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ハサキール攻略①

 自領の平定を素早く済ませた後もヒルデの行動は止まることはなかった。

「ラーザイルに居座るガラック王国軍を掃討する」

 先の戦いでジンドルフ辺境伯領の攻略こそ失敗し、撤退したガラック王国軍であったが、その道中に手に入れた城や砦は依然彼らの支配にあった。また、その支配の中には先の戦いで一戦もせず、ガラック王国軍に寝返った領主もいた。

 当時、ラーザイル西部のまとまりは皆無に等しく、まともな防衛ができる状態ではなかった。自分たちの命と領土を守るために取った選択だ。そのことを思えば同情の余地すらあるだろう。だが、その裏切りを許す訳にはいかない。許せば次侵攻された時には、その前例に倣って倍以上の貴族がその場しのぎのため簡単にガラック王国軍へ靡いてしまう。

 ヒルデはベンヤミン・ジンドルフ辺境伯にも呼び掛けて、ともに軍旅を起こした。ジンドルフ辺境伯に首を振る理由はない。辺境の安定が自領の安全に繋がるのだ。

 ヒルデとラルフ率いるシューマッハ軍とジンドルフ辺境伯率いるジンドルフ軍は合流した。兵数ではシューマッハ軍が六千、ジンドルフ軍が三千。ヒルデの進軍を聞きつけ、集まった他のラーザイル貴族の軍勢が約二千といったところだ。

 合流したジンドルフ辺境伯は自分の孫とさほど変わらぬ年のヒルデに抱擁をもって迎え入れた。

「シューマッハ公。此度の攻略だが、指揮権はあなたに委ねたいと思う。我が兵をいかようにも使って構わない」

 それがジンドルフ辺境伯の最大限の敬意であった。先のガラック王国との戦いで窮地を救われたジンドルフ辺境伯はヒルデをただの小娘とは見ていない。ラーザイル西部の盟主に相応しい力量の持ち主として認めていた。

 しかし、ヒルデはやんわりと断った。

「お気遣いありがとうございます、ジンドルフ卿。軍において指揮権の統一は何よりも優先すべきもの。ですが、私はまだ若輩の身。ジンドルフ卿に指図するような真似は恐れ多くてできません。あくまでこの場は対等としていただきたく思います」

 ジンドルフ辺境伯は事情を汲み取ったように頷いた。先の戦いで名を挙げたとはいえ女性であり年少である彼女には気にすべきところが多い。いきなり他貴族を顎で使うようなことがあれば、いらぬ悪評として広まりかねない。

「わかった。では、表向きはそうしよう」

「感謝します」

 ヒルデは微笑んだ。ジンドルフ辺境伯の誠実な好意は心から嬉しかった。

 ジンドルフ辺境伯自身は優れた将の器を持つヒルデの指揮下に入ることに抵抗はなかった。それどころか先の戦いで勇名をはせた彼女の指揮ぶりをこの目で確かめたいと思っていたほどだ。

 兵力も立場も含め事実上の総大将であるヒルデにジンドルフ辺境伯は尋ねた。

「さて、シューマッハ公。さしあたりどこから攻めるつもりだろうか」

 その問いにヒルデは軽い調子で返した。

「ハサキールです。あそこはガラック王国とラーザイルを結ぶ物流の玄関口です。王国産のよいワインが出回っていると聞きました。初戦の景気付にはいいとは思いませんか?」

「ほう……」

 ジンドルフ辺境伯は思案するように顎を撫でた。

「彼の地はガラック王国軍にとってはザストール川を超えるために必須となる場所。ゆえに敵の備えが最も厚いだろう。城壁も立派で守りも固い。敢えてそこから攻めるというのは何か策でもあるのか?」

 ハサキールはザストール川上にある町である。河川が都市を分断するように流れ、都市それ自体が橋のような役割を果たしている。当然交通の要衝であり、ガラック王国もその重要性を知って度々攻略に挑んだ。結果として、ラーザイル側はその都度防衛には成功した。が、ラーザイル――というよりは時のシューマッハ家は重要性を鑑みて、その都市を守るために城壁など防備を尽くし、容易には落とせぬ城郭都市となったのである。

 それが今ではガラック王国の手にある。理由はハサキールを拠点とするオリヴァー・ヴィンター子爵が亡きペーターの根回しによって、ガラック王国軍の進軍と同時に寝返ったからである。

「ありません。愚直に正攻法とさせてもらいましょう」

「ふむ……」

 策はないと言いながらもヒルデの様子に自信を見たジンドルフ辺境伯は愉快そうに肩を揺すった。

「わかった。それではその愚直な正攻法というのを見せてもらうとしよう」

 ヒルデたちはまっすぐにハサキールへ向かった。

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