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さまざまな短編集

「光の中の手術」〜関節鏡手術を支える器械だし看護師の1日

作者: 仲村千夏

午前7時15分。まだ院内の照明がすべて点ききっていない静かな手術部。私は着替えを済ませ、ステンレスの扉を押し開けた。今日の担当は、関節鏡下前十字靭帯再建術。担当術者は整形外科の吉田先生。もう何度も一緒に入っているが、油断は禁物だ。


中央材料室から受け取ったセットを持ち、8番手術室に入る。気温、湿度、空調の音——五感すべてを総動員しながら、器械出し看護師としての1日が始まる。


器械を広げる手は、いつもより慎重になる。関節鏡手術は、ミスが許されない。関節内は狭く、視野も限られている。内視鏡、シェーバー、灌流装置、グラフト固定器具……。器械の名前だけでなく、その順番や配置、予備の用意まで頭の中でリハーサルを繰り返す。


「おはようございます」


麻酔科医の石井先生が入ってくる。麻酔導入が始まると、室内の空気が切り替わる。静寂と緊張が入り混じる中、私の手元だけが淡々と動く。ガウンテーブルを整え、滅菌ガウンを広げ、術者と第一助手の手に合わせてガウン・グローブを装着する。手術開始の合図は、術者の「メス」だ。


時計は8時30分。術野が清潔に覆われ、ライトが手術部位を照らす。内視鏡が挿入されると、モニターに関節内の映像が映し出される。グラフト(移植腱)の採取から始まり、トンネルの掘削、固定まで、すべてが段取り通りに進まなければならない。


私は術者の視線の先を読み、次に必要な器械を“先出し”していく。切開が深くなるにつれ、器械の数も増える。一瞬でも迷えば、術者の手が止まり、患者の時間が延びる。無言のやり取りが続く。息を飲む瞬間、術者の目が一瞬だけ私を見る。私は即座にグラフト用のスクリューを渡す。術者の手が止まらないように、それが器械出し看護師の仕事だ。


「固定、確認します」


術者がモニターを見つめながらつぶやく。内視鏡の映像には、しっかりと固定された再建靭帯が映っている。灌流液が透明に変わり、関節内の出血も少ない。成功だ。


午前10時15分。器械のカウントを済ませ、術者が手を引く。私たちは最後まで油断せず、全ての器械を再確認し、ガウン・グローブを外す。患者がストレッチャーに移されると、次の手術に向けた準備がまた始まる。


退室後、器械の洗浄と点検、記録。消耗品の在庫管理。昼食を取る時間も10分程度。午後の手術に備えて再び手術室へ。


今日のような日常が、患者の未来の一歩につながっている。再建された靭帯が、患者の走る夢や歩く希望を支えてくれる。その一端を担う私の役目は、決して派手ではない。だが、確かに誰かの人生を支えている。


午後5時、最後の器械の洗浄を終えて、更衣室へ向かう。疲れはある。だが、不思議と心は軽い。


明日もまた、光の中で器械を整え、誰かの明日を支える。

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