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苦境からの勝利

 オルティアの騎兵による追撃を振り切り、敗北した帝国軍はカマラに立て籠った。

 追撃の騎兵隊と合流したエリックはヒルデと固い握手を交わし、

「お見事でした」

 と短い一言にこれ以上ない敬意を籠めてエリックはヒルデを讃えた。

「こちらこそご協力ありがとうございました」

 己の力で勝ち取ったと胸張れる勝利の直後だ。感謝を述べるヒルデの表情は晴れやかだった。

 エリックはにこやかな笑みで返し、傍らに立つボルドに温かい言葉で労うとボルドは頬を緩めた。言葉にはせずともその態度一つで良き関係が築けたのだろうとエリックは嬉しく思った。

 そして、改めて情報共有を行った後、エリックはヒルデに問うた。

「さて、どうされますか?」

「敵の数は多く。守りは健在。となると取れる手段は多くない。そうでしょう?」

 その答えに「ええ、そうですね」とエリックも同意を示した。

 城には一万数千の兵が詰め、防備は万全。攻めるに難しく、無理攻めすれば被害が大きくなるだけなのは明白であった。

 連合軍は包囲することにした。

 ただ、無策という訳ではない。時間が味方するのは連合軍の方である。実際、日に日に味方が増えるのは連合軍の方だった。

 何をするでもなくただ退屈そうに城を眺めるエリックにふとカレンが尋ねた。

「一つ確認してもいいですか?」

 エリックは椅子を揺らしながら「いいよ?」と答える。

「成功したからよかったものの、失敗したらどうされるおつもりだったのです?」

「いい質問だね」

 エリックは笑って言った。

「けど、すまない。大尉の求める答えが出ないのは心苦しいが、答えは状況次第としか言えないね」

「……それはそうですけど」

 カレンが嫌そうな顔をすると、エリックは「そんな目で見ないでくれ」と意地悪い顔で言ってから説明を始めた。

「そもそも隊を分けることは一定の危険性を持つ。成功すれば挟撃により敵を撃破できるが、失敗すれば各個撃破だ。数が少なくなったところを敵に狙われた事例は決して少なくない」

「……はい」

「では、問題だ。もし隊を分けなければいけないとして、各個撃破を防ぐ方法は?」

「……密な連携、ですか?」

 エリックは嬉しそうに手を叩いた。

「その通り!よく答えられたね」

「……あまりバカにしないでいただけますか。私も軍人の一人です。それにその問い自体、オルティアの戦いで何度聞いたと思っているんですか?」

 エリックは首を捻りつつ「三回、くらいかな……?」と答えると、カレンがうんざりしたようにため息を付きながら言った。

「……十回はあります。オルティアからの襲撃がある度に言っていたことを覚えていなんですか?」

 エリックは宙に視線を彷徨わせ、そして一呼吸して「それはそうとしてだ」と白々しく話を進めた。

「彼らはその騎兵の速さを使って、遠く離れた部隊でも連携を取っている。彼らの神出鬼没たる所以はその広い情報網と機動力、そして連携力にあるわけだ」

 無言でジト目を向けるカレンから視線を逸らしつつエリックは続けた。

「さて、今回に当てはめてみると、どうだろう。優れた機動力を持つ騎兵隊と騎兵を使った情報伝達。なおかつ、リンド地方の情報網を使った戦況把握に情報操作。これだけあれば、早々敵に不意をつかれることはない。そうは思わないか?」

「それは……」

「仮にもし何か予想外なことが起きたとしても、少し耐えればすぐに合流可能だ。騎兵隊の方は自分から好んでぶつからない限りはその速度で逃げ出すことは容易だしね。そもそもにおいて私たち本隊さえ無事なら、危険性の低い作戦だったんだよ」

「……」

「多分ね」

「多分⁈」

 素っ頓狂な声を上げたカレンにエリックはからかうように笑ったのだった。


 連合軍がカマラに立て籠る帝国軍を包囲して数日が経った。帝国軍が動く気配はない。守りを固め、いつか来る連合軍の攻撃に対し静かに備えている。

「すごい勢いで増えていくねえ」

 日に日に数を増やしていく連合軍の様子にクララは感嘆の声を上げた。新たな増援で包囲陣は大きくなり、二重、三重と包囲を固めていく。遠くから見れば、巨大な大蛇が城をその身で城を締め上げんとしているように見えたことだろう。

 ヒルデは皮肉な笑みを返した。

「数にして五万に迫るような勢いだ。聖戦が始まる時よりも終わる時の方が増えるのは後にも先にもあるまい」

 今回現れた増援の多くがこれまで不参加だった貴族たちであった。連合軍の勝利が固いことを知った彼らは勝者におもねるべく慌てて参戦し、旗幟を明らかにすることにしたのである。

 正直言えば、その在り方はヒルデの好むものではない。ヒルデとて、その日和見は単独で戦う力のない地方領主が取れる数少ない手段であるというのは理解している。ただ、何となく性に合わないだけである。

 すると、クララは言葉の端にヒルデの不満を感じ取ったのかもしれない。彼女は不思議そうに言った。

「……難しいことは分からないけどさ。まあ、増える分にはいいんじゃない?」

 目を瞬かせるヒルデにクララは続けて言った。

「だってさ。いなくていいってわけじゃないでしょ?」

「……確かにな」

 と、腑に落ちたヒルデは楽しそうに屈託なく笑った。

「お前の言う通りだ、クララ。折角だ。いっそ帝国軍の腰が抜けるほど増えてほしいものだな」

 その言葉通り、連合軍の数は勢いを増して増えていった。それに伴って、包囲陣も厚みを増していく。城に立て籠る帝国軍は生きの詰まるような思いで見守ることしかできない。

 やがて連合軍という大蛇は城ごと呑み込んでしまうのではないか。それがあり得ないと誰も否定できない恐怖に帝国軍の士気は下がっていく一方だった。

 グラドビッチ将軍は動きを見せなかった。数的不利で完全包囲されている今、彼に打てる手はほとんど残されていない。

 対するエリックやヒルデも待ちの姿勢を変えなかった。優勢であるとはいえ、敵はまだ一万五千を超す軍勢の防御である。力攻めを仕掛けるにはまだ心もとない状況だった。

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