第三十四話 地上への帰還とギルドへの報告
五人で二階層への階段を上がり終えた時には、まずほっとした。
それから二階層で何匹か遭遇したスライムを私と凪で撃破すると、見知ったアイテムがドロップして、私は即、その使い道を決めた。
凪もダメだとは絶対に言わない。
そのまま一階層へ上がり、地上へと戻る階段を見えた時、やっと安心が本物になり緊張感が消えた。
「ここまでで大丈夫だな。じゃあ俺たちはダンジョンに戻るわ」
「あ、待ってください」
私はさっき紫スライムからドロップした赤い小さなお守り袋くらいの大きさの小袋を宮野さんと杉下さんに差し出した。
「これ、さっきドロップしたものなんですが、お礼に受け取ってください」
「え?なにこれ。初めて見るよ」
「ストレージアイテムです。10キロまで収納可能みたいです」
あの時、お兄ちゃんに渡したものと同じアイテムだった。ドロップした時、こっそり鑑定してみたから間違いない。
「そんなレアアイテムもらえないよ!」
「いいんです。私たちにはもうストレージありますし、ここまで送ってもらって助けてもらったお礼くらいさせてください」
「いいからもらっとけよ、2人とも。さくらの感謝なんだから。こいつ、頑固だしもらってくれるまで引かないぞ」
二人で顔を見合わせた後、受け取ってもらって私も安心した。
「ありがとう、俺たちのほうこそ助かるよ」
「いえ、本当に今日はありがとうございました。本当に……助かりました……」
「気にすんな。あの状態で三階層から上がるのは無理だ」
宮野さんが優しく笑ってくれる。
「盗賊が出たとなりゃ、ギルドに早いうちに報告しておいた方がいい」
「はい、今から向かいます」
「うん、またダンジョンで会おうな」
二人に別れを告げ、ダンジョンに戻っていくのを見送ると、由衣を抱えてダンジョンを出る。
真夜中の都会の夜気が肌を刺した。
もう日付が変わっていて、街の灯りもまばらだ。
私たちはそのままギルドへ向かった。
ギルド本部は深夜でも灯りがついていた。
正面の扉を押すと、受付カウンターの奥にいる女性職員がこちらに気づく。
「……戻られたんですね。こんな時間にどうされました?」
凪が由衣の肩を支えながら言った。
「盗賊に遭った。三階層だ」
「……!?状況を詳しく伺います。応接室へどうぞ」
すぐにギルド職員が数名集まり、小さな応接室へ案内された。
夜中のせいか、人の気配は少ない。
けれど逆に、その静けさが緊張を強めた。
ソファに座らせた途端、由衣の肩がびくりと揺れる。
怯えと疲労で限界なのは見て分かった。
「まず、被害の確認から……失礼ですが、ステータスウインドウを見せていただけますか?」
職員の女性の声は優しかったが、由衣は答えられなかった。
代わりに、凪が低く言う。
「彼女のジョブとスキルが全部盗まれた。表示は空っぽだ」
「……っ、全部、ですか……」
「ああ。被害に遭ったのは彼女だけで俺たち二人は無事だ」
職員の顔色が変わり、メモを走らせる手が速くなる。
「確かに“スキル窃盗”系の犯罪は、今年に入ってから複数のダンジョンから報告があります。ただ、池袋のダンジョンでの発生は初めてです。……危険度は上がっていますね」
「ダンジョン内での犯罪って……ギルドが取り締まれるんですか?」
私の問いに、職員は小さく息をついた。
「正直、難しい部分があります。現行犯ならまだしも、取り逃がしてしまうとどうにも……。だから皆さんに防犯ブザーを持ってもらっていますし、確保できる証拠はお願いしています」
と、そこにバタバタと走りこんできたのは雪城さんだった。
「と、盗賊が出たと聞きました!皆さん無事ですか!?」
いつも穏やかで冷静な雪代さんらしからぬ慌てようだった。
「俺とさくらは大丈夫だが、由衣がやられた」
「……佐伯さんが、ですか。確かジョブはスカウトでスキルはマッピングと気配探知でしたね」
「はい」
私が代わりに答えると、雪城さんが由衣の前に膝をつく。
「失礼。少し手を触ります」
由衣の手を取った雪城さんが、そばにいた女性に一枚紙をもらって自分の額に由衣の手の甲を押し付けて目を閉じる。
まるで、忠誠を誓う騎士のような振る舞いだ。
雪城さんの持っていた紙に少しずつ何か浮かび上がってくる。
それは1分くらいで確かに一枚の形になった。
「佐伯さん。あなたのスキルとジョブを奪ったのはこの人物ですか?」
そこには私と由衣が見たローブの人物が写真のように写っていた。
やっぱり顔は真っ黒で分からないけど間違いない。
「……ッ!はい、こいつです。いきなり後ろから腕を取られて……痛みがすごかったので一瞬しか見てませんが」
「た、確かにこんなローブを着てました!私も見たから間違いないです!」
私と由衣の声に、雪城さんがその紙を女性職員に渡す。
「すぐに全ギルドに連絡を」
「分かりました」
女性が出ていくのを見送ってから、雪城さんが私たちの前に座りなおす。
「私も探索者を最初の頃はしていたんです。その時に得たジョブが”記憶総括”で、スキルは”念写”でした」
「念写、ですか……」
「はい。他人の記憶を見て写すことができるジョブとスキルでした。探索者には不向きということで、ギルドに勤めることにしたんです。ともかく皆さんがご無事で良かったです」
雪城さんはそう言ったものの、表情は硬く、眉間には深い皺が寄っていた。
そりゃそうだ。ダンジョン内での“ジョブ・スキル窃盗”なんて、ギルドとしては最悪の事態だ。
「佐伯さん」
雪城さんがゆっくりと由衣に向き直る。
「今すぐは難しいかもしれませんが……スキルやジョブを奪われた場合でも、完全に終わりではありません」
「え……?」
由衣の声は細く震えていた。
「ダンジョンに再度入れば、またジョブやスキルが新しく付与されることもあります。探索者を続けるなら、ですが。しかし、ここまで積み上げてきたジョブとスキルが奪われた場合、戻ってきた話は今のところ皆無です」
彼の言い方は優しかったが、同時に現実も含んでいた。
つまり——由衣は何も取り戻せない。
「他のダンジョンで、同様にジョブやスキルを奪われる、という事例の発生が始まったのは1か月ほど前からです。今のところその全てにおいて戻ってきたという報告はないんです」
胸がきゅっと痛んだ。
「ギルドとしては全力で追跡します。深夜帯ですが、すでに他支部にも照会を始めました。ただ……」
「ただ?」
思わず身をのり出すと、雪城さんはわずかに視線を伏せた。
「彼らはジョブもスキルも今のところ奪ったものは被っていないんです。スカウトもマッピングもかなり多いのに、今日佐伯さんが奪われるまで、報告はありませんでした」
「つまり……」
つまり、由衣は狙われたのだ。
由衣のジョブとスキルを盗賊は狙ったのだ。
怒りで喉が熱くなる。
「……今日はもうお帰りください。佐伯さんは明日正式に医務室で再検査を。心的ショックが大きいでしょうし、数日はダンジョンに入らないほうがいい」
「……はい……」
由衣は弱い声で返事をした。
すると、雪城さんは私と凪にも視線を移す。
「お二人も同様です。今日はゆっくり休んでください。後日、改めて事情聴取と安全対策の説明を行います」
「分かりました」
返事をした瞬間、緊張の糸がぷつりと切れたように全身がだるくなる。
この数時間ずっと張りつめていたから当然だ。
「タクシーを呼びます。裏口からどうぞ」
「すみません……」
立ち上がった時、外の窓に目をやると、深夜の街はさらに静かになっていた。
まばらな街灯の下、霧が少し出ていて、世界が白く滲んで見える。
そんな夜の冷たさが、胸の奥の焦りをさらに強めた。
(絶対に、由衣を……取り戻す)
だって私たちはバディなんだから。




