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帰路①

 退廷したヒルデは急ぐ気持ちを押さえて、貴族然とした落ち着きをもって王宮を出た。門近くでエミールが馬車を準備して待っていた。

 エミールは主人の帰りに安堵の表情を浮かべ、軽く頭を下げた。

「ご無事で何より。その様子だとひとまず目的を達したというところでしょうか」

「ああ、そんなところだな。無事、仮ではあるが公爵位を認めてもらった」

「それはよかった。おめでとうございます」

 「ありがとう」そう言って、ヒルデが馬車に乗ろうとしたとき、エミールは小声で耳打ちした。

「少しよろしいでしょうか。急ぎ耳に入れておきたいことがあります」

 にこやかな笑顔が最初からなかったように一転して引き締まった顔になっている。容易ならざることがあったらしい。ヒルデは頷いた。

「分かった。ちょうど私の方からも話したいことがあったのだ。お前も一緒に乗るといい」

 馬車の中に入り、エミールが言った。

「実はラルフからガラック王国に不穏な動きがあり、と連絡を受けました。ご用が済み次第至急戻られたし、とのことです」

「そうか」

 ヒルデが慌てるどころか納得を深めたような反応にエミールは少し驚いた顔をした。タイミングとしてはヒルデが王都に出立してすぐのことだ。意表を突かれるようなことだと思っていただけに意外だったのだ。

「ご存知でしたか?」

「いや、私が話したかったのも実はちょうどそのことなのだ」

 ヒルデは玉座の間でのことを説明した後、自身の推測を付け加えた。

「恐らくシルヴェスターはガラック王国の貴族や軍人と伝があり、そこから情報を聞きつけたのかもしれない」

 あるいはもとより侵攻を読んでいたのではないか。二万の軍勢が攻めてくるという一大事を前にあの王の落ち着きようは奇妙だ。

 シルヴェスターの感情一つ読めない冷めきった目を思い出し、ヒルデは首を横に振る。下手な推測は泥沼に陥りかねない。

「なるほど、そんな方法が。俺たちは武器や食料等ガラック王国の物の流れを見張っていたんですがね」

「十分だ。お前たちの領分はラーザイルに留まらないのだな」

「俺たちに国境はありませんから」

 エミールは控えめだが得意げに言った。

「しかし、貴族同士の伝というものがあればその方が早いですね。流石に俺たちはそこまで手が届かない」

「いや、王がどのように知ったかは私の推測に過ぎない。私に言わせれば、お前たちの情報収集能力も並外れたものだ。おかげで確信が持てた。ともかく、今は急ぐとしよう」

 王都の屋敷に戻ってすぐ、ヒルデは身動きしやすい服に着替え、支度を整えると腰を落ち着ける間もなく王都から出た。ヒルデを含め全員が直接馬に乗り、ゲールバラを目指す。一刻でも早く領内に戻りたい状況にもかかわらず、王都から出て一日も経たない内に問題が起こった。

「ヒルデ様。すでにお気づきかと思いますが、この先賊がいる可能性があります」

 馬を休ませるため小休止を取っていると、道中油断なく周囲に目を走らせていたエミールが言った。

「人や馬の足跡とその向き。その新しさから、最近我らより先にこの道を通ったものが多数いるということか」

 クララが笑って頷いた。

「うんうん。馬糞までいっぱいあったしね。あれ避けるの楽しかったなあ」

 「そいつはよかったな」と適当に返したエミールはヒルデに向き直る。

「俺たちが噂をばら撒いてから王都に集まる貴族や商人は確かに増えました。そして噂を確かめるために東西を行き来する人間もそれなりにいるはずです。ただ、この雑多な足跡はある程度大きな集団によってできたもの。それを思うと……」

「……待ち伏せされている可能性が高い、か」

 シルヴェスターの顔がふいに浮かび上がる。ヒルデの公爵位を認めたその口で、暗殺を命じたのであれば大した役者だ。それともあるいは他の勢力が絡んでいるのか。

「恐らく。何もないっていう線もないわけじゃないですが、俺たちの立場はそんな楽観ができるもんじゃない」

 ヒルデは行く先の道を睨んだ。今すでに森の入り口にいる。ゲールバラまで最短で行くことを思えばこの道を行く他ない。森を避け、回り道をすれば数日を消費することになる。かといってこのまま行けば、格好の餌食になるだろう。

 するとエミールが提案した。

「相手がどれほどいるか分かりません。少し迂回する形になりますが、念のため道を変えたく思います。それほど時間に影響は出ないかと。よろしいでしょうか?」

 ヒルデは即座にその提案を受け入れた。迷えばそれだけ相手に時間を与える上に、危険を承知でこのまま直進するわけにもいかない。長時間ここにとどまっているように見せるため、焚火を長持ちするように新しい薪を用意する等のちょっとした細工をして、ヒルデたちはその場を後にした。

 案内するエミールを先頭にヒルデたちは本道から逸れ、草木に埋もれたような獣道を通る。すると少しだけ分け入った先に、やや細いが人馬が通るに十分な広さの道があった。

「この先をもう少し行く必要があります。しばらくお付き合いください」

 二本、三本とエミールは道を変えて迷う気配もなく進んでいく。いつしか道と呼べるようなものではなくなっていた。木の葉や草でできた緑の絨毯を踏み入れながら、ひたすらに先を行く。エミールの行く先がどこなのか、果たして本当に森を抜け出せるのか。不安に周囲をきょろきょろと見渡す兵士たちにクララは陽気に言った。

「大丈夫だって!ここはあたしたちがよく使ってる道だからさ!」

「それは頼もしいものだ。ちなみにその用途を聞いても?」

「貴族どもから目を眩ませようもんならこういった道の一つや二つあった方が何かと便利ですからね。そういう意味では、この森は俺たち黎明の狼の生命線みたいなもんですよ。あんまり使いすぎて俺たちの庭同然です」

 後ろでエミールの言葉を聞いた兵士たちが感心して、「おお」と声を漏らす。

「そういうこと!すごいだろ?といっても、あたしは時々迷っちゃうけど」

 たはは、と明るく笑うクララに対してエミールがため息を吐いた。

「それで皆が心配したころにひょいっと何でもないような顔で戻ってくるんだからな。いい加減道くらいしっかり覚えろ」

「いいんだよ。腹が減ればその辺の獣を獲ってくりゃいいし、道も何となくわかっていればそのうち何とかなるんだからさ。エミールは気に過ぎだって!」

「そんなわけあるか!そりゃ今まではなんともなかったが、ずっとそううまくいくとは限らねえだろう?この森の深さ舐めていると痛い目見ると何度言えば分かる。俺はな。別に好きでお前に小うるさいことを言ってるわけじゃねえ。お前を心配して言ってんだ」

 くどくどと説教を始めたエミールにクララは面倒くさそうに手を軽く振った。

「あー、いいよいいよ。そういうのは後でいいから」

「よかねえ。いいか。お前はいっつもそうだ。自分の失敗も結果うまくいきゃそれで終わりとしたがる。失敗したならもう少し反省をしてだな――」

 横道に入り始めた黎明の狼二人の掛け合いに兵士の一人が馬を寄せて恐る恐る発言を求めた。

「……つまり、この道を使えば襲撃はない、ということでしょうか?」

 エミールが気まずそうに一度咳払いした後、難しそうな顔で首を振った。

「いや。確かにこの道をここまで使えるのは俺たちだけだが、この辺を生業にしている人間なら少しは知っているはずだ。状況次第でどこかで見つかる可能性だってある。ゲールバラにつくまでは気は抜けねえな」

 兵士たちは緊張を新たに頷いた。

 ヒルデはその緊張を解きほぐすような笑みを浮かべる。

「とはいえ、王都からの待ち伏せであれば、わざわざ数日先の道を選ぶとは考えにくい。今日、明日までが山場と見た」

 エミールは頷いた。そしてそれは実際その通りとなった。


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