ハサキール攻略⑤
ラルフが陣営に戻った後、攻城戦の準備が進められているのを見てヴィンター子爵はいぶかし気に家臣に尋ねた。
「どういうことだ?奴は本当にあの戦力で我が城を落とそうというのか?」
「は……。恐らく……」
家臣としても半信半疑だったが、実際敵の兵力三千が東門の前に並んでいる。状況から見ても、攻略のための準備であることは間違いない。ただハサキールの兵が動かぬよう見張りをするためならば、遠巻きに見守れば済む話だった。
「東門に全兵力を集中すれば勝てると……?奴はそう考えているのか」
他の各方面には兵の影は全くなく、また隠れられるようなものもない。敵の布陣からは三千の兵全てを集中投下することで一気に突破を図っているように見えた。
家臣も同じ思いだった。一応、家臣は頷きながら事実を言ってみた。
「実際、東門は他の門よりは薄く、また水堀もなければ城壁も他の方面に比べて高くありませんからな」
「それはそうだが……」
もともとハサキールは西から来るガラック王国軍に備えて防備を厚くした経緯がある。したがって攻撃の激しくなりやすい西側に対してザストール川を挟んだ東側はまだ守りが薄い。ただ、それもあくまで西側と比較してである。ハサキールの守りが固いことは疑う余地はなかった。
まだ他にあるのだろうか。見落としている何かが。
ただその疑念はそれほど大きくなかった。ヴィンター子爵が感じたラルフの印象は調子のいい生意気な傭兵隊長であり、こちらの予想を超える奇策を――それこそガラック王国を撃退したヒルデ・シューマッハのような奇跡を起こすような人間には見えなかった。
「ひとまずのところ昨日の布陣通り東門に戦力を集中しろ。他は少数で構わん」
流石に三千が東門全てに攻めかかってくれば、兵力をこちらも増やさなければならない。城壁があると言っても、守る数が足りなければ効果もそれだけ薄くなる。ヴィンター子爵の兵力は二千。敢えて敵のいない門に兵力を割いて遊ばせる理由もないことを考えると、万全を期すために兵力集中は彼からして妥当な判断だった。
ヴィンター子爵は思い出したように指示を付け加えた。
「市民兵は別だ。下手に敵に近づけて、いきなり裏切られても困る。奴らは他の門に適当にばらけさせて、警備にあたらせろ」
理由は一つ。本心ではヴィンター子爵を快く思っていない市民兵を連れて行くといきなり背後を狙ってくる恐れを感じていたからである。
「他の門が市民兵主体でよろしいのでしょうか?手薄になりませんか?」
家臣の恐る恐るかけた質問にヴィンター子爵はうんざりとした顔で顎をシューマッハ軍に向けた。
「あれを見ろ。敵は東門だけしか布陣していない。もし仮に他の門に向かおうとすればザストール川を渡らねばならん。だが、奴らの様子を見れば舟の準備はなさそうだ。南門に行くにしろ北門に行くにしろ、橋や船を持たん奴らが渡るのは容易ではあるまい。奴らの攻撃は東門だけだ。そう考えて問題はないだろう」
「確かに……承知いたしました!」
指示を受けた兵士が伝令のために走る。戦いの始まりはもうすぐそこであった。
準備を終え、持ち場で待機するハサキールの兵士たちは固唾を呑んだ。ラルフ率いるシューマッハ軍も準備は整っていることは一目瞭然だ。シューマッハ軍もまた表情に緊張を走らせてその時が来るのを待っている。
互いの兵士たちの緊張が高まり、異様な静寂があたりを支配した。少しのきっかけで、崩壊しそうな危うさをはらみ、だが、誰も自分からその静寂を破ろうとはしなかった。
ラルフが僅かに前に出た。
「攻撃せよっ‼」
「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ‼」」」」
ラルフの号令によって戦いの火ぶたが切って落とされた。
シューマッハ軍が盾を頭上に掲げて吶喊し、城壁に押し寄せる。
「敵は戦いというものを知らないのか……?本当にそのまま突っ込んで来るとは……」
一瞬衝動的に警戒を呼び掛けようとしたが、待てよ、とヴィンター子爵は思い直した。冷静に考えてみれば、悪い状況ではない。
相手が愚直に攻めてくるならば、こちらは守りの固さを活かして対応するだけ。総攻撃が終われば、残るのはシューマッハ軍の死体の山だ。
「ははは!愚かなり、ランドルフの小僧!それほど血を流したければ、存分に流すといい!――そら、お前たち!こちらは二千!敵は三千!守る我らが圧倒的に有利だ!奴らに絶望を味あわせてやれ!」
「「「おおおおおおお‼」」」
「矢を放てええぇっ‼」
ハサキールの兵士が矢を眼下に押し寄せるシューマッハ軍目掛けて矢を放つ。シューマッハ軍も負けじと射返すが、高所から放つ矢の方が威力は段違いだった。
ただ、その間シューマッハ軍歩兵たちは城壁真下にたどり着いた。その中に一際目立つ大男――ポールが大槌を肩に担いで門前に立った。
樫の木で造られた門扉は分厚く、丈夫そのものだ。表面には薄い鉄板が張られ、鉄の鋲が等間隔に打たれている。生半可なことでは破れそうにもないことが見て取れた。
「あいつ……まさか……?」
ハサキールの兵士が目を見張っていると、ポールは担いだ大槌を脇に構えて溜めの姿勢を取った。
「せええええええええええええいっ‼」
カッと目を見開いてポールは大槌を振りぬいた。重量のある大槌が門扉にぶち当たって、轟音と地揺れでも起きたかのような振動がハサキールの兵士たちを襲う。
ただ、当の門扉はびくともしなかったようだった。表面上は薄い鉄板がへこみを見せた程度でしかない。
「……あれ?」
「バカ野郎、ポール!今回はちょっとやそっとじゃ壊れねえだろうから、やんなくてもいいってラルフが言ってただろうが!」
「あー、そうだったか?悪い、悪い」
大して悪びれもせずポールはのんびりと頭を掻いて戻っていった。
ほっと安心したのはハサキールの兵士たちである。まさかとは思いつつも、ポールならばやりかねない気迫を感じたのだった。実際、小さな城であれば容易にその一振りで破壊されていただろう。
一早く我に返ったハサキールの指揮官の一人が発破をかけた。
「何をしている!あいつを狙え!狙うのだ!」
矢と投石の豪雨が再び起きる。シューマッハ軍は一層身を縮こませて盾の内側に籠った。ひとしきりやんだのを見て、シューマッハ軍も反撃の矢を放つ。すでにある程度近づいていることもあって、梯子をいたるところで城壁に架けていく。
架けた梯子はもちろん城壁の上に登るためのもの。シューマッハ軍は続々と梯子をよじ登って、城壁に取りつこうとする。
「ふりおとせ!奴らを地べたへ叩き落すのだ!」
ハサキールの兵士たちも黙って眺めているわけにはいかない。架けられた梯子は壊そうとするし、シューマッハ軍が梯子を登っている間、両手の塞がったシューマッハ軍は格好の的である。一方、そうはさせじとシューマッハ軍も地上から矢を放ち援護をするが、依然高所にいるハサキールの方が優位であった。
珍しくヴィンター子爵の気分は戦いで高揚していた。彼自身の戦の経験はさほどなく、直近では小さな盗賊退治くらいだった。自分が大将として指揮を執るのは初めてである。
最初緊張こそしていたが、自軍優位の状況にそれも忘れた。実際に敵軍が攻めあぐねている様に心躍り、半ばはしゃぐように陣営を駆け巡っては、自軍の兵士に檄を飛ばした。
「勝てる!勝てるぞ!見たことか!ガラック王国軍なぞいずとも、この私の優れた指揮があればどんな敵が来ようとも負けるものか!この城を落としたくば万の兵を持ってくるがいい!」
ヴィンター子爵はそのように興奮たっぷりに豪語した。
緒戦だったが、ヴィンター子爵はその手応えに勝利を確信した。そもそもハサキールの兵は二千。東門の守備は千五百手前。相手が三千いたとして、ハサキールの防備の固さもあれば余裕で対応できる。愚直な城攻めであれば負ける道理はない。
しかし、異変はその五分後に起こった。
「……なんだ?川から何か来るぞ?」
異変に気が付いた兵士の一人が声を上げた。不審に思って川上の方へ目を凝らす。つられて近くの兵士たちもその方角に視線を送った。
視認に成功した兵士が驚きの声を上げた。
「舟が!舟が来るぞおおおおっ!大量の小舟がこっちに来る!」
「なんだと⁉」
ザストール川の川上から筏や小舟の群れがハサキールの方へ流れてくる。人影はない。だが、ゆるやかに川の流れに乗って、都市に入る手前で張った鎖に引っかかって止まる。それが折り重なるようにたまっていった。
見れば積載されているのは大量の藁と木の束のようだった。何の目的があってか、どの船や筏にも同じように積まれている。
それだけだった。戸惑っていたハサキールの兵士たちは何もないことが分かると安心したように笑った。
「何のつもりだ?川が封鎖されているのは見れば分かるだろうに」
「俺たちに藁と木の束の贈り物ってか!ははは!何がしてえんだあいつらは!」
だが、その答えはすぐに分かった。
「火を付けろぉおおおおっ!」
シューマッハ軍の兵士たちが船に目掛けて松明を投げ込み、あるいは火矢を放つ。藁に火が付いて船が燃える。
それだけではない。猛烈な煙も一緒になって発生したのだ。ハサキールにとっての不幸は煙の発生源がちょうど風上だったことにある。都市の方へ流れてきた煙が城壁の兵士たちを巻き込んだ。
「さあ、続きだ!奴らにもういっちょ浴びせてやれ!」
その号令とともに燻された草木の塊が次々とハサキールに投げ込まれてきた。立ち込める煙がハサキールの兵士たちを苦しめる。吸い込んでしまった煙にハサキールの兵士たちは咳き込みながら、飛び込んできた草木の塊を剣に引っ掛け、あるいは蹴り飛ばして城壁の外に投げ返した。しかし、立ち上る煙はしつこく付きまとい、またシューマッハ軍も嫌がらせのように何度も投げ返してくる。
「口元を抑え、姿勢を低くしろ!煙がある限り、シューマッハ軍の奴らも簡単には近づいてこれんはずだ!まずは自分の体勢を整えるのだ!」
ハサキールの兵士たちは涙目になってその指示に従った。
「大石を持っている者は舟の方に向かえ!石を投げ込み、舟を転覆させろ!」
早く舟を潰せば、船に積んである木々も一緒に川の中に沈む。煙の発生源を断つための指示であった。
慌ただしくハサキールの兵士たちが動いていると、煙の向こう側から声が飛んできた。
「よおおおしっ!今の内だ!破城槌を持ってこい!そいつでここをぶち破るぞ!」
シューマッハ軍の喚声がそれに応じた。ヴィンター子爵は焦った。
大槌で門扉を破壊しようとしたポールのことがヴィンター子爵の脳裏に焼き付いている。それ以上の破壊力を持つ、破城槌なんてものを使われでもしたら今度こそあの門は持たないのではないか。
「いかん!なんとしても奴らを門前に取りつかせるな!守りを門前に集中させろ!見えなくても構わん!矢をありったけ放てえ!」
川の方に向かいかけていたハサキールの兵士たちがその命令に慌てて従った。視界の開けぬ煙の中に矢を放ち、石を投げる。シューマッハ軍の頭上に浴びせようと熱湯を取り寄せては鍋をひっくり返した。
相手がどうなっているかは全く分からない。聞こえるのはシューマッハ軍の雄叫びばかり。その声が聞こえる限りは安心ができなかった。兵士たちはただ必死に自分たちのできることに専念した。
やがて、少しずつ煙が晴れていくと兵士たちは愕然とした。
門の前にいると思われていたシューマッハ軍の兵士は誰一人としていない。ではどこにいるかと言えば、城壁の下でにやにやとハサキールの兵士たちを見上げている。
「くそっ!たばかられたか!」
「気にすることはない!奴らのにやけ面は気に喰わんが状況は何も変わらん!このまま追い払うぞ!」
「「「おおおおおおおおおっ‼」」」
だがその時、ハサキールの兵士たちに予想外のことが起こった。いや、起きていた。
目の前で続いている戦闘とは別に、ハサキール都市内を走る兵士たち。その数およそ五百。決して少なくない集団が目指す先は東門だ。誰にも憚ることなく、まっすぐに彼らはそこを目指した。
ハサキール都市内にあるザストール川を渡る唯一の橋を先頭の男が踏み入れた。
東門を守るハサキールの兵士たちが気付いたのはまさにその時であった。煙が晴れ、視界が開けた中にやってきた集団。あれは何か。
不審に思って目を凝らせば、そこにいるのは――ハサキールの兵士ではない。
「敵兵‼敵兵いいいいいいいいっ‼城内に敵兵が侵入うううううっ‼」
「なんだと⁉」
シューマッハ軍だ。気付いた者は顔を真っ青にした。そしてそれはハサキールの兵士全体に波及した。
「旗を掲げろ‼」
橋からなだれを打って押し寄せてくるシューマッハ軍兵士たちはここで初めて己の存在を明らかにした。シューマッハ軍であることを示す剣の紋章が高々と掲げられ、否応がなく、今の状態が幻ではないことをハサキールの兵士たちに認識させた。
「なに⁉奴らいつの間にこちらに入ったのだ⁉」
答えはない。ただ現実がそこにあるだけである。
一番前でシューマッハの兵を率いて走る青年が戸惑うハサキールの兵士を切り伏せながら、その剣を前に突き出す。
「さあ、突っ込みやがれえええええっ‼」
混乱するハサキールの兵士を相手にトーマスは遮二無二突っ込んでいった。トーマスが剣を荒々しく縦横無尽に振り回しながら、ハサキールの兵士を圧倒する。型のない剣技は見栄えは悪くとも、力技から繰り出される威力はハサキールの兵士たちを大いに怯ませた。
「不死身のトーマスとは俺のことぉおっ‼死にてえ奴はかかってきやがれってんだ‼」
はりきるトーマスの後ろでシューマッハ軍の兵士たちが囁きあう。
「トーマスの野郎、調子に乗ってやがるな。不死身だってよ?聞いたことあるか?」
「ないない。二日酔いのトーマスなら何度も見たことがあるんだけどな」
「ははっ。違いねえ。野郎、今回別動隊を任されたのがかなり嬉しかったみてえだ」
「おい、そこっ!聞こえてるぞ!後で絞めてやっかんな!」
ヴィンター子爵はその騒動から離れたところいたこともあって、状況が掴めていなかった。
「なんだ⁉何が起こった⁉」
応じる家臣の声も動転していた。
「城内に敵が‼どこからか侵入した模様!背後を突かれました‼」
ヴィンター子爵は卒倒しかけた。侵入とは何か。侵入されぬようにここを守っていたのではないか。しかし、それが少数ならまだ抵抗しようもある。気力を振り絞って、半ば期待を籠めて確認した。
「数は⁈」
「数百はいます!」
「数百⁈」
ヴィンター子爵は衝撃のあまり腰が砕けて、その場にへたり込んだ。
なぜだ……!
確信していた勝利が白紙に戻り、ヴィンター子爵の頭も同じく真っ白になる。その間にも状況は一気に悪化していく。
城外のシューマッハ軍もその騒動に呼応して、再び梯子を登り、攻撃を開始した。
城外だけならまだしも、城内の対応もあるとなると状況は最悪と言って良かった。
前後を挟まれ、退路はどこにもない。浮足立つハサキールの兵士たちに悪魔の呼びかけが待っていた。
「ハサキールの兵士たちよ!勝負は既に決した!降伏せよ!我らは同じラーザイルの同志!主人の義理立てもあろうが、十分に果たしたはずだ!悪いようにはしない!武器を棄て、投降せよ!」
ハサキールの兵士たちの多くもある意味では市民の一人である。市民の感情と同様、ヴィンター子爵への忠誠心がそれほど高いわけではない。組織に属していることもあって従ってはいたが、敗色濃厚となってまで従うほどの気力はなかった。侵略軍でもないシューマッハ軍に無理に抵抗して死んでしまっては死に損というものだった。
彼らは一人一人と武器を落として投降に応じた。その流れは誰にも止められなかった。総崩れとなり、ついにはハサキールの兵士のほとんどが戦闘を諦めた。比較的最後まで残っていた他の家臣たちも流石に無謀と悟り、その流れに倣った。
続々とシューマッハ軍が城壁を登り、あっという間にハサキールの東門は占領されてしまった。ついにはヴィンター子爵だけがどこにも行けず、孤立することとなった。
多勢に無勢。ヴィンター子爵は抵抗虚しく捕らえられた。
縛られたヴィンター子爵の前にラルフが悠然と姿を現した。
呆然自失としていたヴィンター子爵は力なくラルフを見上げた。悪夢を見ているような感覚に陥っているが、夢ではない。縛られた縄の痛みが現実であるとヴィンター子爵の敗北を無慈悲に突き付けている。
「何をしたのだ……?たった三千の兵でなぜこの城が落とされた……?」
ラルフはヴィンター子爵の前に椅子を取り寄せて、足を組んで座った。
「何、簡単なことだ。門を通って入っただけのこと」
「門を通って……?」
ヴィンター子爵は僅かに目を見開いて、
「東門は破られていなかった……。とすると……」
ヴィンター子爵は首だけを動かして周囲を見渡した。その目が拘束されていないハサキールの市民兵を捉えて、ラルフの言わんとする意味を察したヴィンター子爵はがっくりとうなだれた。
「裏切りか……」
「そうだ。無理に自分でこじ開けるより、内から開いてもらった方がよっぽど楽だ」
「だが、分からぬ……。お前たちは全ての兵力を東門に集中させていた。いつの間に他の門に兵力を振り分けた」
当然の疑問。他の門を攻められる恐れがないからこそ、ヴィンター子爵は東に兵力を集中させたのだ。
その疑問にラルフはあっさり答えた。
「それは舟だ」
「なに?」
ラルフは不敵な笑みを浮かべて種明かしをした。
「川から流した大量の舟と筏。あれはもちろん壁上にいるお前たちの目くらましでもあった。だが、それだけが狙いじゃない。城の手前でたまった舟と筏――あれは浮き橋を作るためでもあったんだ」
「橋、だと……?」
折り重なった舟や筏は足場となってザストール川を渡るための浮き橋となったということであった。思いもしなかったことにヴィンター子爵の目は丸くなる。
「この城の周囲は見晴らしがよく、伏兵がないことは一目瞭然。南や北門は、ザストール川の西側。我が軍にとっては川向こうにあり、準備もなく川を渡るのは不可能だ。我が軍の兵数は少なく東に兵力を集中させれば、お前たちもまた多くの兵を東に寄せることは容易に予想できた。それを逆手に取っただけのこと。煙でお前たちの目がやられている間に急造の浮き橋で兵五百ばかりで川を渡り、内側からこちら側についた市民兵たちの力を借りて守りの薄く、距離の近い南門から潜入した。後はお前の知る通りだ」
事前に知っていて注意深く見れば、発見は可能だったかもしれない。だが、周囲一帯に広がる煙幕と予想外の妨害によって生じた混乱、間隙をついての再攻撃の可能性、戦場で飛び交う雄叫び――様々な要因がラルフの別動隊から目を逸らす結果となった。
「そんなことが……」
うめくようにヴィンター子爵は呟いた後、「掌の上で踊らされていたと、そういうことか……」と力なく俯いた。
今回の戦いの全容を語り、敗者への興味を失ったラルフがその場を後にした。
「どうします?」
後から追ってきた部隊長の一人がラルフに確認した。ラルフは簡潔明瞭に答えた。
「殺せ。我が主よりそう仰せつかっている」
「承知しました」
生かす理由もない。これは裏切り者に対する一種の見せしめでもあった。家臣を含め、主だったものを殺すように命じた後、ラルフは勝ち鬨をあげた。
「さて、祝勝だ!今宵は盛大に羽目を外せ!」
こうしてラルフは攻撃を開始してから僅か半日でハサキールの堅城を落としてしまった。