第三十二話 盗賊
ここのセーフティエリアの光は、二階層よりもずっと弱々しく感じられた。
多分、木々が生い茂っているせい。
ので、非常用のライトを出す。
「ちょっとやりたいことあるの」
と、由衣が地図を広げてライトの下で、今日のルートを整理し始めていた。
「ねえ、さくら。ここまで何枚ガムテ貼った?」
「三階層に入ってからだったらちょうど150枚だね」
「……うん、やっぱりここ、二階層よりずっと広いね」
「え?」
「ほら見て」
と由衣が地図を広げてくれる。
「こっちが二階層の地図で、こっちが三階層の地図。今、さくらが貼ってきてくれたガムテの位置をマッピングしてマーカーで印つけてみたの」
それは地図に歩いてきたルートをピンクの蛍光マーカーで記した状態だった。中央部分の最初のセーフティエリアから今は進行方向は地図の右側に進んでる。
「二階層は面積で言うなら三階層の半分くらいなの。で、地図で示されてる四階層への階段はここ」
由衣が指したのは、最初のセーフティエリアの中央の広場を更にまっすぐに進んだところだった。まだかなり遠い。しかも今はそこからさらに離れたセーフティエリアにいる。
「遠いね……」
「うん。だから、確かに今はこの階層を周回するのが正解だなって改めて思った。この地図が全部、このピンクのマーカーで埋め尽くすくらいまでは周回しよう」
「そうだね」
私はライトを片手に、由衣の手元を照らしながら言った。
「この地図、すっごく細かいチェック入ってるね。やっぱり三階層って入り組んでるんだ」
「うん……気を抜いた瞬間に迷う場所が何箇所もある感じ。だから、ちゃんと記録しておかないと……。私のマッピングスキルだけでなくて、こうやって現物が確認できるものがあるほうがいいと思って地図を持ち込んだけど正解だったね」
「さすが由衣。会社でのしごできっぷりがダンジョンでも発揮されてる」
「褒めても何も出ないよ」
由衣が地図に集中している、その瞬間だった。
——空気がひんやりと揺れた。
「……え?」
気づいたときには、由衣の背後に“誰か”が立っていた。
黒いローブに、顔はすべて黒い布で覆われている。
まるで“人の形をした空洞”みたいだった。
ライトで照らそうとした時——!
照らすよりも早く、そいつは音もなく由衣の腕を掴んだ。
「えっ……!?」
気配すら感じていなかったであろう由衣が振り返ろうとしたとき。
みしっ!
嫌な音がして、由衣が苦痛の悲鳴を挙げて顔をしかめ、由衣の腕をつかんだ黒いグローブの掌から淡い光が漏れた。
光は細い糸のように由衣の胸元へと伸び……由衣をその細い光の糸で縛り上げていく。
「——やめて!!」
とっさに私は飛び込んだけれど、私の指先が届く寸前で、そいつは弾かれたみたいに距離をとった。
「なんだてめぇ!」
テントから凪が叫んで飛び出してきて、黒いローブの人物へと駆け寄るが、相手はあざ笑うように森の闇へ消えた。
「由衣!!」
由衣は失神していた。
そして、由衣に絡みついていた光の糸はもう消えていた。
私はすぐにぐったりとしている由衣を抱き起こした。
「由衣!」
「さくら、中級ポーションを使え!由衣の腕の方向がおかしい!折れてるかもしれない!由衣に飲ませるか、飲めそうにないなら腕にぶっかけろ!」
「う、うん!」
カバンから中級ポーションを出すと、由衣に飲ませようとするがうまく飲んでくれない。
なら、仕方ない。
私はポーションを由衣の腕にぶっかけた。
すると由衣の体がピンク色に光り、変な方向に曲がっていた腕が治った。
「う……」
目を開けた由衣に、ポカリを差し出す。
「由衣!大丈夫!?私のこと分かる!?」
「あ……さくら……私……?」
「由衣!痛いとことかはないか!?」
「うん……大丈夫……かな……?」
ほっと安心した瞬間、由衣が顔色を変えた。
「え……なんで……?ない……ない……」
由衣が震えながら、私と凪を見る。
「……私……マッピングスキルが……ない……」
由衣の声は震えていた。
私も、凪も、言葉が出なかった。
「え……?マッピングだけじゃない……スカウトのジョブがない……。全部ない……」
由衣がステータスウインドウを出して確認してみるけど、そこには……。
――
佐伯 由衣
ジョブ なし
スキル なし
HP1/1
MP0/0
ATK1
――
と完全に由衣のステータスが消えていた。
というかこれは初期化された状態だ。
「え……なんで?どうして……?」
「さくら、さっきの奴か!?」
混乱している由衣の背中をさすりながら、もしかしてあれが盗賊!?と背筋が寒くなった。
「あの光の糸で由衣のジョブとスキルを盗んだの……!?」
それから混乱したままの由衣を無理やりテントに押し込めて、私は凪に何があったか説明した。
二人で地図を見て話していたところに、いきなり現れたローブの人物が、由衣を光の糸で縛っておそらくジョブとスキルを盗んだのだろうと結論付けた。
「さくら。今回の探索はここまでだ。ジョブもスキルもない由衣を連れて周回するわけにはいかない。何とか上に戻るぞ」
「うん、分かった」
——三階層には、探索者にとっての“敵”がいる。
そんな嫌な現実だけが、胸の中で雲が沸き上がるように気持ち悪かった。




