第十七話 パーティー申請とドロップ品の整理
池袋ダンジョンを出ると、もう夕方だった。
ダンジョンの中にいると、時間感覚がよくわからなくなるな……。
それにあんなに食べたはずなのにもうお腹が空いてる。
駅までの道を抜けてギルドまでたどり着くとかなりごった返していた。
まあ夕方だし、帰ってきた人も多い時間帯だし、今からギルドで準備してからダンジョンに向かう夜間アタックの人もいるんだろうな……。
「ええと、うん、パーティ申請はあっちだな」
凪が迷いなく奥の窓口を指さす。普段からこのギルドに通っているのが分かる足取りだ。
まあ私より探索者歴は長いわけだし当然か……。
大きめの受付前には、二階層以降の下層帰りらしい探索者たちが数人並んでいた。
みんなかなり疲れた顔をしているのが印象的だ。
汗で髪が張り付いている人もいて、見ているこっちまで疲れが伝わってくる。
「なんか……パーティまで組むってなると、探索が本格的になってきたね」
小声でつぶやくと、由衣が肩肘でつついてきた。
「さくら、緊張してる?」
「ちょっとだけ……」
うん、だって最初はあの異世界召喚に関係あるのならちょっと行ってみようかな、くらいの軽い気持ちだったから。
そんなやりとりをしているうちに、私たちの番が来た。
「いらっしゃいませ。パーティ申請ですか?」
落ち着いた声の女性受付員が微笑む。
凪が一歩前に出た。
「はい。この三人でパーティを組みたいんですが」
「かしこまりました。では、全員分の登録カードを確認いたします。こちらの台に並べてください」
ガラス板のついた小さな台に、私と由衣と凪が順にカードを置いていく。
受付員がタブレットのような端末を操作しながら、画面を流れる情報に目を通した。
「前川凪さん、ソロ活動がメインですね。……ギルドからは、できればパーティ推奨の要請があったようですね」
「はい。ですので、次回以降、こちらの二人と組む予定です」
凪は淡々と言うが、受付員はどこか安心したように頷いた。
「日向さくらさん、ドロップ率上昇スキルと鑑定とジョブがガンナーなので命中スキル。それに……こちら、ストレージボックスの大容量申請者で間違いありませんか?」
「は、はい……」
「そして、佐伯由衣さん。スカウトジョブのマッピングスキルと気配探知持ち……。お三方の相性はかなり良いですね。ギルドとしても、バランスの取れた理想的な編成だと思います」
そう言われると、なんだかむずがゆい。
凪が軽く咳払いをして、手を後頭部に当てる。
「ギルドのお墨付きってことでいいのかな?」
「ええ。前衛・後衛・補助が揃っておりますし、武器も遠距離と近距離がそろっているので、危険度が跳ね上がる池袋ダンジョンの三階層以降の探索には最適かと。どうぞこちらで消耗品の準備をしてから三階層以降はアタックしてくださいね」
「はい。あ、あと、初めてのドロップ品が出たので買取をお願いしたいんですが……」
「かしこまりました。買取カウンターの整理番号はこちらになりますので、この袋に買取希望品を入れてお待ちください」
お姉さんが整理番号と少し大きめのビニール袋をくれた。
「待合でドロップ品出すのは禁止ですよね?どこですればいいですか?」
由衣の問いかけに、お姉さんがフロアの奥を指す。
「あちらの奥のフロアはドロップ品の整理スペースとなっていますので、あちらをお使いください。ただ、他の方たちもいますのでご注意ください」
注意?何の?
と、思ったけど、そこに入って、お姉さんの言葉の意味が分かった。
整理スペースの空気は、めちゃくちゃピリッと張りつめていた。
大きめのテーブルが何十台も並び、それぞれのテーブルの上で探索者たちがドロップ品を広げている……んだけど。
みんな、めちゃくちゃ目が鋭い。
ドロップした素材を前に、ひそひそと値段交渉の練習をしたり、隣のテーブルをチラ見したり。
テーブルごとに小さな縄張り意識みたいなのがあって、誰もが自分の“成果”を守っているような、自慢しているような雰囲気になっている。
あまりいい空気じゃない。
「……ここの空気、なんか怖くない?」
思わず由衣にささやくと凪もため息をつく。
「だから“注意”なんだよ。一応見張りも警戒もあるが、ここでドロップ品の横取りとか、マナー違反でダンジョン出禁になった探索者の話も聞いたことある」
「ひぇ……」
「大丈夫だ。お前らのは俺が見てるから」
凪が私と由衣の前に立つようにしてあまり周りに人のいないテーブルを確保し、周囲に軽く視線を走らせた。
……その一瞬で、周りの視線がスッと逸れた。
やっぱりATK1500のドラゴンスレイヤーは圧が違う。
凪が私たちに笑顔で向き直り、さて、と手を打つ。
「じゃ、さくら。ストレージから出してくれ。ドロップ品、今日の分だけにしとこう」
「了解……!」
私はストレージボックスに意識を向け、小声で唱える。
「――ストレージボックス、開いて」
次の瞬間、私の目の前に半透明の収納ウインドウがふわりと現れ、中からスライムの魔石がころん、とテーブルの上へ。
続けて二つ目、三つ目。魔石だけで小さな山ができる。
他、低級ポーションや赤い革のポーチ、ドロップしたナイフとかもまとめてちょっとした小山になった。
先にダンジョンの中で凪の分も預かっていたので一緒に。
「うん、これくらいかな。さくら、中級ポーションだけ出してない?よね?」
「うん。三階層以降に必要ってことだから、カバンの中だよ」
「あ、そうだったね。うん、それでいいよね、凪くん」
「ああ、よく覚えてたな、さくら」
凪も小さく笑う。
ちょっとそれバカにしてない?
軽くむくれると、凪が笑って肩をすくめる。
「さくららしいってことだよ。そうやって真面目な几帳面なとこ」
それは……褒められてると思っていい?
周囲の視線がちらちらとこちらを見てくるのが気になる。
周囲のテーブルには人はいないけど、見ればテーブルの上にそれなりの量のドロップ品が積まれてるのは分かるもんね……。
しかも三人ともそんなに大きなカバンは持ってないのは一目瞭然だし。
どこに持ってた?って視線をすごく感じる……。
由衣がそっと私に身を寄せ、囁いた。
「ねえさくら……これ、絶対バレないように気をつけなきゃダメだよ。こんな大量に安全に運べるスキルなんて、誰だって欲しがるからね」
「……うん。気を付ける。次からカモフラージュのために、三人とも、もうちょっと大きめのリュック背負っていこう。ダンジョンの中に入ったら私が預かればいいんだし」
「だね。私、そういうの持ってないから買いに行くわ」
「俺もだ。どうせなら今日の帰りに三人で買いに行くか。ついでにメシ行こう。めっちゃ腹減ってる」
「うん、そうしよう。ありがとう、2人とも」
「気にすんな。さくらのスキルを護るためだからな」
「そうそう。私たち、今日からパーティなんだから」
二人の笑顔がすごく嬉しい。
一人で背負うのはこれはちょっときついわ。
まだ言えてないこともあるけど、それはこの先おいおい……。
「じゃ、これ全部袋に入れたら買取カウンター行こうか」
「うん!」
整理番号の紙と袋を持って、私たちはスペースを後にする。
ダンジョン探索者っぽさが、また一段階上がっていく気がした。
今日は後1度20時に更新します




