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ウバルド城包囲戦

 ギストーヴ帝国軍の妨害もなく、無事ディオルシル川を超えた連合軍は次なる標的をウバルド城に定めて包囲を開始した。

 確約された功を奪い合うような熾烈な先陣争いが行われ、ドールト公とゼーゲブレヒト公がそれぞれの門前に陣取った。その争いにガラック王国軍は含まれていない。ガラック王国軍は初戦以降、後詰に徹していた。

 特に合図もなく、攻城戦が始まった。一番乗りは自分が手に入れるのだという気持ちが伝わるような攻撃が行われた。

 ただ、今回の攻城戦はいつもと勝手が違った。

「思いがけない抵抗だな」

「……ええ」

 戦闘の様子をヒルデとボリスは眺めていた。

 攻城戦が始まって四日。ドールト公とゼーゲブレヒト公の攻撃は決して手ぬるくはなかったが、それ以上にギストーヴ帝国軍の守備兵の抵抗は頑強だった。

 ウバルド城の規模は小さかったが、入り組んだ地形を利用した特殊な城の構造がその不利を打ち消す効果を発揮していた。城は切り立った崖にあり、周囲からよじ登ることは困難で、門から大軍が来ようとも狭い入口や通路によって一気に通れないように工夫されている。ただでさえ大軍である有利が活かせない守りである上に、連合軍の北上を予期して防備をより固めた状態で待ち構えていた。

 初日、これまでの勝利に驕っていた連合軍の攻撃は一瞬にして頓挫し、続く二日目、三日目ともに戦況の変化はなかった。今まで触れればすぐに砕けてきたようなギストーヴ帝国軍の守備兵とは違って、ウバルド城の守備兵は大軍を前にしても士気は高い状態で維持されていた。

 連合軍は軍議を開いた。

「小城の癖に無駄な抵抗をしよって!」

 ゼーゲブレヒト公が怒声を放ち、大きな拳が机に叩きつけられる。ドールト公はびくっと体を震わせるとゼーゲブレヒト公が無理矢理作ったような笑顔を見せた。

「心配召されるな。無駄な足掻きです。一週間もあればあの城は落ちるでしょう」

 その一週間の根拠を誰も指摘はしなかった。ただ、それでも時間をかければ攻略不可能とは思わなかった。なし崩し的にその方針になろうとしたとき、ヒルデがおもむろに発言した。

「中止されるべきでは?これ以上無駄に時間と被害を増やす必要はない。そう思いますが」

「「「……⁈」」」

 戦意旺盛なゼーゲブレヒト公に真っ向から反する意見に諸将は言葉を失った。ゼーゲブレヒト公がヒルデの言葉に低く応じた。

「なんだと?今何と言った?」

 生意気な小娘の出る幕はない、黙れ。言わずとも伝わる威圧感を前にヒルデは怖気づくどころか不快さに一度眉を動かした。ただ、ゼーゲブレヒト公の反応を予期していたヒルデは極力感情を込めぬようあっさりと返した。

「ならばもう一度。これ以上このウバルド城に構うことはなく、城攻めを中止されては、と申し上げたのです」

「……戦果を挙げるどころか、ここに来て一戦もしていない貴公が笑わせることを言うではないか。――よいか、元来城攻めとは時間を要するもの。一日やそこらで落とせるようなものではない。それに、相手が城で守りを固める以上こちらの犠牲が出るのは当然のこと。これくらい想定の内だ。そんな基本的なことすら分からんとは。それともなにか?臆病風にでも吹かれたか」

 ゼーゲブレヒト公は不機嫌そのものの顔で腕を組んだ後、口の端を歪めて嘲笑うように言った。怒りの感情を徹底的に見下すことで精神の安定を図っているかのようだった。

「……ゼーゲブレヒト公。私が言いたのは、この城を落とす意義があるのかどうかです。見たところウバルド城の備えは万全です。犠牲を承知の上でということですが、その犠牲は果たして成果に見合うものでしょうか?城一つよりも優先させるべきことがあるはず――」

「ただ守りが固いからという理由で、相手を前にしながら見逃せと?バカバカしい。そんなことをすればこの先我が軍は軟弱者の集まりだと侮られてしまうではないか。国元に帰ったときどう評されるか――私にはその謗りは耐えられん。女である貴公には分からぬ話だろうがな」

「……何も退けと言っているわけではありません。本来の目的に沿って――」

「何が違うというのだ。言葉で飾り立てるのは得意なようだが、結局のところ戦わぬということだろう。聞いてあきれる。戦いが怖いのであれば、初めから来なければいいのだ」

 ゼーゲブレヒト公の不協和音ともいうべき言葉の数々にヒルデの目が徐々に吊り上がり始める。ゼーゲブレヒト公の嘲りは着実に効果を発揮し始めていた。怒りで黙然としていると、ゼーゲブレヒト公が精神的優位性を確信したような笑みを見せた。

「旗色が悪くなるとだんまりか。その場の思い付きで場を乱すなど迷惑極まりない。――貴公は女らしく大人しく後ろで見ているといい。いくら邪魔とはいえ、口さえ開かなければ飾りとしてならば役に立つだろうよ」

「……ゼーゲブレヒト公、そこまでにされよ。私とて限度がある」

 ヒルデが怒りを抑え静かに剣に手をかける。腸は煮えくり返る思いだったが、無論抜き切るつもりはなかった。それをゼーゲブレヒト公がこれ見よがしに指をさして言う。

「ほう、これは面白いことだ。味方に向ける刃だけは持ち合わせている癖に、敵には尻を向けようとする。大したものだな、シューマッハ公。どこまで私を笑わせれば気が済むのかな?」

「ゼーゲブレヒト公‼」 

「お二人とも静粛に」

 スピネッリ大司教の冷たく厳とした言葉で静まり返った。

「お忘れですか?これは聖戦です。信徒が互いに言い争う様を神がお望みだとお思いですか?」

「……失礼しました。熱くなり過ぎたようです」

 ヒルデは謝罪して再び席に着いた。ゼーゲブレヒト公は憮然として目礼だけを返した。

 いったん場の収まりを見たドールト公は噴き出る冷や汗を必死に拭いながら言う。

「シューマッハ公にも理由があるのではないでしょうか、ゼーゲブレヒト公?いかがでしょう?一度聞いてみるだけでも」

「……ドールト公がそうおっしゃるのならばいたしかたありませんな」

 ドールト公がほっと胸をなでおろした。ドールト公はドールト公で難攻しそうな力攻めをこれ以上続けたくない思いもあって、ヒルデの意見が気になっていたのである。

 スピネッリ大司教が目でヒルデを促した。ヒルデはならば、と言って語り始めた。

「そもそも我ら連合軍の目的はギストーヴ帝国軍を追い払い、リンド地方を安定させることです。城を一つ一つ攻め落とすことではありません。――例えば仮にこの調子で一度も会戦することなくすべての地をギストーヴ帝国軍から取り返したとしましょう。目的を達したとして我ら連合軍はそれぞれの地に帰ります。しかし、ギストーヴ帝国軍は健在です。すぐに軍を起こして取り返しに来るでしょう。当然その時我々はいません。遠く離れた国元に帰った我々がまたここに戻ってきたとしても一からやり直しです。結果、往復で時間や金を浪費するだけでなく、厄介な攻城戦ばかりで我々の被害は増えることになります」

 もっといえば、次にこの連合軍が再び結成されることも怪しいものだった。刻一刻と変わりゆく情勢の中で確実と言えるものは何もないのだ。

「確かにそうかもしれません。では、どうするというのです」

 スピネッリ大司教が問う。ヒルデは答えた。

「ウバルド城の守りが固いなら、無理攻めせずに、見張りの兵を配置すればいいのです。背後を脅かされぬよう堅固な野営陣地を築き、二千程度の兵を配置する。そして残る軍で――都市セレーナに向かう」

 おお、とゼーゲブレヒト公を除く諸将が感心したような声を上げた。

「セレーナはここから数日とはいえ、比較的近い距離です。ここから先の移動に困難はありません。また、言わずもがなではありますが、セレーナはドールト公の元支配下でもあります。ウバルド城とは違い、規模の大きい都市ですからギストーヴ帝国に知られていない抜け穴や地下道はいくらでもあるでしょう。それを使えば攻め入る隙は十分にあると言えます」

「なるほど。それは面白い意見かもしれませんな」

 スピネッリ大司教が好意的に受け止めた。その展開は劇的な聖戦の決着を望んでいたスピネッリ大司教の考えに期せずして適うものだった。

「セレーナの攻城戦ならばお任せください。おっしゃる通り、いくつか心当たりがあります!」

 ドールト公が強く応じ、ラッセル中将が、ふむ、と興味深そうに顎を撫でた。

「リッカーズ准将、どうかな?君の意見を聞きたいものだが」

 ラッセル中将がガラック王国の誇る知恵者に話を向けるとエリックはよどみなく答えた。

「まず最初に。シューマッハ公の推察されたギストーヴ帝国の戦略は十分に考えられる作戦ですね。それ相応の犠牲は出すものの、その戦略は確かにギストーヴ帝国軍の目的を果たしうるものだと言えます」

 これまで軍議の席で沈黙を守っていたガラック王国軍の知恵者は周囲が驚くほど軽やかに言い切った。

「そしてその後のシューマッハ公の提案にも賛成です。せっかく我らは大軍なのですから、その利を活かすべきです。よほどうまくしない限り、大軍が維持できる時間は限られています。このウバルド城の攻略に貴重な時間をかけるよりも、敵の主力をどう無力化するか、そこに注力したいところです」

 エリックの太鼓判に諸将は色めきだった。思いがけない決戦の到来と勝利の絵図を垣間見て浮かれたように言葉を交わし合う。その様子に少し悩ましげな顔となったエリックが釘をさすように付け加えた。

「ただ少し気になるのが、都市セレーナに向かったとして、ギストーヴ帝国が素直に応じるかどうか、ですね。なにせ相手は老練なグラドビッチ将軍です。大軍を相手に教科書通りの籠城戦や正面からまともにぶつかるような会戦にはならいないと思います」

 ドールト公がもっともだ、と言わんばかりに頷いた。

「それはそうでしょう。しかし、敵の策をこうして看破した今、大きな不安材料ではないと思いますが、違いますか?」

「ドールト公、くどいようですが看破したわけではなくあくまで推測です。勝利するまで安心はできません。そのためにもギストーヴ帝国軍の動きは常に注視する必要があります」

「おお、流石はリッカーズ殿。隙が無いとはこのことですね。どうかお頼みしましたよ」

 やや強引ともいえる流れで人任せにしたドールト公は、今度は不機嫌な顔を保っているゼーゲブレヒト公に声をかける。

「いかがでしょう、ゼーゲブレヒト公?シューマッハ公のおっしゃる通り決戦に向けて動くのも悪くはないと思いますが」

「……確かにそうですな。皆様が賛成ならば是非もありません」

 普段のゼーゲブレヒト公ならそういった積極策は一も二もなく賛成の一択だが、ヒルデの案を認めるのが癪だったゼーゲブレヒト公は渋々という体で頷いた。

 そんな時だった。方針も定まり、軍議を解散しそれぞれの持ち場に戻ろうとしたタイミングを見計らったかのように報告が入った。

「申し上げます!都市セレーナのギストーヴ帝国軍に動きがありました!」

 連合軍の諸将の間に軽くざわめきが起こった。

「なんと?」

「今更救援に向かいに来ると?それとも何か他に目的があってのことか。いずれにせよ決戦の時が近い、ということですな」

「それで、今ギストーヴ帝国軍はどこにいる」

 その問いに兵士自身が釈然としない顔で報告する。

「それが……北に向かって移動したとのことです」

 諸将の目が揃って点になる珍事が起こった。

 南にいる連合軍を置いて北に向かって行った。――『撤退』。その二文字が諸将の頭に浮かんだのはすぐのことだった。

「がっはっはっは!」

 諸将が戸惑う中、ゼーゲブレヒト公が大笑した。続いて勝ち誇ったような顔をヒルデに見せて言う。

「ということのようだ、シューマッハ公!一戦もせずおめおめと逃げ帰るとはギストーヴ帝国の犬どもも情けないものだが、逃げられてしまったものは仕方ない。折角考えた貴公の案も無駄になったな。恨むなら、ギストーヴ帝国の気弱さを恨むがよい」

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