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第三十五話 私、怒ってるんだから!

 さすがに、由衣を自宅へ一人で帰すのはできなくて私の部屋に連れて帰り、まだぼんやりしてる由衣をベッドに横にならせた。

 真夜中の静けさの向こうに時折聞こえる車の音に、ああ、現実に帰ってきたんだと意識できた。


 私は凪に「帰宅したよ、由衣は寝かせてる」と連絡をして、とりあえずシャワーを浴びた。

 シャワーを終わらせるとおなかが空いていることに気づく。

 今日はセーフティエリア以降、ずっと緊張してたからなぁ……。


 ストレージボックスの中に残っていたおにぎりを出してレンチンする。

「あったかいもの食べよう……」

 お湯を沸かしてお茶漬けの元を出す。

「さくら……」

 由衣の声がして、見ると由衣が部屋からふらふらと出てきていた。

「由衣、起きた?」

「うん……。おなか、すいた……」

「今、お茶漬け作ってるんだけど、由衣も食べる?」

「うん」

 急いで由衣の分も準備する。

 何かを食べたいって思えるのなら、少しは大丈夫かもしれない。

 リビングのテーブルに大きめのお椀に入れたお茶漬けを用意して由衣の正面に座る。

「いただきます」

「……いただきます」

 それから二人でお茶漬けを食べて、少しだけホッとした空気が流れた。

「さくら、色々ありがとう……」

「何言ってんの。私たちバディでしょ?お互い助け合うって約束したじゃない」

 言いながら、自分でも少しだけ声が震えているのがわかった。

 由衣はスプーンをぎゅっと握りしめ、唇をかみながら小さくうなずいた。

「……うん。でも……怖かった。スキルが、ジョブが……全部なくなってて……。頭の中、空っぽになったみたいで……。また、あれが来たら……って考えたら……」

 由衣の指先が震えている。

 私は立ち上がり、由衣の横に回り込んでそっと肩を抱いた。

「大丈夫。今日はもうどこにも行かない。ここはダンジョンじゃないし、あの盗賊もいない」

「……うん。さくらは強いね。ダンジョンに入り始めてから、私ずっとさくらに助けられてる」

「そんなことないよ。私も今日はずっと怖かったし。でもさ、由衣を一人にしてたらもっと怖かったと思う」

 ほんの少し、由衣の力が抜けてこちらにもたれかかってくる。

「……ありがと」

「うん」


 リビングの静けさに、お茶漬けの湯気がゆらゆら揺れていた。

 緊張の糸がようやく切れたのか、由衣のまぶたがまた重くなっていく。


「無理しないで。食べ終わったら、今日はもう寝よ?」

「……さくらのベッドで寝てもいい……?」

「いいよ。ていうか、むしろそうしなよ。今日は絶対ここに一緒にいたほうがいい」


 由衣が小さく笑った。ほんの少しだけ、いつもの表情が戻っていた。

 私は毛布を手にソファに横になると、すぐに瞼が重くなるのが分かった。

 ……今日は色々ありすぎて疲れた。



 目を覚ますとすっかり朝で、かなりぐっすり眠っていたんだなって驚いた。昨日の真夜中に、かなり大きめのおにぎりでお茶漬けを食べたのに、もう空腹でお腹が鳴っていて、どんだけ燃費いいんだとちょっと呆れる。

「よし、朝ごはん作ろう」

 ちょっと寝室を覗くと、まだ由衣はよく寝ていたので、起こさないようにキッチンへ行ってまだおにぎりがかなり残っているので、これをレンチンして、と。あとはやっぱりお味噌汁ほしい。冷蔵庫の中の残り物の野菜を使おう。

 煮干しで出汁を取るのが私のお味噌汁の作り方だ。

 母がそうしてるので自然にそうやって作るようになった。

 冷蔵庫の残り野菜を刻んで入れて、具だくさんの野菜の味噌汁と、おにぎりと卵焼きを作り終わった頃、由衣が起きだしてきた。

 少し顔色は良くなってる。

「さくら、凪くんから連絡きてる」

「あ、うん、分かった、確認する」


 スマホを見ると私たち三人のグループチャットに凪からのメッセージがあった。


『おはよう。今日は午前中にギルドに行って、由衣の診察をって思ってるんだけど2人はどうだ?』


 と凪らしい気遣い(余計なことは言わずに要点のみ)満載のメッセージがあった。

「由衣、朝ごはん食べたら一緒にギルドに行こうか?」

「うん……そうだね。凪くんに、行こう、って返事しておいてくれる?」


 凪に「朝ごはん食べて支度したらギルドに由衣と二人で向います」と返すと朝ごはんにしたんだけど、おなかは空いているのにあまり食べられなかった。

「……ごちそうさま」

 箸をおく由衣の顔色は昨夜よりは良いけど、やっぱりきつそうだ。


 ――ピロン。


 テーブルの上に置いてあった私のスマホから、着信音が響く。

 画面に表示された名前を見て、胸がきゅっと締まった。


「……来た」


 由衣もそれを察したのか、背筋を伸ばす。


 《池袋ギルド》


 深呼吸してから、通話ボタンを押した。


「おはようございます、探索者・日向さくらさんですね」

 昨日応接室にいた、あの女性職員の声だった。

「はい」

「本日午前十時、ギルド本部にて改めて事情聴取と追加説明を行います。佐伯由衣さんは医師の診察がありますので同席をお願いします」


 やっぱり、だ。


「……分かりました。前川と三人で伺います」

「ありがとうございます。なお、本件は通常の被害報告とは異なるため、上席担当が同席します」


 その一言で、事の重さが改めて実感として落ちてくる。


「分かりました」

「それでは、お待ちしております」


 通話が切れ、部屋に静けさが戻った。


 由衣は少しだけ唇を引き結び、それから私を見た。


「……さくらも、怖い?」

「正直に言うと、うん。でも」

「でも?」

「それより怒ってる。すっごく怒ってる。由衣のジョブとスキルを盗んだ盗賊に。絶対一発ぎゃふんと言わせないと気が済まない」


 由衣は一瞬驚いた顔をしてから、ふっと息を吐いた。


「……私、さくらがそんな性格だって、会社にいたさくらだけ見てたなら知らなかったよ」

「そんな性格って?」

「ツッコミ体質で強い人だって」

「ツッコミ体質かなぁ?」

「凪くんや遥さんとのやり取り見てて思った」

 私は立ち上がり、食器を片付けながら言う。

「お兄ちゃんとはいつもあんなだよ。じゃあ、準備しよ。十時なら、余裕を持って出たいし」

「うん」


 窓から差し込む朝の光は、やけに現実的で、眩しかった。

 

(待ってろ、盗賊)


 私は静かに、そう心の中で呟いた。

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