクアラート、これは半径100m以内に自分よりレベル高位のモンスターがいた場合に発動します。それのフォロースキルと思われるのが、帰還、です。ダンジョンのどんな深い階層、どんな場面からでも自分とパーティメンバー全員をダンジョンから脱出させることができるスキルです」


 ……すごい。


「その全てを、ダンジョンの中で遭遇した謎の人物に光の糸で縛られた直後、すべて失い、ダンジョンに取り残されたパーティは何とか脱出できました」

「……」

「ですが、その人物はもうダンジョンに入りたくないと探索者を辞めてしまったんです」

「……そうですか」


 持っていたすべてを失った喪失感から心が折れてしまったのだろうことは想像がつく。見知らぬだれかだけど、怖かっただろうな……。


 コンコン、と軽くノックの音がして、扉が開いた。


「失礼します」


 入ってきたのは、昨日と同じ、さっき由衣を連れて行ってくれた女性の職員だった。


「佐伯由衣さんの医務室での初期診察は終了しました。腕の骨折は中級ポーションで問題なく治癒しています。ただ……」


 彼女は、少しだけ表情を曇らせた。


「精神的なショックがやはり大きいようです。ジョブ・スキル喪失によるメンタル不安定な状態です」

「……やっぱり」

「ええ。これは今までの被害者にも見られた症状と同じです」

「次に私から昨夜の“念写”について、改めて説明してもよろしいですか」


 雪城さんの言葉に私と凪はうなずく。


「お願いします」

「私のジョブは記憶総括(レコーダー)です。昨夜説明した通り、直接的な戦闘職ではありません。情報の保持、再現、検証を専門とする後方支援職です」

 雪城さんは、昨日使ったのと同じ紙を一枚、テーブルの上に置いた。

「私の”念写”は、“視覚情報として強く残った記憶”を、神経反射の残滓から読み取る能力です」

 淡々とした説明なのに、内容はとんでもない。

「対象者が“強く認識した瞬間”ほど、精度は上がります。恐怖、怒り、驚き……今回の件では、条件が揃いすぎていました。そして、同時にその状況を視認してくれていた日向さんがいたことで、盗賊の姿の確認もできました」


 だから、あれほど鮮明だったのか。


「つまり」

 凪が低く言う。

「由衣の記憶には、あの盗賊の姿が“焼き付いている”と?」

「はい。完全に」


 雪城さんは、きっぱりとうなずいた。


「顔は認識阻害を受けていますが、ローブの形状、体格、利き腕、接触時の姿勢――すべて記録済みです」

「……それって」

「ええ。逃げ切った、とは言わせません」


 その言葉に、胸の奥で何かが、静かに燃え始めた。


「さらに」

 雪城さんは続ける。

「佐伯さんが“狙われた”理由についても、ひとつ仮説があります」

「聞かせてください」

「彼らは、奪うスキルを“使うため”ではありません」

「……じゃあ、何のために?」

「“削ぐ”ためです」


 空気が、張りつめる。


「優秀な探索者を、ダンジョンから排除する。そのために、ジョブとスキルを奪う。つまり――」


 雪城さんは、はっきりと言った。


「彼らは、探索者そのものを潰しています。我々は、便宜上、この人物を盗賊と呼び、スキルを強奪、としていますが、詳細は分かっていません。なぜ探索者をつぶすのか、目的は不明です」


 ……許せない。絶対許さない。一発じゃすまない、全力でぶん殴る……!

 これは事故じゃない。

 災害でもない。


 ――明確な、敵意だ。



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