第1話 : 民芸品屋の片隅で
異世界転生の無双が現実に起きたら――それも魔法じゃなく、文明と知恵だけで。
本作は、“異世界転生テンプレ”をリアル世界で再現してみようとした日本人の、無双とその先の物語です。
第一話は首都の民芸品店から始まります。
ぜひ肩の力を抜いてお楽しみください。
その通りは、どこの国でも見かけるような観光市場の喧騒に包まれていた。
砂埃が舞い、太陽は容赦なく照りつけ、人々はその下で今日もせわしなく露店を開く。
彼女たち――背中に小さなリュックを背負った日本人観光客の女子二人組は、南国の陽気さに浮かれた様子で、首都の中心にあるこのバザールを散策していた。
「うわっ、見て! この木彫りのゾウ、目がちょっとコワいけどかわいい!」
「ね、あっちにも変なのある。……あれって日本語じゃない?」
通りの一角、他の露店よりやや奥まった店先に、ひらりと風に揺れる暖簾があった。
《民芸品店》
「……え、ガチ日本語?」
「こっちは現地語の看板だよ。なのに……なにこの暖簾。京都の観光地にありそうなやつ」
不思議そうに顔を見合わせた二人は、興味に背中を押されてその民芸品屋に足を踏み入れた。
中に入ると、そこはまるでドン・キホーテだった。
民芸品と称する品々が、整然とはほど遠い雑然とした秩序で並んでいる。ちゃんとした木工品や陶器の間に、どこかで見覚えのある――いや、明らかに日本製の生活雑貨が混ざっているのだ。
「ちょ、なんで紙おむつあるの? 日本のやつだよこれ」
「これもヤバい。サランラップ……え、これってTOTOって書いてあるよね? ウォシュレットの会社のやつ?」
その“白い筒”を手に取った瞬間、店の奥から青年が顔を出した。
20代前半、浅黒い肌に、アニメのロゴがプリントされたユニクロUTのTシャツを着ている。
「それ、気になりますか?」
「え、ええと……なんですか、これ?」
「ああ、それは……“持ち運びできる神の清め道具”です」
冗談とも本気ともつかない調子に、彼女たちは顔を見合わせた。
「……誰かが置いていったんです。何年か前に、ここに現れた男がいて。日本から来たって言ってました」
「日本人?」
「ええ。彼は最初、面白いやつでした。荷物いっぱいに変なもの持ってきて。100円ショップのグッズだとか、太陽光パネルとか、そんなのを村に持ち込んで……」
「村?」
「彼が行ったのは、ここからずっと内陸の奥地。人も少なくて、電気も水も満足にない場所。最初は無茶苦茶やってたらしいです。“俺は異世界転生の勇者だ”って言ってて」
彼女たちは目を見開いた。
「マジで?」
「ええ。だけど、しばらくして……変わったんですよ。あの人。自分がいなくなった後も、村がやっていけるように、って。教育を始めたり、水のろ過装置を設置したり。簡単な医療の知識も教えたそうです」
彼は一歩、店の奥の棚を指さした。
「このウォシュレットも、あの人が持ち込んだうちのひとつ。今は使ってないけど、村では“清めの道具”として大切にされていたらしいです」
彼女たちは白い筒を見つめた。
それはただの携帯ウォシュレット。だけど、異国の地で文化の種になったのだと想像すると、胸の奥がじんわりと熱くなった。
「その人、今は?」
「いなくなりました。……でも、道具と教えは、残りました」
青年は少しだけ寂しそうに微笑んだ。
『自分の足で歩いて、文明を持ち込み、教育を伝え、やがて自分は消える。
ただの無双では終わらない。
彼がいなくなったあとも残るもの――“現地が自立できる文化”を目指して。』
あの男は、そんなことをつぶやいていたらしい。
風が再び暖簾を揺らす。
“民芸品店”と日本語で書かれたその布が、陽の光を透かして、ふたりの少女の背中に落ちた。
第一話を読んでいただきありがとうございます!
ウォシュレットを神棚に祀るシーンは、書いていて個人的にすごく気に入ってます(笑)
次回は、アニメ好きの主人公が異世界テンプレを現地で再現しようと本気で準備を始めます。
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