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河川防御①

 帝国軍がディオルシル川に到着すると対岸には連合軍が立ちはだかっていた。

 帝国軍が川を渡るための橋は二つ――もともとあった石橋と急ごしらえでガラック王国軍が作った浮き橋がある。橋を使わず泳いで渡ることが困難である以上、南下するにはどちらかの橋を抑えなくてはならない。

 当然ガラック王国軍も当然備えている。石橋は荷車や切り倒した丸太で作った急造のバリケードによって封鎖されていた。

 そのバリケードの奥にはクロスボウを手にした兵士が待ち構えている。たった一日だけしか準備する時間はなかったが、石橋の幅もさほど広くないこともあって守りの備えはできあがっていた。

 一方、浮き橋の方はというと、連合軍が渡った後も特に破壊されるでもなく利用可能なままで不気味に放置されていた。一応容易に渡れぬように兵の配置はされているものの、道幅も狭く足場の悪さもあって大した防備も作れず、いかにも手薄という感が否めない。

「……この短時間でよくここまで準備したものだ」

 連合軍の軍勢を一望したグラドビッチ将軍は軽く称賛した。

 急造ではあっても帝国軍を防ぎうる河川防御の布陣だった。グラドビッチ将軍の予想では、連合軍は数万もの軍勢の大きさ故に渋滞を起こして川を渡り切れず、抵抗の準備もできず再び帝国軍に蹂躙されるものと思っていた。

 確かに連合軍は夜間行軍を行った分帝国軍より半日分先んじてはいた。しかし、それだけだ。四万もの大軍はその大きさ故に崩れれば立て直すことは難しく、撤退一つにしても多くの困難を伴う。半日の猶予はあってないような誤差のはずだ。それを撤退だけでなく、あまつさえ迎撃の準備もできているのは予想以上の対応だった。

 この追撃で帝国軍の力を大きく削ぐつもりだったグラドビッチ将軍としては目論見を外したと言える。ただ、それでも大局に大きな影響はない。帝国軍はなお有利であった。

「少ないな」

 グラドビッチ将軍が呟く。見たところ、数はざっと一万弱。それもラーザイル軍や他貴族連合軍の姿はなく、ほぼガラック王国軍といった様子だった。

「斥候からの報告によると多くの兵が川を渡って南に向かったということのようです」

 不正確な情報ではあるが、下手な憶測を入れぬよう気を付けて側近は確認した事実を報告した。報告を受けたグラドビッチ将軍は眉根を寄せる。

 報告を事実として受け止めれば、傷の浅いガラック王国軍に後拒を任せ、他は各地で防備を整えるということになるのだろう。だが、本当にそうかと言われれば甚だ怪しいものだった。

 先の戦いで連合軍は敗北を喫したが、それでも再び兵を集結させればまだ数ではギストーヴ帝国軍を上回る。なのに、ディオルシル川の防御で敢えてギストーヴ帝国軍の半数にした理由は何か。いくら他が烏合の衆だからといっても数の有利を棄てるほどか。

「オルティアの騎兵もいないようだ」

「……」

 グラドビッチ将軍の疑念はますます深まった。剽悍な騎馬民族オルティアの騎兵部隊は少数であってもかなり目立つ。実際先の戦いで見せた彼らの突進力は噂に違わぬ威力があった。その姿がどこにもいないといのはやはり妙である。

 グラドビッチ将軍の脳裏に過ったのは罠の可能性だ。不意を突いて予想外の強襲を狙っているのではないか。あの『茶畑の軍師』というエリック・リッカーズならあり得ぬ話ではない。

 実のところ、ギストーヴ帝国軍の戦略上で考えれば、すでに目標達成されている。

 ディオルシル川の以北のリンド地方を占領。そして、連合軍に少なからぬ痛手を与えること。その二点が今回の目標だった。

 帝国軍は一度でリンド地方を手に入れようとは思っていない。一度目で楔を打ち、二度目で多くを奪い、三度目で完全に自分のものとする。それが今後リンド地方を完全に帝国の支配下に組み込むための戦略だった。

 今回の楔はディオルシル川以南の橋頭保になる上に、先を見据えれば、周辺地方貴族の変節を促す材料となるものだった。連合軍の救援も頼りにならず、独力で抗しえぬとなれば帝国の傘下に入るしかないということである。

 グラドビッチ将軍は目を瞑って思考に集中する。

 すでに戦略上の目的は達した。相手が罠を張り巡らせている可能性も高い。かといって、このまま無為に川を挟んでの睨みあいで終わらせるのはどうか。

 敵地での長期間の対陣は補給の面で不安がどうしても残る。長期対陣の備えがないではないが、なるべく早く蹴りを付けるに越したことはない。

 グラドビッチ将軍は目をゆっくり開くと、指示を出す。将軍の命にギストーヴ帝国軍の最前列が動き出す。戦いの始まりだった。


 ギストーヴ帝国軍の第一陣が二つの橋に押し寄せた。ガラック王国軍を指揮するエリックは頭を掻き、すぐに応戦の号令を出した。

 挨拶とばかりにガラック王国軍がクロスボウで矢を放つ。生半可な防具なら容易く貫く威力重視の矢が帝国兵を襲った。

 しかし、ギストーヴ帝国軍は重厚な鉄の盾を前に押し出し、鋭い金属音と共に矢を弾き返した。お返しとばかりに盾の後ろから弓兵が出て矢を空に放つ。ガラック王国軍は盾を掲げ、矢の雨をしのいだ。

 しばらく矢の応酬が続いた。その形勢が明らかになるのはそう時間がかからなかった。

「ぐっ……!」

 帝国軍の兵士が顔を歪める。ガラック王国軍の矢の激しさに応戦する余裕を失い、前進する足は大いに鈍った。

 しかし、帝国兵はそれでも帝国軍の誇る鉄の防備を頼みにじりじりと距離を詰める。時間はかかったが、ガラック王国軍の最前線まであともう一息というところまで迫った。

 しかしその時だった。ガラック王国軍の兵士がいつの間にかバリケードの前で隊を為していた。槍を構え、雄叫びを帝国兵に襲い掛かる。

 剣を向け合う余裕もなく、帝国軍はガラック王国軍に突き崩され、後退する。ようやく立ち直ったころにはほとんど振り出しに戻ってしまっていた。

 一方、もう一つの船橋の方はと言うと、帝国軍にとってなお悪い状況だった。石橋での戦いと同様の矢の応酬があったが、ギストーヴ帝国兵は立ち止まって矢を防ぐことすら難儀する始末。川の流れや戦いの衝撃で揺れる船の上では踏ん張りも効かず、重い鉄鎧の帝国兵は満足に戦えず、川に溺れる者も出始めていた。

 軍が展開できない限定された戦場かつガラック王国軍の固めた守り。ある意味予想できたことだが、ギストーヴ帝国兵の進撃はほとんど阻止される形となった。

 ただ、戦いは始まったが、全軍ぶつかっての戦いではなく、あくまで小競り合いの範疇だった。状況が大きく変わった訳でも何でもない。互いに様子見の段階である。

「さてさて、どうしたものか……」

 数時間先の未来を思いながらエリックはしかめっ面で呟いた。

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