捨て猫
「……アンタ、なんで箱なんかに入ってるワケ?」
美織は雨の中、住んでいるアパートの階段の踊り場に、人が入れるくらいの大きさのダンボールに入って小さくなっている青年に、思わず問い掛けた。
「いやぁ、僕、家族に捨てられちゃったんですよねぇ」
青年は二ヘラと笑って呑気に言う。
「捨てられちゃったってアンタ、お金は?カプセルホテルくらい行けないの?」
「ぜーんぶ奪われて放り出されたので、無理ですねぇ」
窮地であるのに、相変わらずのほほんとしている青年に、美織は段々と腹が立って来た。
自分は今日も、同僚に部長へ色目を使ってるとかなんとか言われて、理不尽に仕事を押し付けられ、疲れて帰って来たというのに。
目の前の青年は、猫っ毛を雨で湿らせながらも、にこにこ笑っている。
「それじゃあ、さっさと働き口でも探したら?こんな所で蹲ってたってなんにも起こりはしないわよ」
だが、青年はぽりぽりと頭を掻く。
「職安には行きましたが、僕まだ未成年なので、後見人が必要とかなんとかで。追い出されちゃいました」
危機感が無さすぎる。
家族に放り出されたと言う事は、きっとまともに自立もしてないんだろう。
美織は、自分の幼少期を思い返した。
母親は教育ママというやつで、美織をなんとしても頭の良い大学に入れようと躍起になって勉強を強いてきたし、父親はお金だけ家に入れて、夜はキャバクラで遊ぶという典型的な仮面夫婦だった。
そんな中、美織は必死で褒められようと頑張った。
鉛筆の汚れで毎晩手を真っ黒にしながら勉強し、なんとか首位をキープして来た。
だが、肝心の大学受験の日、美織はインフルエンザに罹ったのだ。
母親は、高熱を出す美織にそれはもう鬼の様に怒った。
なんで健康管理の一つもできないの?毎晩塾に送迎して、お金を出したのは誰だと思ってるの!?
他にも聴きたくない罵詈雑言が、美織の心をグサグサに刺した。
(捨てられたのはアタシも一緒か……)
大学は私立の繰り越し受験でなんとか滑り込んだが、母の機嫌はその日から一向に悪くなるばかりで、美織は逃げる様に今の会社に就職し、アパートに移り住んだのだ。
「……いいわ、アタシが拾ったげる」
青年に向けて、思わず言葉が出た。
家族に捨てられるのは想像を絶する辛さだと知っているから。
「良いんですか?僕、渉って言います」
「アタシは美織。ここの二階に住んでる」
渉は、ぺしょぺしょした頭を上げて、男にしては可愛らしい顔を上げ笑った。
(ふっ、ブサイクな猫みたい)
気まぐれな二匹の猫は、その日から共に暮らし出した。




