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血濡れの黄金橋

 ドールト公爵領は成り立ちからして特殊だ。だが、その成り立ちを説明するにはまずドールト公爵領の地理について抑える必要がある。

 ドールト公爵領は一言で言えば、交通の要衝である。ただし、その重要度は世界一と言っても過言ではないだろう。

 ドールト公爵領の治めるリンド地方は北を支配するギストーヴ帝国と南のガラック王国、ラーザイル連邦を結ぶ陸路の中継地点にある。西には湖があるが冬になれば凍って渡れない。東には遥か高く聳え立つ山脈が長々と連なっている。一年の季節を問わず南北を行き来できるリンド地方の重要性が高くなるのも自然なことだった。

 ギストーヴ帝国は求めた。南部諸国の豊かな作物や日用品を。一方、南部諸国は求めた。ギストーヴ帝国の優良な鉄鉱石や石炭を。

 それぞれにないものを手に入れるにはリンド地方を通って運ぶしかない。多くの行商人がリンド地方を通って、物を運んだ。行きには物資を、帰りには山のような黄金を積んでいく様子はこの地でよく見られる名物だった。

 リンド地方の人々の幸せはその経済圏の中心にあって、その富を存分に享受できたことだった。人の集まるところに物と金は集まる。逆もまた然りだった。領主は何もしなくても、税金が湯水のように入ってくるし、住人はそこで生まれた雇用で働き、また貴族や大商人が気前よく払う金で潤った。

 だが、富の集まるこの地は多くの国にとって垂涎の的でもあった。その地を求めて何度も戦争が起こった。

 その侵略戦争に対しリンド地方の領主たちは時に従い、時に味方となる国を呼び込むなど場当たり的な戦争回避に努めた。それが独力で抗しうる力を持たない領主たちに出来る精一杯の生き延びる術だった。それでも他国にその地を蹂躙されることは避けられず、戦争はリンド地方の弱体化に繋がった。

 なお悪いことに戦争が終われば脱走兵や飢えた農民、他国からの流民が徒党を組んで盗賊となった。彼らが狙うのは金を稼いだ行商人だった。力のある大商人は信用できる傭兵を雇ったが、コネのないぽっと出の行商人は度々盗賊の餌食となった。治安は悪化する一方だったが、しかし、その盗賊を取り締まる力は領主たちにはなかった。

 その結果、リンド地方は『血濡れの黄金橋』と呼ばれるようになった。物騒なあだ名だったが、実態としてリンド地方に相応しい名前と言えた。

 アルネスタ歴一一六五年、当時リンド地方の一伯爵領主に過ぎなかったファビオ・ドールトは悩んだ。このまま争いが続けば、リンド地方は何もない荒野となってしまう。

 だが、ファビオは思い切った解決策を見出すことに成功する。それは何か。

 リーグラント神聖皇国に全ての土地を寄進することにしたのである。

 ファビオはリンド地方の他領主たちに解決案を打ち明け、行動を共にするよう呼び掛けた。説得し、同意を得ることに成功したファビオはその代表としてリーグラント神聖皇国に上奏した。そしてそれは驚くほどすんなりと受け入れられた。表沙汰にはできない根回しや暗躍があったのだろうが、それは歴史の闇の中。ファビオが土地を寄進し、神聖皇国は受け入れた。そしてアルネスタ教以外の宗教を認めない条件にファビオはリンド地方の地を神聖皇国から預かることとなった。

 リンド地方はリーグラント神聖皇国と地続きではない飛び地だったが、しかし、アルネスタ教の国家として地位を確立し、一気に安定へと向かった。

 信徒の多い南部諸国は表向きリンド地方を狙い辛くなった。また、ギストーヴ帝国に対してはリーグラント神聖皇国がアルネスタ教の威信にかけて守りに動いてくれる。ファビオの狙い通りだった。

 そして寄進を行った七年後、ファビオの住まう都市アレッシアは教祖アルネスタの奇跡が行われた地として、『聖地』に認定された。干ばつに苦しんでいたところをアルネスタが恵みの雨を降らした――その伝承が生まれると同時に、初代ファビオ・ドールトは聖地の守り人として、爵位を公爵に上げた。以降、ドールト公は神聖皇国の教皇に認められる形で世襲となり、今に至る。

 そんなドールト公の歴史を饒舌に語っていたエリックは締めくくりに入った。

「初代ドールト公爵のファビオ・ドールトは人によってはやや評価が分かれるところかもしれないけど、私は素直に素晴らしいと思うね。自らを守る術として宗教を選ぶなんて流石の着眼点だ。歴史として振り返れば驚きはないかもしれないが、当時の情勢で思いついて実行したことはすごいことだよ。そしてそれは実際功を奏したわけだ。事実、ドールト公爵家は今の今まで残っている。まさに百年の計だね」

「………………はい」

 エリックの被害者というべき相手はカレンだった。上官を相手に自制を利かせているものの、半分以上知っている内容と言うのもあって、食傷気味な様子は隠しきれていなかった。

 馬上で並ぶ二人は、ドールト公の援軍として一万五千のガラック王国兵と共に向かう行軍中だった。道中、暇に飽かしたエリックがその蘊蓄語りを長々と続けていたのである。

 この習慣――歴史や兵法等好きなことを一度語り始めると止まらない悪癖は今に始まったわけではない。オルティア戦役からの付き合いであるカレンはもう慣れていた。そして、その悪癖が発生する理由も知っていた。

「ただ、一概にいいことばかりではなかった。対外的な安定こそできたものの、内政面での苦労は増えたようだ。自分たちの権利を声高に主張する神聖皇国の教会たちには手を焼いただろうね。リンド地方は北と南の中間。経済も文化も宗教も混じり合っている。だが、アルネスタ教以外を認められない神聖皇国は断固として異文化、異教を排除しようとした。最初は色々反発があったみたいだが、さて、今ではどうなっていることやら……。それに旧態然とした軍編成も気になることが多い。恐らく私が思うに――」

「リッカーズ准将」

 カレンが長くなりそうなエリックの言葉を遮って馬を止めた。エリックは苦い顔をした。中断させられたことを気にしたのではない。見て見ぬ振りしようとした現実が付きつけられそうで、それに対する気持ちがそのまま顔に出たのである。

「到着しました。アレッシアです」

 すでに都の門を通っている。アルネスタ教文化圏とはやや趣の異なる街並みをガラック王国兵が指さしながら物珍しそうに話しあっていた。

「……そのようだ」

 不本意そうに言うエリック。カレンは聞き分けのない子供を相手にしているような感覚を覚えた。呆れ混じりにカレンは言った。

「……この後ドールト公や大司教とお会いする約束があるのでしょう?早く先着したラッセル中将の下に向かってください。我らの宿舎とは別の道であることは准将もご存知のはずですよね?ラッセル中将がお待ちですよ」

「……そうだろうか?」

 エリックの意味のない抵抗をカレンは「そうです」とあっさりと切り捨てた。

「しかし、例の騎兵隊にも声をかけたいんだがね。慣れぬ地の初任務。遠方よりもはるばる来てくれたんだ。一言話でもしようと――」

「准将閣下」

 エリックは降参したようにため息を付いた。

「いつまでもだらだらと先延ばしにするよりはさっさと終わらせるに限る、か。逃げられるものでもないしね。悪かった、大尉。君の言う通り、すぐに向かうとしよう」

 エリックは肩を落として、億劫そうに頭を掻いた。貴族への挨拶は彼の苦手とするところであった。彼の悪癖の原因は現実逃避であることがほとんどなのである。

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