ハサキール攻略④
翌朝、シューマッハ軍の中から一人の男がハサキールの東門前に姿を現した。
ラルフである。ラルフは矢の届かぬぎりぎりの位置まで馬を進めると、弓に矢を番えて見守るハサキールの兵士たちに向けて大音声で言い放った。
「ハサキールの民たちよ!俺の名はラルフ・ランドルフ!ヒルデ・シューマッハの第一の臣である!お前たちの主の軽率な行動でガラック王国の支配に組み込まれ、さぞ不安に感じているだろう!安心しろ!我が軍が今にお前たちを解放してやる!」
その声は聞くものすべての心を痛快にさせる響きがあった。兵士の中には興奮で声を上げようとした者もいたが、上官に睨まれて何とか思いとどまった。
だが、都市内の住民たちまでは止められなかった。住民たちは自信に満ち溢れたラルフの声に沸き上がった。一躍時の人であるヒルデ・シューマッハの軍が目の前にいる。当のヒルデがいないにも関わらず、この熱量はすさまじい人気の表れと言えた。
住民たちの歓声を満足げに聞いていたラルフは再び大声で呼びかけた。
「さて、手短に言おう!オリヴァー・ヴィンターよ!降伏せよ!そうすれば命だけは助けてやる!それが我が主ヒルデ・シューマッハの恩情だ!一戦もせずラーザイルを裏切った卑怯者にこれ以上ない慈悲だとは思わぬか!」
返事はなかった。さして期待もしていなかったラルフは続けて楽しそうに野次を飛ばした。
「こちらの配慮を無視し、奥に籠るばかりで返事もできぬか!まあ仕方あるまい!事ここに至って、ラーザイルを裏切ったことが恐ろしくなったのだろう!ははは!分かり切ったことだろうに、大の男が怖くて出られぬとは滑稽だな!これほど立派な城にありながら情けないことだ!そんなに怖いのならばいっそそこらの野犬に城主を代行してもらったらどうだ!敵が来たら吠えて知らせる分、お前のような臆病者よりもよっぽど様になるだろうよ!」
すると、城壁の上からヴィンター子爵が顔を真っ赤にして出てきた。
「黙れえっっ‼大人しく聞いておれば言いたい放題言いよって、貴様!誰が引きこもりの臆病者か!このうつけものが!貴様こそなんだ⁈ラルフ・ランドルフ⁈知らんな!どこぞの馬の骨とも知れぬ男に俺のことが分かるものか!たわけが!」
「おお、吠える吠える!それこそ犬のように吠える!まさか出てくるとは思わなかった!存外元気そうで安心したぞ!新たな主人はどうだ?てっきりガラック王国に尻尾を振ったはいいが、つい先ほど出て行かれて、見捨てられたのでは、と不安で夜も眠れぬのではないかと思ったのだがな!」
犬扱いされたことに言い返そうとした手前、不意に本心を言い当てられたヴィンター子爵は一瞬怯んだ。
「そ……そのようなこと、ないわ!出任せを抜かすな!馬鹿者!」
ヴィンター子爵の裏返った声がラルフの失笑を誘う。兵士の中にもくすくすと笑う者が現れ、ヴィンター子爵が鋭く睨むと兵士たちは慌てて笑いを引っ込めた。
「その必死さに免じて、この場ではそういうことにしておこう!――では、改めて問おう!降伏の返答やいかに!」
「断る!誰が降伏などするものか!たった三千の兵で落とせるような城だと思われていることの方が心外だ!口だけは達者なようだが、それで城が落とせると思ったら大間違いだ!かかってくるがよい!返り討ちにして、屍の山を築き、貴様の途方に暮れる様を笑ってやるぞ!」
ヴィンター子爵の啖呵に今度こそラルフは大笑した。
「随分と威勢がいいことだ!落城後に見せるお前の顔が楽しみだ!――よろしい!では、一時間後ここを攻める!ハサキールの民たちよ!解放の時までもうしばらく待っているといい!」
自分の陣営に戻ったラルフは笑いかけて言った。
「面白い奴だったな。言っていてこちらが可哀そうになるほど力みかえっていた」
「全くだぜ!あれは見物だったなあ!背をこんなに逸らして、声を裏返させてやんの!こんなだぜ!こんな!」
トーマスがおどけてヴィンター子爵の真似をした。黎明の狼の仲間たちがげらげらと笑う。
「正直、降伏してもらえる可能性を少しは期待していたんですがね」
部隊長が真面目な顔で言った。ラルフは頷いた。
「まあ、無理だろう。命だけは助かっても、財や地位が没収ともなれば受け入れられまい。――ふ。そもそもこの兵力だ。城を落とされるとは思ってもないだろうな」
ラルフはハサキールの方に振り返り意地の悪い顔をした。その後、再びその場にいる面々に呼びかけた。
「さあ、お前たち。後は段取り通りだ。あの駄犬の度肝を抜いてやろう」