第一話 召喚されたけどチェンジって何!?
30話前後での完結を目指してます。
帰りがけのコンビニで買ったティラミスを片手に、私はいつもの駅から家までの夜道を歩いていた。
時刻は二十二時過ぎ。アラサー独身事務員の帰宅時間としては、ごく一般的なものだ。……多分。
(今日も残業疲れたなぁ……。でもまあ、ティラミスあるし……ゆっくりお風呂に入って、明日こそは定時で帰りたい……明日初日の映画、レイトショーでいいから見に行きたい。それに週末の休みには新しいネイルしたいなぁ……)
そんな、ごくごく平凡な愚痴と明日への希望を考えていたその瞬間だった。
——足元が、はぜるように光った。
何!?爆竹!?って一瞬思ったけど音も熱もない。
「え……?」
下を向くより先に、身体が吸い上げられるような浮遊感に包まれる。
視界に広がるのは白と金色の光。体がふんわり宙に浮いた感覚のあと、足元の感触が消えた。
……気づけば私は、見知らぬ豪奢なホールの真ん中に立っていた。
大理石。噴水。天井画。ローブ姿の人々——。
「召喚成功だ!聖女様、どうか我らの国をお救いください!」
周囲の歓声。
王様みたいな人、神官みたいな人、魔術師みたいな子供までいる。
いやいや、なにこれ。現実?夢?というか、なんで私?
(これ……まさか……異世界召喚ってやつ……!?)
ラノベやアニメでよく見るやつ。
残業で疲れて道路の真ん中で気絶してぶっ倒れてみてる夢なら、早く意識を取り戻さないと。
頭がついていかない。
でも、みんなの期待に満ちた目線は完全に“聖女を見る目”だ。
私、スーツ姿のままなんですけど。
聖女ってスーツでいいの!?
「お、お待ちを。まずは……まずは聖女様の適正年齢を確認しませんと!」
と、そこへ青髪で金色の瞳の少年魔術師が駆け寄ってきた。
背は低く、見た目は小学生の高学年から中学生くらい。けれど威厳のある、いかにも“宮廷魔術師のエリート”って呼ばれてそうな雰囲気。
周りが従ってるところをみると、たぶん彼がここの責任者か担当者なんだろう。
「……えーっと、あなたが聖女様……なんですか?」
「え、いや、その……違うと思うけど……」
「失礼ですが……おいくつですか?」
「え?32……ですけど」
私の答えに、少年が──固まった。
そして次の瞬間、彼は小刻みに震えながら叫んだ。
「と、年増だからチェンジ!!」
「はあああああ!?!?」
叫び返す間もなく、彼は慌てて周囲に指示を飛ばす。
「だ、だめだよ!聖女召喚は十六〜二十歳が相場なの!この人じゃ魔力の反応が均等じゃないし、うちの国の伝承から外れちゃうし、王家の威信も……!」
「いや伝承って何!?人を年齢で返品するなよ!?てか私もう呼ばれてるよね!?」
「ご、ごめんなさい!すぐ帰ってもらいます!ちゃんと若い人もう1回呼ぶから!」
「ごめんなさいって軽いな!?帰すって何!?」
私の混乱と抗議の声の中、彼を含めた周囲の魔導士らしきローブ軍団が慌てて魔方陣を再展開。
私の足元が再び光りはじめる。
「ちょ、ま、待って!せめて事情だけでも──!」
「返還術式、発動ッ!」
少年の声と同時に、足元から再び音も熱もなく光が爆ぜた。
視界が反転し、床が消え、空気が裏返り——私は、訳も分からないまま元いた世界へと押し戻された。
次の瞬間。
「——ただいま……?」
気づけば、自宅近くのコンビニ前。
さっき歩いていた場所から少し離れてはいるが、私の目の前にあるのはいつも通りの帰り道の風景だ。
落としていないティラミスと足元に落ちてる通勤バッグだけが、なぜか妙に現実感を主張している。
いや、それよりも。
「……年増だからチェンジって何よ……!」
怒りと混乱で頭がいっぱいになりつつ、私は気づいてしまう。
右手の甲に、淡く光る模様が残っていることに。
セルフネイルが趣味の私だが、手の甲にこんなボディシールを貼った覚えはない。
右手のネイルは先週の休みを一日潰して頑張ったマーブルのネイルが少し掠れてきたかなって感じで、次は何をしよう、って帰り道で考えてたけど、さっきの出来事で綺麗に吹っ飛んでいた。
右手の甲をちょっと擦ってみたけど取れなかった。家に帰って石鹸で洗ってみるか……。
この時の私はまだ知らなかった。
これが、後に私の人生を大きく変える“スキル”だということを。
そして——
返品されたアラサー聖女(仮)が、現代ダンジョンで大活躍する未来を。
一話2000字前後で進めていきます。楽しんでもらえたら嬉しいです。




