表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/71

第三十三話 撤退

 まず、ここから二階層へ戻らないといけない。

 頼りになるのは、由衣の作った地図と、ここまで貼ってきたガムテープだけだ。

 でも、ガムテープはあくまで補助。由衣みたいにきちんとしたマッピングじゃない。

 ああ、由衣のマッピングスキルに今まで頼り切っていたんだなって改めて分かった。

 今の由衣を連れて、無事に地上に戻るにはどうしたらいい?


 胸の奥が不安と怒りでぎゅうっとなるのを何とか抑えながら、凪を見る。

「ねえ凪。このセーフティエリアのどこかに宮野さんと杉下さんいないかな?」

「あいつらか?なんで?」

「杉下さん、スカウトでしょ?だからここから出る手助けお願いできないかなって」

「ああ、そうか。よしちょっと連絡してみる」


 凪がスマホをいじる横で、私は由衣がいるテントを見た。

 何とか……何とか……ううん、何としてでも由衣を無事に連れて帰らないと……!


 凪がスマホを操作し、宮野さんと杉下さんのグループチャットにメッセージを送る。

 この階層は電波こそ届くけれど、位置情報までは共有できない。返事が来るかどうかは運次第だ。


「くそ……既読がつかねぇ」

「まだ、このセーフティエリアに来てないのかな……?」

「いや、あいつらもここに来るって言ってただろ?だから近くにはいるはずだ」

「そうだね……」


 胸がざわつく。

 もし二人がもうここを出ていたら?

 もし遠くをを周回していたら?

 そもそも三階層には“盗賊”が潜んでいる。遭遇して倒されていたら——。


 そんな最悪の想像を振り払うように、私は深呼吸した。


(今、私が取り乱してどうするの……!)


 テントの中では、由衣が浅い呼吸を繰り返しているのが聞こえる。

 さっきまで泣いているような嗚咽も聞こえていた。

 ポーションで肉体のダメージは治った。けれど——心のほうはそうじゃない。


 ジョブも、スキルも、レベルも。

 これまでダンジョンで積み上げてきた全てを、一瞬で奪われた。


 その喪失感を思うと胸が痛くなる。


「……さくら」


 凪がスマホを握りしめたまま、こちらを見た。


「既読ついた。宮野からだ」

「本当!?」

「ああ。『さっき、セーフティエリアを出たところだけどすぐ戻る』ってよ」


 その瞬間、全身から力が抜けたように安堵が押し寄せた。

 誰かが来てくれる――そのことだけでこんなにも救われるんだ。


「よかった……。本当に……」

「ただし」

 凪の表情は引き締まったままだ。

「宮野たちが来るまで、絶対にここから動かない。さくらも、俺から離れるな」

「……うん」


 ライトの光の境界線の外では、木の葉がざわりと揺れた。

 ただの風かもしれない。

 けれど今は、すべてが“敵の気配”に思えてしまう。


 私はリボルバーを握り直し、テントにいる由衣の方へと視線を向けた。


(絶対に……絶対に、由衣を無事に帰す)


 その決意だけが、今の私を支えていた。


「さくら。おまえは何も盗られてないか?今のうちにステータス確認しておけ」

「あ、うん」


 ステータスウインドウを出してみる。

 ――


 日向さくら 32歳

 ジョブ 聖女(?)Lv1+ ガンナー Lv3


 スキル

 シール貼り+

 ストレージボックス

 聖魔法+ ヒール / 小回復魔法・ライト / 光魔法・プロテクト / 防護魔法・ディテクト / 感知魔法

 ガンナースキル 命中・照準固定

 鑑定 Lv2(上限Lv10)

 ドロップ率 Lv2 10%UP(上限Lv5 25%UPまで)


 HP50/50

 MP150/150

 ATK120


 ――


 うん、特に異常はない。

 むしろ、知らない間に鑑定とドロップ率UPのレベルが上がってた。

「私は大丈夫そう。凪は?」

「ああ、俺も大丈夫みたいだ」

 その時、こちらに向かってくる足音を聞いた。警戒していると、木々の間から現れたのは、宮野さんと杉下さんだった。

「来てくれたか。わりぃな、周回してたのに」

「いや、気にすんな。盗賊が現れたって聞いたら話は聞きたいからな」

「それで、被害は?」

「由衣のジョブとスキルが全部盗られた。で、頼みがあるんだが、俺たちを地上まで連れて行ってくれないか?由衣を早く帰したい」

「防犯ブザーは鳴らしてないのか?」


 あ、そうだ、防犯ブザーがあったっけ。


「鳴らしてないです」

「まあ今日のところはいいか。俺たちが一緒に入口まで戻ってやるよ。いいよな、美幸?」

「もちろんよ。話を聞かせてほしいし」


 そこでまず、何があったのか二人に話した。


「ジョブとスキルが……全部」

 杉下さんの顔がわずかに強張った。スカウトである彼女も、ダンジョンでのマッピングスキルの重要さは痛いほど理解しているのだろう。

「由衣ちゃんの様子は?」

 宮野さんの問いに首を振る。

「骨折はポーションで治ったけど……精神的にはかなりきついと思います。今はテントで休ませてます」

「そうか……」


 杉下さんがセーフティエリアの外を一瞥する。

 ほんのわずかな風の揺れにも敏感に反応していて、夜の森が一層重く感じられた。

 宮野さんがショートソードを手にして私を見る。

 

「凪に言った通り、ここから二人で地上まで付き添うよ。ただ……」

「ただ?」

「三階層に探索者を襲う存在がいるって情報は大事件だ。今までは盗賊ジョブは噂程度だったが、こうやって実害が出た以上、運営が知ればダンジョンの出入口が封鎖されてもおかしくないレベルだぞ。かといって、ギルドに報告しないわけにはいかない」


 胸がぎゅっと強張る。

 そうだ、雪城さんにも報告は念押しでお願いされてる。


「大丈夫だ、さくら。宮野と二人なら、守りは固くできる。“戦う気があるやつ”が現れない限りはな」

「……うん、お願い」


 宮野さんが私の肩を軽く叩いた。


「さくらちゃん、落ち着けてるだけ立派だよ」

「……でも、怖いです」

「怖がれるなら大丈夫だよ。怖がらなくなったらおしまいだ」


 その言葉に、少しだけ息ができた気がした。


「じゃ、ルート確認しようか」

 杉下さんが由衣の描いた地図を受け取り、ライトで照らす。

「……すごい。この地図、めちゃくちゃ分かりやすい。マッピングスキルなしの探索者には絶対コピーさせて、って言われるレベルだよ」

「由衣、真面目な子だから……。会社でも仕事できる子だし」

「なるほど。なら、このガムテのラインをたどるのが最短だね。ただし——」

「ただし?」

「“盗賊”がもし再度追撃してくるとしたら、おそらくこのルートで待ち伏せている可能性が高い」

「え……?」

「だから、もし凪やさくらちゃんのジョブやスキルまで狙っているのなら、ご丁寧に印がついている帰還ルートで襲って来るだろうなって思うよ」

 

 空気が冷たく張り詰める。

 あのローブの奴ともう一度……?もし負けたら、私や凪や、宮野さん、杉下さんまでジョブとスキルを盗まれることになったら……?


「じゃあ……通るしかないってこと?」

「いや。大丈夫」

「え?」

「私もマッピングスキル持ちって忘れた?」

「あ……」

「私のマッピングスキルで出口まで最短ルートを走る。それが一番早いよ」

「……ッ!よろしくお願いします!」


 杉下さんが「いーっていーって」と笑ってくれた。

 

「よし、話は決まったな。すぐ行こう。今の由衣ちゃんの状態でここに長居は危険だ。スカウトの、美幸が先導する。その後ろは凪。そして、真ん中にさくらちゃんと由衣ちゃんを。で、俺が殿だ」

「じゃあ、すぐに出発しよう。由衣ちゃんは歩ける?」

「……呼んでくる」


 私は急いでテントに入り、声をかけた。


「由衣、行くよ……大丈夫?」


 由衣の目は真っ赤で、震えていた。


「……帰りたい。怖い……」


 胸が締めつけられる。


「大丈夫。宮野さんと杉下さんが来てくれたから。絶対に帰れるから。ううん、帰るよ」


 私はそっと由衣の手を握る。

 その手は、少し冷たかった。


 よし、行こう。目指すは、地上だ。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ