第十一話 バディになりました
池袋ギルドを出ると、夕方の街は少しずつ夜の灯りがともり始めていた。
佐伯さんは私に歩調を合わせて歩きながら、私をちらりと見た。
「日向さん、さっきは本当にびっくりしたわね」
「はい……まさか、私がそんなレアスキル持ちだなんて……」
「でも、使いこなせれば相当便利そうよね。荷物持ちができるんでしょ?それにうまく使えば、戦闘補助もできそうね」
「戦闘補助?」
「そう。例えばだけど、スライム目掛けて、大量の石を落とすとか」
「……なるほど」
そうか、そういう使い方もできるか。
私たちはそのまま駅地下のフードコートに入った。
フードコートはダンジョン帰りらしい人たち、仕事帰りの人たちでごったがえしていたが、カウンターに空きがあったので、そこを確保することに成功した。
「さて……日向さん、何にする?」
「私は、うどんがいいな。お腹は空いたけど、あまり食欲ないし……」
「じゃあ私も同じにするわ」
それぞれでうどんのカウンターに行くと注文をして、呼び出しベルをもらってくる。
水を先にもらって飲むと、ああ、喉乾いてたんだなって自覚した。
(国家レベルで重要なスキル……?私、まだ初心者なのに……大丈夫かな……)
「日向さん?」
佐伯さんの声にハッと我に返る。視線を上げると、彼女が微笑んでいた。
「えっと、さっきのことで、ちょっと緊張してたかも……」
「そっか……でも、こうして普通にご飯食べてる今は、安心できるね」
「はい……そうですね」
呼び出しベルが鳴り、うどんをもらってくると、テーブルの上のお出汁の優しい香りに、冒険の緊張感が少しずつ溶けていくのを感じた。
「ところで日向さん、『ストレージボックス』ってどんな感じ?」
「えっと……こう、意識して収納したいものを触ると……中に物がすーっと入って、外から見えなくなるんです。パソコンのカット&ペーストみたいな」
「へぇ……かなり便利そう」
「はい……でも、容量500キロって聞いたときは本当にびっくりしました。自分で入れたら軽々入るし、空間系スキルってこんなにすごいんだって思いました」
佐伯さんは私の話に楽しそうに笑う。
会社ではそれなりに仲よくしてたけど、こんなふうに一緒に会社外でご飯を食べるのは初めてだなぁ……なんて今日の偶然に感謝した。
「日向さん、これからもダンジョンに行くと思うけど、荷物の心配はなくなったわね」
「はい……でも、まだ戦闘補助とかは未知です。私、どこまで使いこなせるか分からなくて……」
「それは実践あるのみでしょ、仕事と一緒。じゃあ、まずは腹ごしらえね」
「はい……いただきます!」
うどんが美味しくて、ちょっとだけ泣きたくなった。
「私のスキルは説明した通り。スキルウインドウは外でも出せるけど、なんかちょっと薄い感じよね。曇りガラス越しみたいで見えにくい」
佐伯さんが残念そうに空中を箸でつつく。
確かにそこには佐伯さんのウインドウがあるけど、かなりぼんやりしてる。まるで湯気みたいに。
ダンジョンの中だとあんなにはっきり見えるのに。
「日向さんは鑑定スキルも出たんだっけ?」
「はい。それで、スライムのドロップ品が低級ポーションだってわかったんです。あっちの小石のほうは鑑定せずにカバンにしまったんで、さっき買取された時、驚きました」
「私もよ。あんな小さな石が1万円とか、会社行くの嫌になるわね……」
「でも毎日レートは変わるらしいですし……さすがに会社辞める勇気は三十路の今ないですよ……」
「そうよね……。私もよ……。こっちは副業、くらいの割合で休日に予定がなければ行こうかな、くらいだよね。幸い、うちの会社は申請さえしたら副業OKだし、もう営業部員は結構申請してるみたいよ」
「そうなんですか」
うどんをすすりながら、ふと思いついたように私は佐伯さんを見た。
「ねぇ、佐伯さん……これからのダンジョン探索、私と一緒に行くっていうのは……どうですか?」
「一緒に?」
「うん、さっきの帰り道も私、一人だったら絶対に危なかったし……」
「確かに……」
佐伯さんが小さく笑う。その表情には安堵と、少しの躊躇が混じっていた。
「日向さんはガンナーで私はスカウト……組み合わせ的にも悪くないと思う。コンビ?いや、バディって言うんだっけ?」
「バディっていい響きですね」
「うん、じゃあ私と日向さんは今日からバディね!」
「はい!荷物は私がストレージボックスで持てますし、戦闘補助も……まだ未知だけど、頑張ってみます」
「じゃあ、こうしましょう。ダンジョン探索ではお互いに補助し合うっていうことを約束にするの」
「……約束?」
「そう。お互いの安全を守るために、ダンジョンの中では常に助け合う、ってこと」
佐伯さんの目が真剣になった。私も自然と背筋が伸びる。
「分かりました。私も約束します、佐伯さん」
「ありがとう。じゃあ、具体的にどういう役割で行くかも決めておかないとね」
「まずは次の休みにでも兄に言って、余ってるエアガンもらってきます。いっぱい持ってるんで、1つくらいはくれるでしょうし。そうしたら一緒に練習してからまたダンジョンに行きましょう」
お兄ちゃんに帰ったら連絡しておこう……。
「佐伯さんはスカウトだから索敵や隠し通路の発見、私はストレージボックスで荷物管理、戦闘補助もできる限りやります」
「うん。それで何かあった時は、声を掛け合って……」
「はい、絶対に一人で無理しない」
小さな約束だけど、私たちの間には確かな信頼がこの時芽生えた。
「よし、これで安心して次も挑めるわね」
「ええ。私も頑張ります」
うどんを平らげながら、私は胸の奥に温かい気持ちを感じた。
(佐伯さんがいるなら、私……少しずつでもダンジョンに慣れていけそう)
二人で笑い合いながら、次の冒険のことを少しだけ相談して、連絡先の交換をした。
この先も佐伯さんと一緒なら、きっと大丈夫だ――そんな確信を持てた夜だった。




