第三十話 情報収集は大事です
レジャーシートを出してその上に腰を下ろすと、さっきまで張り詰めていた緊張がふっとほどけていくのがわかった。
セーフティエリア特有の、肌にかすかに乗る温かい空気がなんだか安心させてくれる。
「はぁ……やっぱり二階層とは空気が違うね……」
私がそう言うと、凪も由衣もうなずいた。
「三階層からは敵の質が上がる。あの硬いスライムがうようよいるし、由衣のマッピングがあっても慎重に行かないとな」
「……やっぱり、このあと四階層行くのは早いかな?」
思わず口に出ていた。
さっき宮野さんが言っていた“ギルドの手が回っていない”って話が、思っていた以上にこれから先のことに不安を残していたみたいだ。
由衣がマッピング用の地図を膝に広げながら、静かに口を開く。
「うん、四階層は早いと思うよ。まず、三階層を周回してとにかく三人での連携に慣れるのが優先だと思う」
「……やっぱりまずはそうだよね。凪はどう思う?」
「俺としては」
凪が水を飲みながら、慎重に言葉を選んだ。
「由衣の言う通り、まずは三階層での周回で、敵への対処とマッピングの精度を固めながら、俺たち三人の連携を良くしたい。四階層は……そのあと、だな」
「周回ってどれくらい?」
「まずは今日明日泊まりで三階層を回る。状況を見て一日追加するか、一泊二日で撤退するか決めよう」
凪の提案してくれた方針に、私も由衣も頷いた。
ここは一階層や二階層より遥かに危険なんだ。
だから撤退のタイミングを誤っちゃいけない。
それは、さっきまで三階層で出会ったりここにいる探索者たちの緊張感からもよく分かる。
みんな、二階層までと雰囲気が違った。
みんな、すごく尖っているっていうか、すごく張りつめてる。
「さて、じゃあ俺はちょっとあいつらのとこ行って、情報収集してくるかな。さくらと由衣は飯の準備しててくれ」
凪が立ち上がって、ペットボトルを手に、宮野さんたちのところに向かっていく。
「じゃあさくら、私たちはご飯の準備しようか」
「だね。でもストレージボックス、ここで開けて平気?」
私の問いに、由衣は周囲をもう一度見回した。
セーフティエリアには、他の探索者たちが思い思いの場所で座り込み、武器を磨いたり食事をしたりしている。中には、ストレージバッグを展開している人も何人かいた。よし、この手で行こう。
このバッグをストレージアイテムに見せかける!
私はストレージボックスを展開しながら、カバンに手を突っ込んだ。
淡い光の粒がふわっと散って、私たちの目の前にタッパーが現れる。
「おにぎりと、お茶でいいかな?」
「あ、私、さくらの卵焼き食べたい!遥さんが絶賛してたよ!」
「うわ、お兄ちゃん、無駄にハードル上げてきて……!」
でもそう言われて悪い気はしない。
ストレージボックスから、唐揚げと卵焼きを詰めたタッパーを出す。
「お、飯の準備できたか?」
凪が二人と一緒に戻ってきた。
「せっかくだし、一緒に食べないかってなったんだけど、いいか?」
「もちろん。お二人ともこっちにどうぞ」
レジャーシートの場所を開けると二人が腰を下ろしてくる。
「凪が誘ってくれたんでお邪魔させてもらうね」
二人が背負っていたデイパックから山盛りのサンドイッチを出す。
「良かったら食べて」
いやいや……!
「あの、良かったらこちらもどうぞ。多めに持ってきてるので」
おにぎりのタッパーを差し出すと、2人が一つずつ手に取る。
「それ、ストレージアイテム?」
私のデイパックを指して、杉下さんが言う。
「ええと……はい。容量はそれほど大きくはないんですけど。二階の紫スライムからドロップして……」
紫スライムがレアアイテムを落とすのは公表されている情報だもんね。
「へぇ、紫スライムか。運がいいな」
宮野さんが感心したようにおにぎりをかじる。
「でもストレージアイテム持ちがいるのは本当に助かるわよ。三階層は食事ポイントが限られるし、荷物の重さがそのまま体力に響くからね」
杉下さんも穏やかに笑う。
「そうなんですか?」
と私。
「うん。三階層以降は“体力の削り方”が露骨になる。敵の強さだけじゃなくて、環境そのものに。森の湿気で装備が重くなるし、視界も悪いし……」
宮野さんは少し顔を顰めた。
「だから、周回で“身体が慣れるまで”無理しないのが鉄則なわけ。四階層なんてなおさらだよ。だから俺たちもまだまだ四階層へのアタックは遠い。あー俺らも2階層で紫スライムメインで狩って、ストレージアイテム狙うか」
「それもありよね。やっぱり荷物の重さからは解放されたい」
なんて笑いあう二人。
凪が小さく息をついた。
「やっぱりな。とにかく今は三階層周回して正解か」
「ああ、そのほうがいい。いける、と自信がつくまでは、ここより下の階層はお勧めしない」
宮野さんが声を潜めてくる。
「それからな。最近、ちょっと嫌な噂を聞いてる」
「噂?」
「ああ。最近出た新しいジョブ、盗賊って知ってるか?」
ギルドから広報されてたやつ……。
頷いた私たちに、宮野さんが更に声を潜める。
「どうやら都内のあちこちのダンジョンに出没しているらしい」
「え!?」
「盗賊のジョブもスキルも、まだよく詳細は分かってないみたいだけど、噂じゃ、他の探索者のジョブやスキルを盗むらしい。だから、時々は自分のスキル確認しておいたほうがいい」
うわ、そんなことになってんのか……。
「だから周回には自分のスキルを守ることも必要になる。まあ今のところ池袋での被害報告はないし、めったに遭遇はないだろうけど、とにかく仲間以外の探索者には近寄らない、近寄らせないのが吉だと思うよ」
「分かりました、ありがとうございます」
それからしばらくお昼ごはんでしっかり体力を整えて、私と由衣はリボルバーの手入れをした。由衣は念のため初代相棒の伸縮式警棒も背負ってきていたのだけど、杉下さんが「ちょっと見せて」と言うので貸していた。
杉下さんの武器は小型ナイフで、投げ技のスキルを持っていたので投げナイフがメインの武器らしい。
伸縮式の警棒をぶんぶん振りながら「これいいかも。私も買おうかな」なんて言っていた。
セーフティエリアの残り時間が30分を切った頃、2人は「じゃあ周回行くわ。次のセーフティエリアで会おうな」と去っていった。周りを見ると、そろそろ立ち去る準備をしている人たちが多くなっていた。
「私たちもそろそろ準備しよう」
「うん」
「えっと、じゃあ次だが、次に発生するセーフティエリアを目指して周回ってことでいいか?ちなみに改めて三階層のスライムの特性だが、まず硬い。それから森に擬態してくる、あとこれはさっき宮野が教えてくれたんだが……」
凪が声を潜める。
「森の上を飛ぶスライムがいるらしい。実際、宮野たちも一回遭遇したって言ってた」
「飛ぶ……?」
それはガンナーにとっては最悪の相手だ。だってまずエアガンの弾が届かない。
「だからこそ三階層の経験値は大きい。ここを安定して歩けるようになると“中級探索者”扱いされるって話もあるくらいだ」
「中級……!」
胸の奥が少し熱くなる。
ここを乗り越えれば、ダンジョン攻略の“本気組”になれる。
「でも焦らない」
凪は慎重さを崩さなかった。
「三階層で何回か周回して、戦闘もマップも安定してから四階層を考えよう。今日は……まず三階層の森とスライムの特性を把握して、セーフティエリアの消滅に合わせて周る感じでどうだ?」
「賛成」
「私も賛成ー!私は三階層の敵、まだ戦えてないし」
とりあえず、今日の目標は決まった。
胸の中の不安はまだ完全には消えないけど、方向が定まると落ち着く。
その時——ドローンがふわりと位置を変え、新しい文字を映し出した。
『セーフティエリア消滅まで10分』
だけど、その数字が逆に気持ちを引き締めてくる。
(……よし。三階層、ちゃんと歩けるようになろう)
肩に入った余計な力を抜きながら、私は新しい弾倉を手に取った。




