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始動

「具体的な話は後日改めるとしよう。一日や二日で終わるような話でもないしな」

 談笑もそこそこにラルフはそう言って、上機嫌そのもので屋敷を後にした。

 たどり着いたのは近場にある広めの酒場。木製のテーブルが乱雑に並べられていて、深夜にもかかわらず客は多く、酒を片手に管を巻いて騒いでいる。その客の中には、昼間ラルフの御者をしていた男も混ざっていた。

 ここは黎明の狼が持つ拠点の一つ。今いる客の全てが黎明の狼の構成員であり、事実上貸し切り状態となっていた。メンバーが集まっている理由はただ一つ。今晩、自分たちの棟梁が英雄の一人娘、ヒルデ・シューマッハと会いに行く――それを知った一同は、二人の間で話された結論を一早く知りたかったのである。

 ラルフが店に入ると視線が彼に集中した。待っていたと言わんばかりに一人の青年が前に出て、ラルフに声をかけた。

「なんだよ、その顔は。随分と嬉しそうじゃねえか」

「そうか。そう見えたか」

 ラルフがカウンターの一席に腰を掛け、注目するメンバーを見回す。

「お前たちも知っての通り、俺はヒルデ・シューマッハと会ってきた」

 当時の余韻を思い返すようにラルフは一息ついて、

「奴は傑物だ。想像以上の女だったよ」

 青年が意外そうに眉を上げた。

「……お前がそんなことを言うなんてな。それほどか?」

「ああ。後にも先にもあれほどの人間はそう現れまい。人格、賢さ、カリスマ性。奴の良さを評するうえで色々とあるだろうが、強いて一つに絞るとするなら理想の高さにあるだろう。少なくとも奴の志は俺のはるか上を行く」

 ラルフは鼻を鳴らすと机の上に置かれた酒を一気に呷った。酒杯を高らかに掲げ、誇らしげな目で遠くの先を眺めやった。

「想像していなかった世界だ。その志の仲間として見込まれて、誰よりも先に頼まれたとあっては俺としても奴の理想に殉ずる他ないだろう」

 ラルフの惜しみない賞賛に一同が目を見はった。いつも自信に満ち溢れ、貴族を心底バカにしている男がこれほど手放しに褒めたのは見たことがなかった。

 ラルフは冗談めかして、肩を竦める。

「この俺としたことが、惚れてしまった。奴の言葉にどうしようもなく酔ってしまったんだ」

「おいおいおいおい。マジかよ、冗談か?」

「さてな。だが、おかげで方針は決まった」

 ラルフは立ち上がって言った。

「予定通り次の標的はペーター・シューマッハだ。奴を破滅させる。完膚なきまでに。そして、次のヒルデ・シューマッハの覇業の最初の礎になってもらう」

 おお、とメンバーが明るくざわめいた。

「だが、これは俺の一意見だ。今回、お前たちを強制したりはしない。――覚えておいてくれ、その時がくればお前たちの意思を問うことを。黎明の狼の在り方も変わりうる時が近いということを」

 そうラルフは思わせぶりに締めくくった。


 そして次の日の夜。ラルフは前日訪れた時と同じように一人でヒルデの屋敷を訪れた。違うのは今回手土産に酒瓶を用意していたことぐらいだった。

 ペトラから案内を受けたラルフはしかし、すぐにヒルデの許に向かうのではなく、前を行くペトラを置いて、ふらりと道を逸れる。後ろからついてくる気配がないことに気付いたペトラが慌てて追いかけた。

「ちょっ、どこに行かれるのですか⁈」

「なに、早めに来たのでな。少しばかり散策をと思ったまでだ」

「は?え?なにをっ⁉お待ちください!」

 ペトラの制止を軽く笑ってやりすごし、気ままに廊下を歩き、扉を開けていく。

「何をお探しかは分かりませんが、何もありはしませんよ⁉」

「そうかもしれん。だが、そうじゃないかもしれんだろ?」

「意味が分かりません!」

 非常識な行動そのものだったが、ラルフなりに理由はあった。客人であればともかく、今はヒルデの家臣である。ならば、今のヒルデの屋敷は本来自分がいるべき場所であり、家臣として知っておく必要がある。というのが、ラルフの言い分だった。だが、実際のところ、習慣のようなものだった。自分の拠点は粗方目を通しておかないと気が済まないのである。

 屋敷とはいっても、取り立てて広いわけでもない。暗い夜ではあったが、ラルフ自身、夜目が利くこともあって、一通り回るのにはそれほど時間を必要としなかった。特に何もめぼしいものを見つけられなかったラルフは途端に興が冷めたような顔をした。

「前来た時も思ったが、人っ子一人いやしないじゃないか。他の家人はどうした?」

「今はいませんよ!私一人です!」

「ほう。それは大変だな。それほど広くはないとはいえ、一人では手が回らないだろう。何なら俺の部下を貸そうか?」

「結構です!昼間であれば、近くの村から手伝いが来ますから!それよりも、ヒルデ様をお待たせしています!早く行きましょう!」

 おお、とラルフは手を打ってとぼけたことを言った。

「そうだった。主を待たせる家臣というのは良くなかった」

「今それを言いますか⁉ご自身がヒルデ様の第一の家臣だというならば自覚してください!」

 最初の取り澄ました顔は見る影もなく、可愛らしく怒っているペトラを相手にラルフはむしろ生温かい目を向けた。子ども扱いされていると分かったペトラは顔を真っ赤にして、キッと睨む。

 これはもう一言きつく言わねばならない、とペトラが口を開きかけたその時、暗がりから手燭を携えたヒルデが姿を現した。二人の様子にヒルデは呆れ顔を向けた。

「何やら騒がしいと思えば何をしているのだ、お前たち」

「ヒルデ様⁉申し訳ありません。この男が突然散策したいなどと申しまして、このようなことに……」

 恥ずかしいところを見られたと思ったためかペトラの最後の言葉は消え入りそうだった。一方のラルフはというと鷹揚に構えて、白々しく言った。

「まあ、許してやれ。配下のつまらない失態は許すのが上の度量というものだ」

「もとはと言えばあなたのことなのに、なんでそう偉そうなのですか⁉」

 ラルフの勝手きわまる破綻した論理にペトラは目を剥いた。ラルフが肩を竦めると、ヒルデは笑みを零した。

「ふふ、ペトラがここまでむきになるのは珍しいな。これはいいものを見た」

「ヒルデ様!」

 咎めるような目をペトラが向ける。幼さもあって、怒っていても彼女の愛嬌がどうにも微笑ましい気持ちにさせてしまう。ヒルデは優しくペトラの頭を撫でた。くすぐったそうにするペトラに目を細めて、一応はラルフに注意をした。

「だが、ラルフ。ペトラは私の可愛い妹分だ。あまりいじめるのは感心しない」

「これは失礼。あまりにいい反応が返ってくるものだからついな」

「どういうことですか⁉」

 ペトラの抗議をさらりと受け流して、ラルフは促した。

「さて、立ち話もなんだ。本題に入るとしようか。これからの指針について」

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