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第7話 :「俺のローキックは、恐怖の前では紙よりも軽かった」

主人公がようやく異世界――ではなく東南アジアの“現実”に降り立ちました。

異世界転生テンプレを、文字どおり現実世界でなぞろうとする無謀な挑戦。今回は、その最初の「現実との衝突」を描きます。


憧れの“強さ”は、本当に現実でも通用するのか?

トレーニングで積み上げた“力”は、恐怖の前でも動くのか?


この第7話は、物語の最初の大きな壁であり、主人公にとっての「試練の章」です。

どうか彼の葛藤と、その先の一歩を見届けてください。

ゴスッ。

 鈍い音と共に、視界が傾いた。


 羽交い締めにされた体を振りほどこうとしても、びくともしない。

 腕の筋肉が強張り、背中に食い込んだ相手の腕が、皮膚の上から骨まで凍らせるようだった。


 逃げられない。

 どうして――どうして、こうなった?


 * * * 


 村に入ったのは昨日の昼。

 舗装もされていない赤土の道を、バックパック一つで歩いてきた俺に、最初は物珍しそうな視線が注がれた。


 笑って手を振ってくれた老婆もいたし、子どもが何か話しかけてきた場面もある。

 翻訳アプリと、ぎこちない現地語と、身振り手振りで、なんとか歓迎の空気はあった。

 そう、最初の数時間までは――


 村の青年リーダーと呼ばれる男が、俺の前に現れたのは夕方だった。

 彼には2人の取り巻きがいた。どちらも筋骨隆々で、村の中では“彼の影”のような立場らしい。

 俺が宿代として渡した小銭と、荷物の中の小型ソーラーパネルを見た瞬間、空気が変わった。


 “観光客ではない。何か別の目的がある”


 疑われたのだ。俺は、何も悪いことをしていない。ただ、「異世界テンプレを現実でやってみたい」という、それだけだったのに。


 * * *


 頬に、乾いた音が響く。

 皮膚が震えるよりも速く、脳が震えていた。


 腕を掴まれ、羽交い締めにされ、逃げられないという事実だけが、地面よりも重かった。

 “訓練してきたじゃないか”──そう言いかけた自分を、脳が笑った。

 肘打ちも、ローキックも、恐怖の前では紙のようだった。

 張り裂けたのは気合じゃない、現実だった。


 どうしたら、彼らは許してくれるのか?

 土下座か?

 それとも、地面に額を擦りつけるようにして、その足元をくぐるのか?


 そんな惨めな妄想の中で──ふと、足元が視界に入った。


 黄色と黒のスニーカー。


 オニツカタイガー・メキシコ66。


 あれは──そう、映画『死亡遊戯』のブルース・リーが履いていたとされるモデルの一足だった。

 細部は違えど、その黄色と黒の配色が、スクリーンの中の「彼」を呼び起こすには十分だった。


 ──「抗え」、と。


 その一瞬、火が灯った。

 それは怒りでも、勇気でもない。もっと静かで、もっと硬質な「意志」だった。


 腕を振りほどいた。反射のように。呼吸のように。

 身体が勝手に、あの瞬間を、トレースしていた。


 俺は一歩、後ろへ下がる。

 拳を握らない。ただ、ゆっくりとストレッチを始める。


 ──そう、映画『ドラゴンへの道』。

 チャック・ノリスとの決闘直前。

 古代ローマのような円形闘技場。石の壁。風のない沈黙。


 ブルース・リーは、あのとき、戦う準備ではなく、自分の身体と向き合っていた。

 静けさの中で、身体の奥にある炎を、自らの呼吸で灯していった。


 俺もそれにならう。

 首をゆっくりと回す。肩をひとつ、脱力させてから、緊張を戻す。

 腕を伸ばし、腰をひねり、足を開く。

 何度も何度も観た、あのシーンをなぞるように。


 ここはもう、“現実”ではなかった。


 俺にとって、これは「異世界」であり、

 そして、これは「儀式」だった。


 準備が整ったところで、動こうとした、その時。


 ドンッ──

 体が地面に叩きつけられた。


 だが、倒れなかった。


 片手を拳立ての形にして、俺は地面を押し返していた。

 もう一方の拳は、静かに前へと構えられている。


 そう、あの名シーンのままに。


 「俺はまだ、倒れていない」


 そのセリフを、口にはしなかった。

 でも拳が、構えが、すべてを語っていた。



ここまで読んでくださって、ありがとうございました。

そしてごめんなさい。

この先の構想を幾ら考えても”仮説を立てた回”と”今回”が物語のピークであとはただただ静かに物語が収束するか今度は違う場所で少しは学習して多少は上手く立ち回るぐらいしか思いつきません。

今まで貴重な時間を割いて読んで頂き改めてありがとうございました。やはりなろうの壁は高かったです。


第7話は、いわば“異世界テンプレ VS 現実”の正面衝突回でした。

練習してきた技も出せず、ひたすら怖くて、ただただ「許してほしい」と願ってしまう主人公。

でも、その弱さこそが人間らしくて、同時に物語の始まりの終わりにふさわしいとも思っています。

そして彼の“再起動スイッチ”になったのが、黄色と黒のオニツカタイガー。

物語のヒーローが履いていた靴。

あれを見て思い出したのは、自分がなりたかった“物語の登場人物”でした。

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