表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/7

第6話 : 異世界テンプレ、現地でやってみた

主人公がついに日本を離れ、異世界――ではなく、東南アジアの山岳地帯へと降り立ちます。

これは単なる旅行ではありません。「異世界転生テンプレ」を現実世界で再現するための、真剣な挑戦です。

誰も見ていない森の中で、あえて寝転んで異世界召喚テンプレを実行する彼の姿は、滑稽でありながらもどこか真っ直ぐで、胸を打つかもしれません。

 ビザ申請を終えた帰り道、ふと足が止まった。

いや、正確に言うと、自分の浮かれ具合に引いてしまったのだ。


まるで今、神様に選ばれたかのような気分でいた。

「さあ行け、新たな世界で無双するのだ」みたいな。

いやいや、そんなことあるわけない。ここは日本だし、転生もしていない。


でも──


頭のどこかでは、もう冒険が始まった気になっていた。

それくらい、「異世界無双」の妄想がリアルだった。

神様はくれない。スキルも魔法もない。

それなら、作るしかない。


異世界転生もののテンプレートはだいたい決まっている。

神様から授かる“チート能力”の中には、戦闘スキルがほぼ必ず含まれている。

魔法、剣技、瞬間移動に空間操作。

要するに、「強さ」がすべてのはじまりだ。


でも現実の俺は?

喧嘩の経験、数回。筋トレは三日坊主。

間違っても“戦える”人間ではない。


……だけど。


だからこそ、始めたんだ。

異世界じゃないけど、この世界で俺は「強くなる」と決めた。


手に取ったのは一冊の本。

**『Prison Training』**──アメリカの刑務所で、囚人が命を守るために磨き上げた自重トレーニングのメソッド。

ジムも器具もなし。ただ自分の体と床があればいい。

それが、俺にとっての剣と魔法だった。


そこに合わせるのは、映画『Rocky IV』のトレーニングシーン。

文明から離れた極寒の大地で、己の肉体だけを武器に鍛え上げるあの姿。

あれはもう、修行というより儀式だった。


そして俺の“モンタージュ”が始まった。


イヤホンからは『Rocky IV』の「Training Montage」と「Hearts on Fire」。

懸垂。

上体ひねり腹筋。

指立て伏せ。

流れる汗が、俺の中の幻想を現実に変えていく。


そしてある日。

俺は、物干し台の前で立ち尽くしていた。


木人拳──そう呼ばれるトレーニング用の木製人形がある。

あれに似ていた。いや、似ていたというか、洗濯物を干していた物干し台が、

急に本来の使われ方を思い出したかのように見えた。


洗濯物を退け、スペースを確保する。

ここを、俺の特訓の場にする。

狙うはローキックと肘打ち。

素人でも短期間で身につけられ、いざというときに有効な“技”だ。

殴り方を学ぶ前に、逃げ方を知る。それが、俺の流儀だった。


地味な動作を何度も繰り返す。

蹴って、打って、フォームを確認して、また繰り返す。


筋肉痛が痛みじゃなく、成果の証に思えてくる。

ああ、俺はいま、「力」を手に入れてるんだなって。


そして、ビザ取得の最後の週。


俺の身体は、目に見えて変わっていた。

腹筋は“ドラゴンフライもどき”ができるようになっていたし、指立て伏せもついに二本指でこなせるようになっていた。


魔法じゃない。

でも、努力という名の“スキルポイント”は、ちゃんと結果になっていた。


異世界ではない。

だけど、これは俺の“冒険の始まり”だ。


ビザを握りしめ、もう一度、空を見上げる。


あの国へ行こう。

俺だけの“異世界”が、今、待っている。


―――――――――――――――――――――――――――灼けるような日差しが、空港の滑走路を白く照らしていた。

 タラップを降りた瞬間、むわりとした湿気と土の匂いが鼻腔を突いた。俺は、ついに――“異世界”に降り立った。


 もちろんここはファンタジーでも魔法世界でもない。日本から数千キロ離れた、某東南アジア圏の国。都市から数時間離れた山岳部、電気も水道も怪しいという“最果ての村”が、俺の目指す舞台だった。


 バックパックには《無双スターティングパック(仮)》が詰まっている。Starlink端末を筆頭に、養生テープ、マルチツール、紙おむつ、サランラップ、100均グッズの数々――日本という文明が誇る“現代の魔法道具”たちだ。

 都市部を抜け、村に向かう途中の舗装されていない赤土の道で、俺はふと運転手に「この辺で降ろして」と頼んだ。言葉は通じなかったが、翻訳アプリと身振りでなんとか通じた。


 ドアを閉めると同時に、エンジン音が遠ざかる。

 車が完全に見えなくなった森の中、俺はひとりになった。


 ――ここからは、儀式だ。


 俺は深呼吸して、バックパックを木陰に置いた。そして、誰もいないジャングルの中、草の茂った土の上に、ゆっくりと仰向けに寝転んだ。


 木々の隙間から、熱帯の太陽が差し込んでいる。青空はどこか薄く、雲がゆっくりと流れている。


 心の中で思う。


(ここが、俺の異世界だ)


 あのアニメたちのように、ある日突然光に包まれて、異世界に転移して――気が付けば最強の力を手に入れ、魔物をなぎ倒し、王女に感謝され、村人に慕われ、ハーレムまで築いていく。

 何度も繰り返し観た。読み漁った。その“始まり”には、いつも何かしらの“特別な瞬間”があった。


 だから俺もやる。ただしこれは現実。異世界召喚など起きないと分かっていても。


 それでも俺は、あの憧れた“第一歩”だけは、真似たかったのだ。


 森の中、土の匂い、葉擦れの音、どこかで鳴いている鳥の声。

 目を閉じると、なぜか胸の奥がじんわりと温かくなった。


(俺の冒険が、始まるんだ)


 たとえここがファンタジー世界ではなく、発展途上の現実世界だったとしても。

 俺は本気で“異世界テンプレ”を、この地で実行するつもりだ。


 数分間、仰向けに寝転がったあと、俺はゆっくりと体を起こした。

 服の背中には草と土がついていたが、それすら誇らしかった。


 俺はバックパックを背負い直すと、森を抜ける道を歩き始めた。


 ――いよいよ、“村”が待っている。


「ここが俺の異世界だ」――そのセリフに、彼の本気度が詰まっていたと思います。

ただの観光でも、ただの移住でもない。

彼は本気で、自分の好きな異世界転生テンプレを“現実”でやろうとしている。

次回からはいよいよ村での出会いが始まります。彼がどう受け入れられ、どんな無双(?)が始まるのか、お楽しみに!


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ