第二十六話 いざ、三階層へ!前編
凪から「来週なら有給とれそうだ」と連絡が来たので、由衣と話して、二泊三日を前提に木金と二人で探索者休暇の申請をした。
もう社内では、私と由衣が組んでいることは知られていて、私のジョブとスキルを知った営業部の男性社員から「佐伯さんも入れてパーティ組まない?」とものすごくしつこく誘われた。
「もう組んでる人いるから」
と何度も断ったのに、ほんとしつこい。
「大丈夫、俺、結構強いから」
って聞いてもいないアピールがストレスでしかない。
うんざりして最終的には無視を通すことにした。
私と由衣の他にもちらほら女性社員が探索者登録を始めてるみたいで、ダンジョンについて色々聞かれることが増えた。
うちの会社、社内用のチャットルームがあるんだけど、そこに女性社員の探索者のチャットルームがいつの間にかできてて、情報交換に使われるようになってた。
やっぱりみんな、ダンジョンに入るとやたらおなかがすくみたいで、エンゲル係数が爆上がりになってるのが悩みで、安いスーパーや、コスパのいいレシピなんかも話題だった。
気になったのが、池袋の三階層の情報で、最近とみに事故や遭難が増えているので、ギルドから注意喚起が出ている、という一文だった。
(一応、準備は全部できてるけど、一旦、池袋ギルドに寄って中の最新情報を確認しておいたほうがいいよね、これは)
凪と由衣にも確認すると、2人ともそのほうが良いということで、アタック当日、まずは三人で池袋ギルドへ向かった。
ギルドは平日の昼間ということもあって、そこまで混んでいない。
受付嬢に声をかけると、奥から雪城さんが顔を出した。
「今日から三階層にアタックすると聞きました」
「はい。今日から二泊三日くらいで踏破できたらいいなぁって」
「そうですか。えっと、じゃあダンジョンに行く前にちょっとだけいいですか?」
雪城さんは少しだけ眉を寄せて、私たちをロビー奥のミーティングスペースに案内してくれた。
テーブルに資料を並べて、雪城さんは私たちの顔を順番に見た。
「三階層、最近ちょっと不穏なんです。前川くんも知ってると思うけど、ここ一〜二週間で事故件数が目に見えて増えてる」
凪が腕を組む。
「遭難がすごく増えてるとは情報サイトでみました」
「遭難だけじゃないんです。ここだけの話にしてほしいんですが……」
雪城さんが声を潜める。
「怪我人もかなり出てます」
「え?」
「命に関わるような怪我まではないけど、結構ひどい怪我人もいて……。このままじゃ、ダンジョンの閉鎖も検討しないといけなくなるかもしれない状況です」
怪我人が多いって……。
「理由は、はっきりとは分かっていないんです。ただ……三階層のスライムが不自然なくらい多くなってるのは確かです」
雪城さんは一枚の地図を指でなぞった。三階層の大まかな地図だった。
ギルドで販売されているもので、私たちも買ってる。
雪城さんが指さしたのは、三階層の真ん中あたりだった。この辺りは切り開かれたような広場みたいな状態になってると聞いてる。
「特にここの周辺。スライムが、擬態して群れになってると情報が上がってます。それに、何故か地面が濡れているわけでもないのに、足元が滑りやすくなってるらしいんです。それで転倒したところを擬態したスライムに襲われる事故が多発しているとのことです」
由衣が不安そうに眉を寄せる。
「思った以上に三階層は厄介な感じね……」
「そう。本来なら、きちんと準備してパーティを組んでいれば踏破できるはず。なのに、最近の状況は少し異常なんです」
そう言いながら、雪城さんは私たちの顔を静かに見つめた。
「でも、君たち三人なら対応できると思ってます。戦闘スタイルがはっきりしていて、役割分担もできてるし、スキルもそれぞれ使い慣れてきているし、状況判断も早い。もし何か分かれば、我々に教えてほしい。……ただし」
資料を閉じる音が、静かな部屋に響いた。
「無理は絶対にしないこと。おかしいと思ったら、すぐに引き返す。これは念押しです」
三人でうなずくと、雪城さんは少しだけ柔らかい笑顔を見せた。
「……それと、念のために伝えておきます。三階層のいたるところで“何か見た”という報告が続いています」
「何か、って……スライムじゃないんですか?」
と凪。
「断定できないんです。光る影、人の形をした水の塊……証言はバラバラで、どれも曖昧で」
ぞわり――背中に小さな冷気が走った。
スライム以外の何かが三階層にはいるの?
「だからこそ、慎重に。……気をつけて、行ってらっしゃい」
雪城さんに頭を下げ、ロビーに戻ると、そこでようやく息をついた。
「なんか……思ったよりヤバそうだね」
由衣が小声で言う。
「まあな。でも、準備はしてきたし、三人で行けば大丈夫だろ」
凪は肩を回しながら言った。
私は胸の奥で小さく拳を握る。
(うん、大丈夫。怖いけど……三人でなら、行ける)
「行こっか。――三階層へ」
三人並んでギルドを出る。
外の空気は冷たいのに、胸の奥は熱く高鳴っていた。




