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勝利の後

 流れるような動きで綺麗に撤退するガラック王国軍をラルフは眺める。

「ミランダ王の援軍が来たようだ。もう一つの策が無駄になったな」

 エミールに率いさせた五千の兵によるはったりの援軍ではない。それはもののついでに過ぎない。

「ゲールバラのバリスタ全てを持ってこさせることか?最初聞いたときは正気を疑ったがな」

「作るより早いだろう?それにバリスタならばたいした練度も必要ない」

 決定打を掴めず長期戦となった場合に備えて、ラルフはエミールに強力な遠距離攻撃手段を有するバリスタの運搬を頼んでいた。結果、不要となったが、ラルフ自身に拘りがあったわけではない。

 ラルフは尋ねた。

「で?追撃するか?」

 すでに勝利は確定している。更なる戦果を得ようとするならば追撃する手はある。しかし、ヒルデは首を振った。

「いや、やめておこう。こちらの数はまだ少数。相手の行軍は整然としたものだ。そこでこちらが無理に追撃したとしても動じまい。下手に動いて正面切って戦うことになれば危険だ。念のため警戒は続けるが、この戦いはこれまでだろう」

「そうだな。これ以上は無益だ」

 ほとんど無傷で勝利を得たが、最後の撤退する動きは隙一つなく、容易ならざる敵だったと思わざるを得ない。この戦いでは相手をうまく動かしたことは確かだが、果たして再戦すれば勝てるかどうか。

「とはいえ、これほど少数の兵で戦うことはしばらくあるまい」

 ラルフは片頬で笑った。目の前の戦いは終わったのである。今は素直に勝利を喜ぶのが正しいというものだ。

 ガラック王国を無事撃退したシューマッハ軍は晴れてロットシュタットに入場した。

 ロットシュタットの住民たちは今回の勝利の立役者である英雄たちを大歓声で迎え入れた。いつ城を落とされるか分からない恐怖。援軍は絶望的と思われた中に現れたシューマッハ軍はまさに救世主そのものだった。そしてその長であるヒルデ・シューマッハの美しさに人々は感嘆の息を吐いた。

 あれが噂の新しいシューマッハ公爵。なんと可憐で凛々しく美しいのだ。

 ジンドルフ辺境伯はなんとわざわざ自分からヒルデを迎えに姿を現した。ベンヤミン・ジンドルフ辺境伯は額に皺の入った白髪の初老の男だった。長い防衛戦のためか、髪は乱れており、その頬にはやつれが見えた。しかし、その瞳は優しげで噂に違わず民思いの良き領主なのだとヒルデに思わせた。

 城の広場でヒルデが来るのを待ち構えていたジンドルフ辺境伯は、銀と紅蓮の鎧をした赤髪の少女がヒルデであると教えてもらうと、群衆たちの間を縫って、ヒルデの前に現れ、感激したようにヒルデの手を取った。

「あなたがシューマッハ公ですか!ああ……!この度は何とお礼を申し上げるべきか……!」

 ヒルデはにこりと応じた。

「礼には及びません。ジンドルフ卿。私はシューマッハ家として為すべきことを為したまでです」

「そのようなことはない!あの大軍を前に一歩も引かず、敵を翻弄し、撃退に成功するとは思いもよらなかった!まさにシューマッハ家に相応しい働きだった!父君を彷彿させる――いや、それ以上の用兵術は見事というほかない!この度の勝利もあなたがいなければありえなかった!」

「いえ、そのようなことは。ジンドルフ卿こそよくぞ耐えられました。卿が戦い抜いたからこその勝利です」

 ヒルデの謙遜に「おお……!」とジンドルフ辺境伯は感激に声を漏らした。

 民のためとはいえ、ペーター・シューマッハを殺したと噂を聞き、不信を感じていたジンドルフ辺境伯はその疑念を完全に拭い去っていた。なんと高潔で立派な少女なのだ。これこそがラーザイルの名家シューマッハ家の当主だ。

「これほどお若いのになんと素晴らしいことだ!だが、あなたのいなければ、我々の命がなかったのも事実!今宵は宴だ!戦いが終わってまだ片付いていないが、今は忘れて存分に飲み明かすとしようではないか!」

 そう民衆にジンドルフ辺境伯が呼びかけると、一斉に歓声が起こった。その後ラルフ達が大いに酒を飲み、騒ぎまわったのは言うまでもない。

 こうしてロットシュタット城攻防戦は幕を閉じた。


「ガラック王国軍はシューマッハ軍に敗北し、撤退いたしました。」

 二万の兵を自ら率いていたミランダ王シルヴェスターは報告を受けると「そうか」と興味なさそうに頷いた。

「分かった。ジンドルフ辺境伯にねぎらいの使者を送ってやれ。シューマッハ公爵は追って王宮に来るように伝えろ。正式に爵位を与えるとする」

 それだけ言い残すとシルヴェスターは馬首をめぐらせて、帰路についていった。王が帰るのであれば兵士もそれに倣うしかない。ゾルタート大森林をようやく抜けた兵士たちは元来た道を戻っていった。

 シルヴェスターとともに行軍していたバイエルン伯が言った。

「これでヒルデ・シューマッハがガラック王国と繋がっている線は消えましたな」

「ああ」

 シルヴェスターがヒルデに戦いを命じた理由。それはヒルデがガラック王国の手の者か確認するためであった。

 そしてもし本当に裏切っていれば、シルヴェスターはこの戦いでシューマッハ家を完全に潰すつもりでいた。そのために王である自分自身が兵を率いていた。王であるシルヴェスターと公爵家とはいえ十五歳のしかも女であるヒルデ。ラーザイルの諸侯であれば、多少の混乱はあれど最後には間違いなく王を選ぶ。それを狙ってのことだった。

 シルヴェスターは顔を向けず、呟くように言った。

「奴らと繋がっていたならば、ああはなるまい。引き続き監視は怠るな」

「御意」

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