寡兵の戦術①
ガラック王国軍率いるディクソン中将の許に新たな情報が入ってきた。
「シューマッハ軍がこちらに向かって進軍しております!その数およそ三千!」
ディクソン中将は幕僚たちと顔を見合わせた。
「三千か?それ以上でもそれ以下でもないのだな?」
報告した兵士は緊張した顔で頷いた。ディクソン中将は報告した兵士を下がらせて、呟きにしては大きな声で言った。
「シューマッハ軍が来ることも意外だが、たった三千か。それで一体何ができるというのだ?」
「それはもちろん……救援でしょう」
そう幕僚の一人が答えたものの、その顔は半笑いだった。敵を侮れば足元を掬われる。だが、ディクソン中将は窘めなかった。ディクソン中将もまた心中では同じ思いだったからである。
とはいえ、無警戒に城攻めを続ければ、背中ががら空きになる。シューマッハ軍が後一日で目に見える位置に来ると知ったディクソン中将は城攻めを一時休止して、各部隊に警戒を呼び掛けた。
「あともう一、二押しすれば落とせそうなところだったのだがな」
城攻めに手ごたえを感じていたディクソン中将はやや未練がましく呟いた。だが、仕方のないことだと頭では理解していた。一度敷いた布陣を変えるには時間がかかる。相手の兵数も三千より少ないとは限らない。
城の兵士に休息を与えることになってしまったが、攻略は後日の楽しみとすればいい。あのような城、その気になればいつでも落とせる。そう自分に言い聞かせて、ディクソン中将はシューマッハ軍の登場を待つことにした。
そして、シューマッハ軍が姿を現した。報告にあった通り、その兵数は三千といったところだった。
そしてその援軍はロットシュタットで必死に防戦していたジンドルフ辺境伯の兵士たちにもはっきりと目に映った。城の兵士が歓喜で手を叩きあう。昨日、ガラック王国軍が急に引き上げたことを不審に思っていたジンドルフ辺境伯は「シューマッハ軍が来た!忍耐の時はもうすぐに終わるぞ!」と声を大にして触れ回った。
その一方、ディクソン中将はシューマッハ軍を高台から眺めて、首を捻った。
「本当にあの兵力で我らに立ち向かうというのか、無謀だ」
ガラック王国軍は二千の兵を補給路の確保のため兵を割いたとはいえ、それでも兵力は二万三千だ。七倍の兵力差があって、できることなどあるのか。
その答えは少し時間を置いて返ってきた。
「シューマッハ軍はこちらの右翼と中央の間。東南の地点から少し離れた丘に陣を構え始めました」
付近の地図を指し示しながら幕僚は答えた。ディクソン中将は眉を顰めて頷いた。シューマッハ軍の意図するところを理解したのである。
報告した幕僚が続けて言った。
「恐らく我らの城攻めを見計らって背中を襲うつもりなのでしょう。こちらの出方を待つために、あの場に陣を構えたと思われます」
「そうだろうな」
ディクソン中将は鼻を鳴らした。ディクソン中将も自身の目でシューマッハ軍を観察していたが、今すぐ戦いを挑むような緊張感は感じなかった。城の東に位置するのは右翼七千強。南は本体の八千。西は左翼七千。それぞれの軍団単独でも容易に対処できる。
ディクソン中将は全軍に号令を発した。
「右翼と我ら本隊は引き続き警戒しつつも城攻めの再開に取り掛かれ!左翼は警戒を解き、西門を何としてでも落とすのだ!」
ディクソン中将の命令を受けて、ガラック王国軍は再びロットシュタットに総攻撃を仕掛けた。
ガラック王国軍の猛攻を受けてジンドルフ辺境伯領の兵士は怯みを見せた。休息をとっていたのは城兵だけではない。攻略する側もそうであった。特に左翼軍は全力を攻撃に回していることもあって、その攻撃はすさまじく一度は西門を占拠した。すぐに取り返したものの、門は半ば破壊された。
その間、シューマッハ軍に特段動きはなかった。ジンドルフ辺境伯の兵士たちは援軍に来たはずのシューマッハ軍がガラック王国軍に攻撃をいつまでたっても仕掛けないので、不安と焦燥にかられたが、それでも防御を固くして何とかその一日を耐えきった。
そして、その翌朝ついに変化が訪れる。
「昨日は惜しいところまで行った!今日こそあの城を我が軍の手で落としてくれる!」
そう意気込んで左翼の軍団長――ニコラス・シモンズ少将が攻撃の準備に取り掛かったとき奇妙な報告が入ってきた。
「報告します!左翼軍後方に騎兵二百が接近中です!」
「二百?捨ておけ。おおよそ他の諸侯たちが偵察に送っているのだろう。威力偵察として多少の小競り合いはあるかもしれんが、無視してかまわん」
高々二百の部隊に攻略が一日遅れたとあっては、間抜けもいいところである。シモンズ少将はさして悩まず兵士に城攻略の指令を出した。