第二十七話 いざ、三階層へ!後編
池袋ダンジョン一階層は、平日とはいえ人が多く、雑踏のようなざわつきがあった。
以前に比べて、格段に探索者が増えたな、と分かる。
だけど三人で並んで歩くだけで、心が落ち着く。
凪が前衛で自然と前に立ち、由衣が右側、私は左後ろに付く——いつもの配置だ。
「一階層は駆け抜ける。休まずそのまま二階層へ行こう。で、二階層のセーフティエリアで一度休憩だ」
凪の声に、私と由衣は頷いた。
すれ違う探索者たちがちらりと私たちを見るが、誰も足を止める者はいない。
「さくら……気持ち、ちょっと張ってる?」
由衣が小声で聞いてくる。
「うん……でも、ちゃんと集中できてる感じ」
「なら大丈夫だね」
しばらく進んでいると、二階層へ降りる階段が見えた。
「じゃ、降りるぞ」
凪の一声で、私たちは階段をそのまま駆け足で降りた。
二階層に足を踏み入れた途端、肌にまとわりつく湿気が変わる。
スライムが一階層より多いせいか、二階層は湿度が高い感じがする。
「ここからはスライムが多くなる。集中していこう」
そう言った凪が、腰のショートソードに軽く手を添える。
どうやら、今回の三階層のために新しい武器を買ったらしい。
その前に、二階層入り口付近で早速、黒影が揺れた。
「正面、赤スライム3体!!」
由衣が即座に警告。
凪が一歩踏み込み、正面の一体を引きつける。
私は距離を取り、狙いを定めて引き金を引いた。
——パンッ!
一発で核に命中。赤スライムは一度大きく揺れて光の粒子になって消える。
「ナイス!」
由衣が叫びながら、横から回り込んできた二体目を同じように射撃で撃ち抜く。
凪の剣が三体目を易々と切り裂き、難なく、二階層での最初の戦闘は終わった。
「流れはいいね。このまま抜けちゃおう」
「うん!」
「問題なし」
そこからは、三人のバランスが理想的に噛み合っていた。
凪が先頭でさばき、私が後方から敵の数を減らし、由衣が常に斜め位置から補助に回ってくれる。
セーフティエリアに着くまでに何度かスライムと戦って、ラッキーなことに中級ポーションを何本かドロップしたので、三階層へ持っていくことにした。
それからセーフティエリアに寄って一度休憩する。
三階層へ降りる前に腹ごしらえは鉄則だってことだしね。
念のため、ここでストレージボックスを開けなくていいように斜めがけのカバンにここで食べるためのものは詰めて来ていた。
「よし、腹ごしらえしてがんばろ!」
おにぎりと卵焼きの簡単なランチで腹ごしらえをしてコーヒーを飲んでから、装備の再点検をして準備完了。
三階層はリボルバーを使うので、私と由衣は弾倉の確認をした。
よし、大丈夫。交換用の弾をすぐ出せるようにしておく。
「お、2人も新しいやつか?」
「うん、お兄ちゃんが用意してくれたの。で、九十九里でレクチャーもしてくれて、私、ガンナージョブがLv3になったよ」
「へえ、そりゃ頼もしい。三階層のスライムは硬いからな。二人とも頼んだぞ」
「任せて」
セーフティエリアでもう少しゆっくりしようということで、雑談と言う名のダンジョン談議が始まった。
コーヒーを飲み終えて、紙コップをまとめていたとき。
由衣がふと思い出したように口を開いた。
「そういえばさ……最近、海外でもダンジョンが出てるってニュース、見た?」
「海外でも?」
私は眉を上げる。
「うん。アメリカとか東南アジアとか、ヨーロッパでも。もう日本の話だけじゃないって感じ」
凪も頷く。
「世界中でほぼ同時期に発生してるらしいな。どこの国も自分の国のダンジョンで手一杯で、他国の状況までまともに把握できてないって話だ。国連とかも動き出してるが全然対応が追いついてないらしい」
「……そうなんだ」
「うん。国によっては、一階層すらまともに踏破できてないダンジョンもあるらしくてね。だから日本に協力する余裕なんてどこの国も全然ないみたい」
由衣が持っていたタブレット端末を軽く振る。
「ギルドの内部資料にもあったよ、海外ダンジョンの速報。翻訳は間に合ってないけど、とにかく“どこもカオス”って感じ」
「日本は落ち着いてるほうってこと?」
私は問い返す。
「落ち着いてる……というか、日本は運がよかったのかもな」
凪が低い声で言う。
「少なくとも東京周辺のダンジョンは構造が比較的シンプルで、階層も順に進めるようになってる。他国の一部じゃ、一階が迷宮みたいになってて遭難が続出してるらしい。出現する魔物も、めちゃくちゃ強いやつもいたりしてまったく歯が立たないダンジョンもあるって話だ」
「……そんな」
想像して背筋がすっと冷える。
「まあ、そういうわけで」
由衣が笑顔を作って言う。
「日本に海外から探索者が押し寄せる、とかは当分なさそうだよ。みんな自分の国で手一杯。日本は世界のどこよりも早くダンジョンが出現した分、アドバンテージがあるから、いずれ日本の探索のデータが各国で役に立つかもだね」
「なるほどね……」
知らなかった世界の話に、ほんの少しだけ、胸の奥がざわつく。
「世界が混沌としてるのは確か。でも、だからこそ、私たちもしっかりしないとね。とにかく三階層をまず突破しよう」
由衣が軽く拳を突き出す。
「そうだな」
「うん、頑張ろう」
三人で拳を合わせた。
その小さな音が、セーフティエリアの喧騒にふわりと溶けていった。
セーフティエリアを出て、二階層の奥にある三階層への降下ポイントが近づく頃には、緊張と高揚が入り混じった、不思議な心の静けさになっていた。
やがて視界の先に、大きな石造りの階段が現れた。
三階層へ——。
池袋ダンジョンの難易度の高い最初の壁になる場所。
階段の前に立つと、私の心臓が一度だけ大きく跳ねた。
「ここから先が三階層……」
由衣が小さく息を吐く。
「戻るなら今だけど、行くよな?」
凪が振り向きもせずに言う。
「もちろん」
「行くよ」
言葉を交わした瞬間、三人の視線が自然と揃った。
階段の先を見据えるように。
ギルドで聞いた“事故”の話が頭をよぎる。
けれどそれでも——三人でなら進める。進むと決めてここに来たんだ。
「じゃあ……降りようか」
凪が一段目に足を置いた。
その背中を追うように、私と由衣も階段を降り始めた。
空気がわずかに変わる。
薄暗く、湿気を含んだ、三階層の空気が、私たちを迎えた。




