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戦術

 ヒルデたちはロットシュタットに向かって進軍していた。

「相手は二万五千。こちらは三千。ロットシュタットで籠城しているジンドルフ辺境伯の兵は五千といったところか。正直に言えばなかなかに厳しいものだ」

 夜間の天幕の中、行われた軍議の中でラルフが口火を切った。

「かつては我が領からだけで一万五千の兵を動かしたこともあったのだがな。まあ、ないものねだりしても仕方はあるまい。今ある兵で何とかせねばならないだろう」

 口にしておきながら、ヒルデからは深刻さを感じさせない。

 シューマッハ軍としては五年ぶりの戦だ。それも財を搾取するばかりのペーターの支配が続き、軍事の面は完全におざなりとされていたこともあって兵士の質は目に見えて低下していた。実際の数以上に戦力差は大きいと言わざるを得ない。

 勝利しうるか、という問いがあればシューマッハ軍にいる誰もが首を振るだろう。それほどに戦力差は絶望的だ。だが、ヒルデとラルフ。この二人だけが常と変わらぬ自然体で戦に臨んでいた。

 虚勢でもなければ楽観でもない。どのような困難な事態に対しても確実に事を為すような予感を感じさせるに十分な落ち着きぶりだった。

「こちらは少数ともなれば、正面切っての戦いは避けねばならない。敵方の詳細な情報が必要になるわけだが――ラルフ。現時点の状況はどうなっている?」

 黎明の狼の情報網を利用してラルフはどんな情報も漏らすまいと細かく情報を追っていた。ラルフは机の上に広げられた付近一帯の地図を指し示しながら説明した。

「我らが出陣する前には、ロットシュタットに向かう道中の砦などの障害は全て敵に制圧されていた。大きな問題がなければ、今頃ロットシュタットに到着して城攻めの最中だろう。すぐに落とされることはないだろうが、敵は勢いに乗っている。ロットシュタットも決して防備の固い城ではない。厳しい戦いになっているはずだ」

「相手方の補給路を抑えることは可能か?」

 ヒルデの策は少数で立ち向かう者が第一に考える策であった。

 どのような軍も補給――糧食がなければ、飢えて敗北する。人は一日でも食っていかねばそれだけで弱ってしまうのである。二万もの軍勢の必要とする食料は一朝一夕には用意できない。現地では調達しきれない分は本国から用意する必要があり、その補給を阻止すれば糧食を失ったガラック王国軍はあっという間に瓦解する。

 しかし、ラルフは首を横に振った。

「難しいだろうな。敵は落とした砦を改修して、補給拠点として防備を固めるだけでなく、周囲一帯に睨みを利かせている。移送中を待ち構えて襲えば、嫌がらせ程度に邪魔することは可能だろうが。撤退に追い込むような状況にはならないはずだ」

「その砦を落とすことは?」

 ラルフは即答した。

「三千の兵ではやや厳しいだろうな。ーーこれが簡単な図面だ。見ての通り、奴らが完全に無抵抗という異常事態でもない限り無理だ。攻め落とす間に俺たちがガラック王国の援軍に挟まれかねない」

「そうか。敵も中々に用心深いものだ」

 ボリスは厳しい顔で腕を組んで言った。

「であれば、このまままっすぐ救援に向かう他ありませんな」

 ヒルデたちは頷いた。

「ただ、救援に向かうにしても一つ問題があります。というのも今回の援軍は我ら以外にない、ということです。他の諸侯にも呼び掛けてはいますが、皆己の領土を守る、という名目で新たな援軍は望めません」

「仕方のないことだ。未だ私の素性を怪しむ者も少なくあるまい」

 ボリスは慌てた。

「……⁈何をおっしゃいます!ヒルデ様が怪しいなど誰が思いましょうか⁈」

「いや、よいのだ。むしろやりやすいというもの。続けてくれ」

「……は!」

 ボリスは納得しがたい面もちではあったが、一度咳払いして仕切り直し、ゆえに、と己の案を披露した。

「ロットシュタットの東南。ここの丘に陣取り、城攻めを行う奴らの背後を脅かすのです。たとえ、こちらが三千とはいえ、背後に我らがいる以上敵も城攻めに専念はできなくなります。こちらを無視すれば、城に立て籠る兵士と呼応して挟み撃ちにしてやればいい」

 正面切ってぶつかれば、あっという間に蹴散らされてしまう以上、ボリスの案は牽制を狙う妥当な策だった。

 しかし、ラルフはいや、と首を横に振る。

「大筋の方針としては賛成だ。だが、それでは足りないな。例え相手が俺たちと同数の兵士を警戒に回しても、残る兵士で問題なく城を攻め落とせる」

 ボリスは眉を上げた。

「では、どうする?我らの取れる手はさほど多くはない。これ以上の方法があるとでも?」

「何も俺はお前の全てを否定したわけじゃない。だが、牽制だけでは守り切れないのも事実だ。もう少し工夫を入れる必要がある」

「何か策があるのか?」

 ラルフの言い方から何かしらの勝ち筋を見出している気配を感じてヒルデが面白そうに尋ねる。ラルフは人を食ったような笑みを浮かべた。

「残念ながら策と呼べるほど上等なものじゃない。ただの小細工の積み重ねだ。――要は戦術、と言うやつだな」

「ほう、戦術。僅かな手勢で二万の軍勢を打ち破れると?」

「ここで打ち破らねば、ラーザイルの守護者足りえまい。まあ、見ていろ。このあたりは我らが庭。地の利はこちらにある」

 ラルフの言わんとすることを察したヒルデはにやりと笑って応じた。

「ラーザイルの守護者か。確かにその名を背負うのであれば我らには勝利が必要だ」

 ただ、撃退するだけでは意味がない。勝利を手に入れなければ、若く少女に過ぎないヒルデはラーザイル西部の盟主になりえないだろう。鼻息荒い平凡な一公爵のままだ。

 そしてもっと先の話をすれば、ここで手に入れた勝利は、ラーザイルに轟く名声に繋がり、ひいては――シルヴェスターを殺し、ラーザイルを支配する大きな後押しとなる。

 この一戦にはそれほどの意義があるのだ。それがどれほど困難なことでもやり遂げる価値がある。

「鼻先に餌を突きつけてやろう。うまく食いついてくれればいいのだが」

「お膳立ても必要だ。わざわざ遠方から来たのだ。丁重なもてなしがなければ失礼というもの。さしあたっては俺がエスコートをしてやるとしよう」

投稿後ちょっと自分の言い回しが気になったので、最後の台詞あたり修正しました。

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