第二十八話 三階層、最初の戦闘
階段を下りてくると、目の前にはうっそうと茂る森。
写真で見るより何ていうか圧迫感がある。
たぶんそれは、森独特の匂いのせいだ。一階層や二階層とはまるで違う匂いがする。
「由衣、どっちに行けばセーフティエリアか分かるか?」
「ちょっと待って」
由衣が意識を集中してマッピングスキルを展開する。
「あっちだね。中央の広場に近いとこ。今は、だけど。残り時間まではごめん、分からない」
「今はセーフティエリアに行けばわかるようになってるってことだからそこは気にしなくていい。じゃあ行くぞ」
「待って、これしておく」
私はカラーガムテを千切って、そこにマジックで『1』と大きく書いて、階段を降りたすぐ右手の木の幹に貼り付けた。
「ここが始まり。進行方向の右側に貼るようにしていくね。貼る間隔の歩数は100歩くらいでいいかな?」
「それくらいなら目視できるだろうからいいと思う。じゃあ私がマッピングしていく方向でガムテのマッピングよろしく、さくら」
「うん、分かった」
足元の土は二階層までとはまったく違う。
しっとりしてて、ふかふかして沈み込むのに、しっかり踏ん張れる弾力がある。そう、まるでトランポリンのような感じだ。
湿気は濃い。空気に重さがある。森の……なんていうか緑の匂いの濃さに頭がくらくらする。
数歩進むだけで視界が暗くなる。
頭上の木々は枝を絡ませ合い、太陽光の代わりに柔らかい緑の光が漂っていた。
三階層の光は、ダンジョン特有の“光苔”が発しているらしい。明るい、まではいかないけど、暗すぎることはないかな……。
幻想的だけど……嫌でも緊張感が増す。
「……音、ほとんどしないね」
由衣が囁く。
「うん。逆に怖いくらい」
私も声を落とした。
風すらない。
人の気配もない。
スライムの跳ねる音も、木々のざわめきも、何もない。
ただ、森がこちらをじっと見ているような静けさだけがある。
「セーフティエリアまでは慎重に行くぞ」
凪が小声で言う。
私は頷きながら、慎重に二枚目のガムテを取り出す。
2と書いたガムテを、また右側の木に貼る。
これだけで少し安心できる。
これは、目に見える導だ。
「……ねえ」
ふと、由衣が呟いた。
「この階層、一階層や二階層と全然違う気配がある。気配察知のスキルは動いてるけど、なんていうか察知しきれない何かがある感じ」
「わかる。空気が動いてるのに、風は吹いてないみたいな……そんな感じ」
言葉にした瞬間、背筋がひんやりした。
「三階層で遭難が多い理由が、なんとなく分かるわ。ここ……なんていうか、気持ち悪い」
由衣は周囲を確認しつつ、小さく肩を震わせる。
「よし、気を引き締めて行こう。由衣、まっすぐでいいんだな?」
「うん。まっすぐで大丈夫」
凪の声は低いのに、不思議と安心感がある。
そうだ、焦らないでいい。
三人でなら、ちゃんと進める。
私は深呼吸をして、リボルバーを握り直した。
「来るよ、前から擬態スライムが二体!」
由衣のピリッとした声に凪がショートソードを構える。
由衣の声が響くと同時に、森の中で何かが動いた。
真正面の暗がりの中から、木の幹と同じ色をした塊が剥がれ落ちるように私たちの前へ滑り出す。
一瞬、ただの木肌が落ちたのかと思ったけど、光苔の緑に照らされて粘液の光沢が見えた。
「擬態スライム……!」
凪が一歩前へ。
私は左へ半歩ずれながら射線を確保する。
ひとつが地面を擦るように迫り、もう片方は木の影から回り込むように横へ広がる。
速い!
二階層の黄色のスライムも速かったけど、こっちのほうがずっと速い。
「凪、右のやつ、狙うね!」
「了解!」
私は息を整えて——引き金を引いた。
——パンッ!
粘液の塊が弾けて、一体目が震えて一瞬形を崩すけど消えない。
そうだ、三階層のスライムは硬いんだった……!
息を整えて、スキルを意識する。
命中と、照準固定。
リボルバーの銃口の先にいるスライムが飛び散るのをイメージしてから引き金を引く。
パンッ!!
鋭い銃声が這い寄るスライムの核を撃ち抜き、森に還るようにスライムは消えた。
「一体撃破!」
「よしもう一体だ!由衣、他はいないな!?」
「うん、大丈夫!」
残る一体に、凪がショートソードを向ける。その左右で、私と由衣がリボルバーを構えてけん制すると、スライムが地面に潜ろうとし始めた。
地面から足元に来る気!?
それはまずい!
「……ッ!」
スキル命中、に意識を向けながら、地面に逃げようとするスライムに向かって引き金を引いた。
パンッ!
その弾は核にこそ当たらなかったけれど、地面に逃げようとする動きを止めるには十分で、走り寄った凪が逃さずスライムを核ごと切り裂いた。
ふるふると震えたスライムがそのままそこで光の粒子になり、あとにはドロップしたらしい中級ポーションが残った。
森の静寂が戻る。
だけど息を整えた瞬間、その静寂がまた恐ろしく感じた。
「……三階層、想像以上だね」
由衣の声は小さく震えていた。
「でも、倒せる相手だ。冷静にいけばいける」
凪が剣を拭いながら言う。
そう、いける。
私たちならいける。
ここからしばらくダンジョン内での話が続きます。30話で終わらせるつもりだったけど、無理そう。




