表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/78

連合軍の進軍

 リーグラント神聖皇国とその援軍からなる連合軍の兵四万。その大軍はガラック王国軍一万五千、ラーザイル連邦軍一万三千、リーグラント神聖皇国軍八千、周辺貴族の援軍が雑多に五千によって構成されていた。

 連合軍は聖地であるアレッシアで神に勝利の誓いを捧げ、北上を開始した。一方のギストーヴ帝国軍二万もその動きに応じるように北上を開始した。

 連合軍の将たちは驚いた。兵力差を見て、ギストーヴ帝国軍が会戦を避けるにしても多少の牽制なり妨害があるものと予想していたのだ。だが、それすらなく帝国軍は引き上げた。

 帝国軍は連合軍の率いる大軍に戦意喪失し、完全に逃げ腰だ。少なくともゼーゲブレヒト公や連合軍の諸侯たちはそう捉えた。

 連合軍は当初の予定通り、進路上にある一番手近にあった城塞に向かうことにした。無視してギストーヴ帝国軍を追えば、背後から食料などの補給路を断たれる恐れがあったためである。

 さしたる妨害もなく連合軍はギストーヴ帝国軍に奪われた城塞の一つに辿り着いた。小さな城塞を前にしてラッセル中将は軍議の席でおもむろに発言した。

「挨拶代わりにガラック王国軍の実力をお見せしましょう」

 ラッセル中将はそう自ら先陣を買って出ると、布陣が終わるや否や城塞に攻撃を開始した。

 ギストーヴ帝国軍が壊したであろう城塞の門扉はろくな修繕が行われぬまま、次なる招かれざる訪問者を迎えた。ギストーヴ帝国の守備兵の訴えるような降伏の申し出は戦功を意識したラッセル中将に黙殺され、守備兵たちは絶望の境地でガラック王国軍の大軍を迎え撃つこととなった。

 結果は火を見るよりも明らかだった。ギストーヴ帝国軍の守備兵五百余りの抵抗虚しく、一万五千ものガラック王国軍の圧力に押しつぶされる形で城塞は半日もかからず陥落した。

「ならば次は私に任せてもらおう。ラッセル殿ばかり戦功を立てさせるわけにはいきませんからな」

 ガラック王国軍に張り合うようにゼーゲブレヒト公が声を上げる。そして、次の標的となった城塞に息もつかせぬ猛攻撃を加え、こちらもまた半日とかからず攻略に成功した。

 あっという間に二つの城塞を落とした連合軍の士気は上がる一方だった。日和見気味だった他諸将も我先にと続くようになる。飢えた狼のように次の獲物を求めて、連合軍は攻略と北上を続けた。

 都市の攻略を終え、四つ目の拠点を取り返し、勝利の宴に兵士たちが騒いでいる夜半。一人離れて思案している様子のヒルデを見つけてエミールは声をかけた。

「浮かない顔ですね」

「そうか?」

「そうですよ。現に今も上の空っていうか、他のことに気を取られているじゃないですか」

 ヒルデは苦笑したが、否定はしなかった。

「もしかして先のゼーゲブレヒト公の采配のことですか?確かにあれには驚かされました。我らシューマッハ軍、一切の手出し無用とはね。手柄を俺たちに立てさせたくないのか、自分で独り占めしたいのか。いずれにしても露骨すぎですね。被害がないのはいいですが、このままじゃあ、ただの遠足です」

「遠足か。言い得て妙だ。確かに今のところ我らはただ聖地巡礼に来ただけだな」

 そう言って、ヒルデは再び遠くに視線を置いた。いつも以上にキレのない返事にエミールは訝しんで尋ねる。

「あの、やはりどうかされましたか?」

「……そうだな。エミール、この戦どう思う?」

「……?どうっておっしゃられても、普通にいい感じじゃないですかね。こうして何事もなく城をいくつも取り返して、連戦連勝。まさに順調だと思いますけど」

「……」

「何か気になることでも?」

 ヒルデは細い顎に手を当てた。

「…………この状況がどうしても腑に落ちない。何か見落としがあるような気がしてならないのだ」

「見落とし、ですか」

 浮かれているとは言わないまでも、状況を楽観視していたエミールは気を引き締めてヒルデと同じく考え込む。ふいにヒルデが確認した。

「ギストーヴ帝国軍の動きは?」

「特に何も。依然変わらず都市セレーナに居座ったままです」

「ここよりだいぶ北。数日かけても辿りつかない位置で未だ滞留し続けている……。すべての城を見棄てるつもりなのか……?」

 その情報はヒルデ独自のものではない。ガラック王国軍もまた同じ情報を持っていた。その日の昼に行われた軍議で全軍に共有されている。都市セレーナに籠もったまま何日も動かない事実をもってギストーヴ帝国に救援の意志なし、と結論付けられたのだ。

「四万の兵を相手にしてびびっているんじゃないですか?そんな変でもないと思いますけどね」

 それが一般的な解釈というものだった。だが、しかし――

「私がギストーヴ帝国の将ならば臆したりはしない」

 一拍置いて、エミールは破顔した。

「そりゃあ、ヒルデ様はそうでしょう。言っておきますが、あなたの度胸は普通じゃないですからね」

「む……。そんなに笑うことはないだろう。――まあ、いい。敵将は誰だか知っているか?」

「名前だけですがね。セルゲイ・グラドビッチ将軍。ギストーヴ帝国で歴戦の将軍で、なんでも『氷雪の狩人』なんて大層な異名の持ち主なのだとか」

「その歴戦の将軍が数多くの国を敵に回してリンド地方に侵攻してきた。援軍が来るのは想定内のはずだ。だというのに、ここに来て何も動きを見せないのは妙ではないか?」

「それは……」

 エミールもヒルデの言う違和感に辿り着いて、首を捻った。確かに言われてみれば、おかしな話だった。相手が行き当たりばったりの人間であればともかく、グラドビッチ将軍は名のある将軍だ。無策の侵攻作戦だったなんてことは考えにくい。

「実は私の父が彼の将軍と戦ったことがあるのだ」

「え?そうなんですか?」

 エミールは驚いた。ヒルデは微笑み、どこか懐かしむような響きで言った。

「何度かな。戦いは父が勝ったものの、実態は痛み分けに近いものが多かったという。父は言っていたよ。ギストーヴ帝国にあの男がいる限り帝国は安泰だ。正直、叶うことなら戦いたくない相手だ、とな」

「それほどですか……」

 ヒルデの父ローベルトは歴代シューマッハ公爵家の中で一、二を争う名将として知られている。その男をして二度と戦いたくないと言わしめた。その意味は重い。ならば今のギストーヴ帝国の動きのなさも別の意味がありそうな気もしてくる。

 しばらく沈黙の時が流れた。しかし、やがてエミールはお手上げと両手を上げる。

「すみません。俺にはさっぱりです。ラルフだったら何か気が付くかもしれませんが」

「ラルフか……。確かに奴なら何か嗅ぎ取れるかもしれんが……」

 ヒルデが大きな息を吐いた。先のガラック王国軍の防衛戦についてもラルフあっての勝利だった。こと戦に関して、ヒルデ以上の将才の持ち主であることはヒルデも認めるところだった。

 ヒルデは口元を緩めた。

「だが、何でも奴頼みというのが癪だな。これ以上あの男に得意顔をさせたくないものだ」

「同感です」

 二人は同時に笑った。

 見たこともない相手の思考を全て読むことは不可能と言っていい。読めば読むほど可能性の無限回廊に迷い込んでしまう。しかし、戦争は思考だけでは終わらない。必ず物理的な衝突がどこかで生じる。そのために一万を超す集団が動く必要があり、その際、何等かの痕跡は必ず残るのだ。

 まずはそれを見逃さないことだ。ヒルデはそう決意したのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ